マドレーヌ13歳、秋。~田舎暮らしのスキルです〜
「…ということがあったんです」
いつものようにカフェのテラス席で寛ぐポルックスを見つけたマドレーヌは、席に着くなり今朝の出来事を余すところなく伝えた。男の容貌や胸元の徽章まで全て。
「それは酷いな。教えてくれてありがとう。早速、第四騎士団の連中を当たってみるよ」
「やっぱり警ら隊の人じゃないんですね、良かった!警らの人は皆んな親切ですものね」
ポルックスは近衛騎士団に所属する王子付きの護衛だけれど、マドレーヌが自身のことを警ら隊のまとめ役程度に思っていることを薄々勘づいてはいた。けれど、むしろ誤解を深めるよう誘導した方が利があるため訂正はしない。
「そうそう、差し入れのスープおいしかったよ。ご馳走様」
諜報部からの報告を受けて警ら隊の屯所に向かい、昼前にはなんだかんだ名目を付けてスープを鍋ごと回収していた。人心を惑わす薬品が使われていないかを鑑定するためだ。粗方食べられていたが、どの隊員にも体調の異変は見られない。それどころか普段よりもやる気に満ち溢れている。
薬物毒物の類は検出されなかったので興味本位で味見してみると、これがまた美味だった。旨味が凝縮していて濃厚なのに後味すっきり。とろみが満足感を与え体の隅々まで染み渡る。
「お口に合って良かったです。田舎料理ですけど、体調が崩れやすい時期なので召し上がっていただきたくて」
ちなみに、ポルックスの制服が高位貴族かつ各部隊の優秀者で構成される近衛騎士団のものと当然知っている警ら隊員は直立不動で整列し、最後にはスープを持ち帰るポルックスをビシリ45度の角度で揃った礼で見送っていた。
「鍋は直接お家に返すね。路傍の石みたいに扱われてる警ら隊に差し入れなんて初めてだから、皆とても喜んでいたよ」
見た目からして華々しい騎士団とは異なり、巡回や落とし物の処理、揉め事の対応など活動が地味な警ら隊は王都でも学院でも注目を集めることはほぼない。それだけに彼らの感動は一入で、やる気の原因もそれだろう。
「わたし達が憂いなく学業に集中できるのは陰日向なく職務を全うしてくださる皆様のお陰ですから。ああいうもので良ければ、またお作りします」
なにしろ材料代はタダ同然、なんなら不要な骨を引き取ってくれるなら、とオマケも付けてくれる。その上、煮込んで脆くなった牛骨を砕いて干せば良質な肥料になるので、自家消費用の野菜畑に撒けば作物の味も良くなる。
「いいの?嬉しいな。じゃあ、その時は迎えを遣るよ。今日みたいに荷馬車でなんて大変でしょう?」
一度食べたくらいでは害がないけれど、継続的に摂取すると中毒症状が現れる食物もあると王宮の研究者は言っていた。
マドレーヌの性格上、意図して使用することはないだろうけれど、知らずに使っていて万が一、それが原因で警固に乱れが生じれば、マドレーヌの分はかなり悪い。なにしろ国の中枢は端から彼女に疑念を持っているのだから。
ポルックスはこの短い期間のうちに随分とマドレーヌに肩入れする様になった自覚はある。それでも職務に忠実に、見たまま聞いたまま、報告書に一寸の嘘偽りはない。
「えっ!もしかして見られてました?!」
「えっと、そう。当番門兵がね」
諜報部がずっと見張っていた、とは言えないポルックスは門番を目撃者役に仕立てる。
「ううう、明日からドナドナ令嬢って渾名がついたらどうしよう」
ドナドナが何を指す語かポルックスにはさっぱりだが、悲愴を背負った姿に好ましくはない意味らしいと察して話題を変える。
「それにしても、よく木剣の先っぽに狙って当てられたね」
「ブラッドベリーの採集で慣れてますから。実から出てる細い柄に小石を当てて弾くときれいに採れるんです」
ブラッドベリーは山中の崖っぷちに立つ高木で、その実が血の道に良いとのことで村ではそう呼んでいた。ご婦人や出血を伴う怪我人への見舞い品にはもちろん、甘酸っぱくて美味なので子供のおやつに人気だ。マドレーヌも小腹が空いた時など収穫していたが、崖下から吹く風に煽られてなかなか定まらない。それに較べれば、的は大きいし動きも単調で読みやすかった。
「へえ。マドレーヌ嬢の田舎は兵士のいい訓練場になりそうだ」
「ふふ。力仕事は山ほどありますから、力自慢さんは大歓迎です」




