マドレーヌ13歳、秋。~手料理で狙え好感度アップ~
学院生活3週目。
マドレーヌはいつもより一刻ばかり早く学院に着いた。
ルリジューズくんの案をそっくり借りて、男爵家が懇意にしている肉屋に頼み込み納品の荷馬車に乗せて貰ったのだ。朝の学院は人影もまばらで、開店準備に勤しむ人々が忙しく走り回る音で満たされている。目的地は学院街のほぼ中央、飾り気のない堅牢な建物だ。
「おはようございます、皆様いつもお疲れ様です。そして先日はご迷惑をおかけしました。今日は差し入れお持ちしました!」
「えっ?」
「ちょっ!ええっ?」
「なに?なに?なにごと??」
「あ!先週のお嬢様?!」
トトトトンとリズミカルなノックと共に扉を開ければ、黒服の警ら隊員たちが困惑たっぷりにガタガタ音を立てて椅子から立ち上がる。それはそうだ。マドレーヌは今、小さな寸胴鍋を抱えているのだから。
「これ、今は固まってますけど温めればスープになります。良かったら休憩時間に食べてください!あったまりますよー」
呆然とする隊員を尻目に、詰所の一角に設けられた湯が沸かせる程度の簡易的な厨房に鍋を置く。突拍子もないマドレーヌの行動に釣られて着いてきた隊員に蓋をとって見せると、琥珀色のぷるぷるとした見慣れない何かに顔を見合わせる。
「牛骨と香味野菜のスープです。下に豆がいっぱい沈んでますから、食べる時はかき混ぜてくださいね」
牛骨をクズ野菜や野菜の皮と共にじっくりコトコト煮込んでから丹念に濾したスープはマドレーヌの得意料理の一つだ。豚骨ラーメンが食べたくて記憶の中を探り、「骨と野菜を煮てたような」レベルの曖昧な情報と試行錯誤の末に生まれたのだが、疲れが溜まった時や食欲のない時はもちろん、風邪予防や二日酔いにも効くと好評。男爵家でも安息日の昨日、夕食に出して養両親をはじめ家人にも褒められた。身内の欲目全開だろうけれど。
「あ。毒見が必要でしたらわたしが」
「いやいやいや!」
「貴族のお嬢様にそのようなことをしていただくわけには!」
「後ほど休憩時に皆で頂きますから!」
騎士とは違い平民ばかりの警ら隊員たちは低頭平身、なぜか毒見に意欲を見せる貴族令嬢を止める。
「そうですか?じゃあ、お鍋は明日の帰りに取りにきますから。お邪魔しましたっ!」
突然来たと思えば颯爽と帰っていくマドレーヌを見送った隊員たちは扉の閉まった音が掻き消えるまで立ち尽くし、ふと我に帰る。
「え、お嬢様の手料理ってこと?」
「そう…なるな」
「お嬢様って料理とかすんのか?」
「そもそも中身入りの重たい鍋とか持ってくるか?」
「ふつう、ご令嬢の差し入れって甘味だよな?」
「でもあの子、あの騒ぎの時に悲鳴聞いてとんでもない速さで走ってったエラく男前なお嬢様だよ」
「あー、あの?ずいぶんと華奢な子だったんだな」
「すげー可愛かったなー」
頭ふたつ分は違うほど小柄で、肩も腰も折れそうなほど細い。ぱっちり大きな瞳に手入れの行き届いた白い肌。ハッキリ言って平民では会話はおろか目を合わせることすら奇跡なほどの美少女だ。
ポツンと放置された鍋とマドレーヌの姿を思い浮かべる。
「正直、スープはありがたい」
「まあな。いつもモソモソのパンを紅茶で流し込んでるだけだもんな」
「豆も腹持ちいいしな」
「差し入れ貰っちゃいけないなんて規則ないよな?」
「そりゃあ、警らになんか普通は差し入れなんてしないだろ」
「重いのにわざわざここまで持ってきてくれたんだよなぁ」
「残すのも悪いよな」
「男として、人として無いよな」
貴族の子弟も所属する騎士団ならいざ知らず、平民しかいない警ら隊の食事は腹は膨れるけれど内容はかなり質素だ。肌寒くなってきたこの季節に温かなスープというご馳走は、普段ならば望むべくもない。
けれど今はそんなことよりも、もっと重要なことがある。
――この機会を逃せばあんな美少女の手料理なんて味わえないに決まってる――




