マドレーヌ14歳、冬。~恋バナ、リベンジ〜
「ねえねえ!マドレーヌ様、恋人がいるってほんと?」
王宮内のゴタゴタの煽りを喰らい、冬季休暇が明けてもしばらく外出を控えさせられていたミラベル・ファーブルトンは久しぶりに登校するなり抑えきれない好奇心に突き動かされ、勢いよくマドレーヌに突進した。
「いえ、恋人とかじゃなくて大切な―――ッ!」
打ち合わせ通り「大切な人」というはずだったマドレーヌの視界に眩い金髪が入り込む。唇にそっと人差し指を当て、すぅっと目を細めてこちらを見遣るその姿に数日前の記憶が鮮明に思い出され、瞬時に茹で蛸みたいに真っ赤になって言葉に詰まった。周囲は諸々お察しである。
「えー!ほんとなんだ!じゃあさ、もう口付けとかもしちゃった?」
「し、ししししししてません!」
年頃の女の子らしく流行と恋バナが大好きなミラベルは、これまで家にいた分、溜まりに溜まったおしゃべり欲を思う存分発散する。その他大勢の女子達と違って『マ会』に参加しておらず、そのため気まずい理由もない。詰まるところ、現在ミラベル無双状態である。
「えー怪しいな〜」
「すすすすす寸止めですッ!」
「なにそれ!その話あとでじぃぃっくり聞かせて!」
*****
ナウルが急遽コメルシー邸に訪問した翌朝。
いつも通り早朝鍛錬の支度を済ませて部屋から出ると、扉の前にフルンが待ち構えていた。
『恋人が居るという設定だからね、少しアドバイスしようと思って』
そう言って殺風景極まりないマドレーヌの部屋に押し入ると、そのまま扉横の壁に追いやった。いつぞやの事故とは違う本物の“壁ドン“だ。朝っぱらからの意味不明な蛮行に混乱の極地にあるマドレーヌの顎をクイっと持ち上げ、そのままフルンの顔が近づく。互いの熱も息遣いも感じる距離。もう少しで唇が重なる瞬間、動きが加速し胸の中にすっぽり抱きすくめられた。
『今はここまで。残念だった?』
『ば――――ッ!!』
楽しそうな声が降って来たかと思ったら、揶揄いついでに耳朶にちゅっとキスを落とされ。ぎゃあっと叫ぶのを体で塞がれた。
『きみ、恋愛面の経験は皆無でしょう?なにか問われたら今のを話すといいよ。じゃあ頑張ってね』
心底愉快そうにニヤニヤ笑い、ひらひら手を振って部屋を出ていく。余裕たっぷりな後ろ姿は今思い出しても腹立たしい。
*****
「あの愉快犯ったら!人が慌てるの見てすっごく喜んでるんですよ!」
ぷりぷり怒るマドレーヌだが、端からみれば単なる惚気である。しかも壁ドン・顎クイ・焦らしという、少女たちが好む胸キュンポイントをしっかり押さえた惚気に、きゃあきゃあと声が上がる。
学院街のカフェ。
いつぞやケーキのアルコールごときで酔っ払ったあの愛らしいお店を貸切にして、女子学院生に恋バナを聴取されていた。
事実と噂の齟齬がないように、いつでも優しいケルノンとの思い出を語ったが、話題に飢えた年頃の少女達はその程度の緩い話では終わらせてくれない。仕方なしにフルンの親切めかした意地悪を語れば、さすが恋多き男だ、話だけで多くの少女を虜にする。
「年上の余裕だねー!いいなぁ、素敵な恋人」
王立学院に通う彼女たちは下級貴族や裕福な家の子女。ゆくゆくは家の為になる人間と縁づくよう教育されているし、本人たちも道理を説かれて納得済みではある。けれど、理想の相手やシチュエーションに憧れるのはそれとは別物だ。むしろ自分達は叶わないと知っているだけに、物語にも夢中になるし、ジョニーやフルンのような「安全パイ」にきゃあきゃあ黄色い声援を送っている。
「ミラベル様は理想の殿方像はおありになるの?」
「わたしは異国人がタイプかな。エキゾチックなお顔立ちで逞しくって、なおかつ優しければ文句なし!」
外交官の父親に連れられあちこちの国に訪問した経験のあるミラベルらしい理想像に、酔っ払わなければ紳士なロクマが思い浮かばれる。
「なんでも王都に最近、異国のイケメンがちょくちょく現れるらしくて。一度会ってみたいものよね〜目の保養」
「どんな方なんです?」
「うちのメイドが言うには、目鼻立ちのはっきりした凛々しい殿方だそうよ。艶やかな黒髪を結えていて遠目からでも判る存在感!お召し物も王国風でなくって、お父様が言うにはまだ国内に流通してない品じゃないかって」
異国民アピールのために西の民の伝統衣装を纏って移民街に通うロクマの姿がやっぱり思い出される。
「あのぅ、その方かどうか判らないけれど。似た特徴の人なら今、うちに滞在してますよ」
「えぇ!?異国の方がお家にいるの?!!」
「お養父様の取引先のご子息で。勉強のためにマーケットにも頻繁に行ってます」
「へえ!ね、マドレーヌ様のお家に行っていい?」
「いいですよー」
「じゃあ次のお休m」
「今日これからでも」
貴族家への訪問では、手紙を出してお伺いを立てるのが普通だ。よほどの急用の場合でも先触れを出して訪問先に知らせる。もてなす側ともてなされる側の気遣いである。田舎の故郷に帰ったことで、すっかり忘れていた。
「あ。えっと…」
もしブリガが居れば、これだから田舎者は、と大きく溜息を吐かれてマナーを説かれていただろう。それくらい初歩の初歩である。
けれどミラベルはキラキラ目を輝かせてマドレーヌを見る。
「いいの?ぜひお伺いしたいわ!」




