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マドレーヌ13歳、秋。~ヒロイン改めヒーロー枠ですか?〜

「はあ…」


 マドレーヌは何度目になるかわからない溜息を吐いた。


 今日はジョニーとの試合の日。

 あの土下座脅迫の翌日、朝練の出来事は伏せたまま、無理矢理迫られて試合をすることになったとモニカとジョンに愚痴った。すると、たちまち驚愕と困惑の表情になり、仲の良い同期生を集めて人の壁となり盾となってくれると約束してくれた。ありがたい。


「ジョニーとやらはいったい、何を考えているのかしら?」


「なんにも考えてないんでしょう。そうでなければ淑女(レディ)に剣を向けるなど男としてあり得ません」


 2人のご立腹はもっともだ。普通は武門でもない家の貴族令嬢に剣の嗜みなどない。その上で自分よりずっと小柄な女性に打ち合いを(こいねが)うなど、常識ではあり得ない狂気じみた振る舞いだ。


 男爵家嫡男、つまり現在の義兄から買って貰った女性用の乗馬服に着替えて学院貸し出しの木剣を手にしたマドレーヌはハタと気付く。


「わたし、正式な剣術を習ったことがないのですけど。それでも構いませんか?」


「勿論です!貴女様の美しい身のこなし(おすがた)を間近に見ることが俺の望みですから」


 どうあっても言葉選びを間違えるジョニーに対してモニカの怒りが刺さる。発言だけ聞けば単なる変態だから自業自得だけれど、それでも剣術場で向き合えば女学院生からキャーキャー声が上がるのだから美形は得だ。(しゃく)なので一歩も動いてやらないと心の中で決意する。


「それではルールを説明します。剣を取り落とすか降参の意思をもって勝負ありとし、それ以降の打撃は認めません。また、万が一の時は我々が介入します」


 立ち会いは騎士団を目指す同期の少年たち。いずれも正義感(みなぎ)る公平な性格で、マドレーヌの身を案じてくれているのがわかる。ついでに、校舎の陰に居る赤い制服の男も。


「では、両者構え!」


 ジョニーの構えは剣先の延長線上に相手の喉を捉えるお馴染みのものだが、マドレーヌはスッと頭上に振りかぶる。


「はじめ!」



「はあーッ!」

「…はぁ〜」


 開始の声とともに勢いよく突っ込んでくるジョニーを中腰になって迎えると、無防備な手首を狙って容赦なく木剣を振り下ろす。様々な腱と神経が通っているこの場所を強く打ち据えられれば、如何に屈強な男でも武器を手放して簡単に無効化できることは野盗で実証済み。ジョニーも強烈な痛みと痺れに耐えきれず、乾いた音を立てて木剣が地面に落ちた。


「しょ、勝負あり!」


「ありがとうございましたー」


 ペコリと一礼して振り返れば、ぽかんと口を半開きにして紳士淑女らしからぬ表情を浮かべる同期生たち。に混じって、熱を帯びたキラキラうるうるの眼差し。


「……えーっと?」


 誰も一言も発せず、身じろぎ一つしない。あるのはただ沈黙と凝視と戸惑いのみ。脳裏にふと、どこぞのオフィシャルでない男爵の持ちネタである、凍りついた空気を切り裂くカッターが蘇る。そうだ、あの秘技ならば或いはこの場を乗り切れるかもしれない。意を決してマドレーヌは一歩踏み出し――


「ひぐ」

「素晴らしいわ!さすがはマドレーヌ様!」


 盛大な自爆技を繰り出す刹那。キラキラうるうる組の筆頭、モニカが頬を染めてタタタッと駆け寄ってきた。


「剣技もお上手でらっしゃるのね!そのお姿も凛々しくって素敵だわぁ」


「あ、アリガトウゴザイマス」


 モニカはマドレーヌの空いた手をぎゅぎゅっと握り、瞬きもせず見つめてきた。その熱量はマドレーヌが若干引くくらいには激熱である。もし水なら沸騰を通り越して蒸発しそうだ。


「ええ本当に!剣を構えるお姿なんて、さながら物語の騎士様のようでしたわ」


 モニカの行動が引き金になったか、次々と女学院生がやって来てはマドレーヌを取り囲む。予想外の出来事に今度はマドレーヌが困惑したが、騎士に(なぞら)えてキャッキャと盛り上がる様にそうか、と合点した。


 ――ベルばらとかヅカ的なアレね――


 前世で誰かが言っていたが、男装の麗人には女性の理想のカッコ良さが詰まっているらしい。調子に乗りやすいマドレーヌはキリリと表情を引き締める。


「これも麗しい淑女、誠実な紳士の皆様の応援があればこそ。今日は私事(わたくしごと)に付き合って頂いて感謝致します。さあ、帰りが遅くなって大切な御身に何かあっては大変です」


「「「「きゃぁぁぁ!!」」」」


「それでは皆様、また来週、学院でお会いしましょう!」


 どこかで聞いたことのある黄色い悲鳴を浴びながら解散を促すと、キラキラうるうるを一層強くさせた同期生が剣術場からキャッキャと浮かれながら去っていく。キラキラ組に数人ばかり男も混じっていたように思うが気のせいか。



 *****


「こんにちはマドレーヌ嬢。今日は剣術の訓練かい?」


「ご機嫌ようポルックス様。不調法な田舎剣術ですわ、お恥ずかしい限りです」


 ややあって、ポルックスが(わざ)とらしく校舎の陰から姿を見せたのは、万が一、ジョニーが暴挙に及ばないように牽制するためだろう。今来たふうを装うのは女子に負けた彼への気遣いか。やはり良い人だ。


 手首を抑えたまま立ち尽くすジョニー、それを見守るマドレーヌとポルックスの3人を残して、剣術場はすっかり静けさを取り戻している。


「へえ、田舎の剣術かぁ。興味あるな」


「最小限の動きで相手を封じる?みたいな感じです。親から教わったんですけど、どうしても女性は体力や筋力の面では不利でしょう?」


「速さと正確さで補うってわけか。いいね」


「はい。男性には上背も筋力も、体力だって到底敵いませんから、勝負するなら自分の強みを活かしませんと」


 茫然自失のジョニーに少しでも届けば良いと思いながら、マドレーヌは少しの間、ポルックスとの世間話を続けた。


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