マドレーヌ13歳、秋。~お助けキャラ登場?~
「おはようございます、コメルシー様」
「ふぁ?!おおお、おはようございます」
学院生活2日目。
同い年くらいの少年少女は生まれながらの貴族の子女がほとんど。派閥だとか家業だとかの繋がりで入学前に顔見知りがいる場合が多い。ゆえに、ぼっち覚悟!むしろ孤高上等!な意気込みで学舎門を潜った新参者に挨拶する者がいるとは完全に予想外。心の準備前に動揺が口から漏れた。
だが、よく見れば、吃った挙句、挙動不審になったマドレーヌに目をぱちくりさせた少女にはたしかに見覚えがあった。正確には、たわわに実った麦穂色の髪と榛色の瞳に。
「あっ、失礼しました。えと、コシチェ様」
昨日のことだ。乗合馬車を降りて王立学院の唯一の出入り口である大門に向かっていたら、髪をきっちり三つ編みにしたおとなしそうな女の子が薄汚れた中年男に付き纏われている現場に居合わせた。
―男はなんだかんだワケのわからないことを喚いており女の子がすごく嫌がっている―
―大門の前で揉めていてとても邪魔だ―
この2つの理由から男を排除すべしと判断し、マドレーヌは二人の間にサクッと割って入ると女の子の手を強引に引っ張って門兵の後ろにソォイと押し遣った。男は標的をマドレーヌに変えて怒鳴りかかってきたけれど、門兵と騒ぎを聞きつけた教師が連れてきた黒い制服の兵士が取り押さえたのでその隙に2人でさっさと大門を潜って事なきを得たのだ。
その時の女の子が、目の前にいるモニカ・コシチェ子爵令嬢だった。女の子は教師が医務室に連れて行ったのでその時は名は知らなかったが、その日の夕方、教師から連絡先を聞いたらしい彼女からの感謝の手紙と、彼女の父からは領地の特産品だという赤ワインがコメルシー男爵家に届いたことで名前を知った。商売人の養父曰く、丁寧な造りをするため製造量が少なく入手困難な高級ワインらしい。木箱ひとつ分は届いた筈だが、この1箱の総額が幾らになるのか想像もつかない。
「昨日はコメルシー様にお助けいただきましたのにお礼も伝えられず失礼致しました。本当に助かりましたの。ありがとうございます」
「お怪我がなかったようで何よりです。こちらこそ丁寧なお手紙と素晴らしいお品を頂きまして、ありがとうございました 。養父も養母も喜んでおります」
モニカの家は数ある子爵家の中でも歴史の深い家柄らしい。仕草や言葉遣いにも品があるし、手紙の構成一つ、文字の美しさ一つとっても、これが生まれか!血の力か!と愕然としたほどだ。
「お気に召していただけたのなら幸いでした。来年からは領地にコメルシー家の専用樽を用意致しますから、ご入用の折はいつでも仰ってくださいませ」
「いえいえ昨日頂戴しましたので充分です!むしろ過分かと思います!」
「でもそれでは…」
―貴族でも平民でも、守るものが多いほど体面を重んじる―
それは男爵家で最初に学んだことの一つだ。
体面をしっかり保つことは、他家に付け入る隙を与えず、領地や家族や使用人を守ること。コシチェ家も娘の窮地を救われた恩義以上に、歴史ある貴族家に相応しい御礼をしなくては他家に軽んじられるとの思いがあるのかもしれない。
とはいえ高級ワイン一樽分も貰えるほどの働きなぞしていない。前世も現世もひたすら庶民で労働者なマドレーヌには申し訳なさとチャリンチャリン積み上がる金額の恐ろしさだけが先に立つ。何か対案となるものはないだろうか?
「あのぉ、その代わりという訳でもないのですが、コシチェ様にお願いがあるのです」
マドレーヌは少し考えてから、少し背の高いモニカの顔を菫色の大きな瞳で覗き込んだ。
「わたしにお手紙の書き方を教えてくださいませんか?恥ずかしながら、これまでお手紙のやり取りとは無縁の生き方でしたが、コシチェ様の下さったお手紙のお言葉の美しさに感動して。わたしも書いてみたく思って」
そう告げるとモニカは瞳を大きく見開き、今にも泣き出しそうな表情でふるふる震え出した。
――ヤバいなにかマズったっぽい――
自身の言動を振り返って思い出す。
保守的な貴族の中では、血の繋がらない、または繋がりの薄い者を養子として迎えることに忌避感や抵抗感があるという。それに加えてマドレーヌは生粋のド平民。血統主義の家なら顔を合わせるのすら嫌がられるのは当然のことだ。調子に乗ってやり過ぎたか。
「いえ、申し訳ありません。今のはお忘れください。あ、ではまもなく授業も始まりそうですのでわたしはこれで」
逃げ出そうとするマドレーヌの手をぎゅっと握る柔らかな感触。ふんわり香るいい匂い。ちょっと垂れ気味な目が潤んで。
「違うの、です。手紙を褒められたのが初めてで、嬉しくって。その…コメルシー様がお嫌でなかったらこれからも仲良くしてくださいませんか?」
産まれたての仔鹿のようなモニカにマドレーヌの心はしっかり撃ち抜かれた。




