マドレーヌ14歳、冬。~疑惑〜
久々に訪れた剣術場はもの凄く大盛況だった。練習者も見学者も山盛りで、まだ冬だというのに人熱れでむっとしている。盛んに飛び交う黄色い声を聞けば、やはり一番人気はジョニーのようだ。けれどマドレーヌの推しは不動である。
「ダル義兄さまー!」
大きく手を振り声を張り上げ、ぴょんぴょん跳ねてアピールすると微妙に嫌そうな顔が返ってくる。剣術場に来るなと言われていたからだと思うけれど、今はそれどころではない。
「お客さまー!だいしきゅー」
「「「きゃあああああ!!!」」」
「「「ジョニー様!!」」」
距離がある上に声援が大き過ぎて一人の声では掻き消される。仕方なしにもぞもぞ最前列に潜り込み、小さい頃からの二人の間の秘密の暗号、というか前世に趣味で培ったハンドサインで素早く文章を作る。
『アントおじ様、来てる』
『了解』
ちらりとこちらを確認しながら、返事をしながら、向かってくる剣を次々いなしていく。安定の視野の広さで列が途切れたところを見計らい、同じく稽古をつけに来ていた若手の部隊員に託けて、急いで客人の元へ――。
「ふむ、声を使わぬ通信手段か。斯様な場合には実に合理的であるな」
もう来てた。遅かった。
まったく軍人というのは賑やかな場所に引き寄せられる性質でもあるのか?と問いたいが、今は本当にそれどころではなく。思わぬ大御所の登場に練習生も指南役も揃って動きを停止した。
「一同!王国軍元帥アント伯爵に敬礼」
ダルドワーズの声に指南役は皆すぐさま姿勢を整え、右手を左胸に当てる。一糸乱れぬその動きはいつ見てもカッコいい。淑女の礼をしながら横目でチラリと見るくらいは許されるだろう。
「よい。皆、楽にせよ。訓練を続け給え」
「アント元帥は本日、熱心に練習されている学院生を御自ら激励したいと、お越しくださいました」
ランチ終わりに大至急で学院長室に呼ばれたマドレーヌが仰せつかったのは、あくまで指南役のリーダーを呼ぶことだったはずなのに。以前のやらかしでも思ったが、アント伯爵はよう要らん上にハードめなサプライズが過ぎる。脳筋か?脳筋なのか??
『お疲れさま』
『正直しんどい』
『クレープケーキ作るよ』
『さんきゅ。行ってくる』
側から見れば表情に変化がないように見えるのだろうけれど疲労感たっぷりなダルドワーズを、元気でやる気ばっちりなアント伯爵にバレないようハンドサインで労わると予想通りの返事が来る。
判るぞ、その気持ち。仕事が減って暇になった会長あたりがいきなり視察に来たときの現場の混乱としんどみが思い起こされる。なまじ偉い人なだけに無碍には出来ないから接待するけど忙しいから帰って欲しいなー、思いつきで重大案件の提案とかしないで欲しいなー、的な。ありがた迷惑なアレだ。
「凄いなぁ。私にもそれ教えて貰っていいかな?」
足早にやって来るのは、もはや厄介ごと処理班と化したポルックス。予想だが、同じく学院長室に呼ばれたは良いが肝心の元帥がおらず、急いで剣術場に来たのだろう。この辺も後でクーク夫人に密告…お礼と感謝のお手紙に記しておこう。
「ハンドサイン、軍にないんですか?」
「せいぜい方向を指示したりゴーサインを出したりくらいかな。細かな内容までは伝えられなくて」
「へえ、意外です」
来たはいいけれど流れに乗り遅れたポルックスと剣術場を眺めながらの世間話。
「ちなみに、さっきは何を言ってたの?」
「わたしは『お疲れさま』と『クレープケーキ作るよ』です」
「クレープケーキ…」
薄く焼いた生地の間にチーズやジャムを挟んで重ねるだけのお手軽スイーツ。今日は疲れただろうから、砕いたナッツをトッピングして秋のはちみつを添えよう。複雑かつ濃厚な味わいで心身の疲労を和らげてほしい。
「お家にあるものだけで作る庶民の味ですよ」
「マドレーヌ嬢の作る料理はなんだっておいしいから、つい気になってね」
「じゃあ今度、いらした時にお作りしますね。出来たてがおいしいので」
「嬉しいな。ご褒美が待っているとなれば仕事を頑張れそうだよ」
剣術場では案の定、アント伯爵がしゃしゃり出るのをやんわりダルドワーズが止めている。筋力をつけるための基礎訓練だそうだが、膝や腰に負担がかかりまくるためにスヴァーヴァが禁止事項その1に指定済み。一番弟子のダルドワーズは師匠の定めた掟を、よほど合理的な理由がない限りは、遵守するので平行線だ。
「ダル義兄さまー!大空!」
隙を見て叫べば渋々ながらダルドワーズは剣術場の中央に剣を突き刺し俯き。何をしているのかと困惑する人々は、一閃、悲鳴にも呻き声にも似た風切り音によってたちまち目を奪われる。
「あれはたしか、『祝祭の踊り』の?」
「はい!男性パートのクライマックスです!やっぱりカッコいいー!!」
地上に蔓延る闇を一掃し、太陽を取り戻すシーン。パワフルでダイナミックな剣舞が見どころだ。迫力不足が否めない小柄な母娘には到底出せない力強さ。先の冬至祭では意識朦朧としてしまい、ちゃんと見られなかったぶんを今日この機会に目に焼き付けよう。
「うわおぉッ??!」
「おっと。大丈夫?」
突然の眩暈によろけた体を逞しい腕に抱きとめられ。濃い霧の中にいるような、ふわふわした思考の中で、ポルックスの顔だけが鮮明に映る。
「マドレーヌ嬢……?」
「すごい。きれいな目」
「――――ッ?!」
脈絡のない言葉に驚かれたか、大きく見開いた艶やかな深緑色の瞳はキラキラ輝いて。その光に導かれて別の世界の狭間に置いてきた物語が脳裏に蘇る。そうか、これは…。
「マディ」
ダルドワーズに呼ばれて触れられて、覆っていた靄がさぁっと引いた。と同時に別世界との繋がりもブツリと切れる。
「ありがと」
「大丈夫か?」
「うん。ポルックス様もありがとうございます」
「あ、いや。怪我がなくてよかった」
「皆さんの鍛錬の邪魔しちゃったね」
周囲は静まり返り、皆、ほぅっと宙空を見詰めている。どこか見覚えのある光景にポルックスも今何が起きたか察した。
「もしかして、また?」
「はい。ちょっと憑かれたみたいです」
「まさかの悪魔扱い」
「似たようなものですから」
民俗学の世界では、邪神だの悪魔だのは覇権争いに敗れた神と相場が決まっている。それに無許可で人の体を乗っ取るなんて、悪魔くらいでちょうど良い。
「事前許可ってのも難しくないか?」
「そこはほら、夢枕に立つとか鏡に映るとか」
「それってまんま亡霊の所業じゃないか」
兄妹揃っての神々に対する畏れを知らぬ不敬ぶりにポルックスは慌てて話題を変えるため頭をフル回転させる。神がたしかに存在し、地上に降りてくると判っている以上、神罰のとばっちりは受けたくない。
「そうだ。文化祭の決起会をすると聞いたよ。後援者も随分と参加するようだね、私にも問い合わせが来た」
「え?」
「ん?」
「…あれ?」




