マドレーヌ13歳、秋。~2度目の学院長室~
えー。皆様ご存知、マドレーヌ・コメルシーでございます。
ワタクシは今、先週も来たばかりの学院長室で遠い目をした学院長と向かい合っているわけですが、何故かと申しますと、すぐ隣に居る天使みたいに愛らしいお顔立ちのお子様が、ワタクシの手を離そうとしないからなんですねぇ。
「では、ルリジューズ・キエフルシ様。確認ですけれども。
お父上の妹様の婚約者であられるヘリオス殿下にお会いするためにお屋敷を抜け出し。王都からの物品納品の荷馬車に乗って。こっそり降りたところを野犬に襲われかけ。悲鳴を聞いた彼女に保護された。で、よろしいでしょうか?」
学院長も畏まるこのお子様こそ、キエフルシ公爵の嫡男の、ご長男。未来の公爵様な訳でして。帽子を取りましたらキラッキラの金髪が出て参りました次第ですよ。
この国では王家の血が濃いほど眩い金髪になる確率が上がるそうです。公爵家には王女が嫁に来たり王子が婿に入ったりして血の濃さを維持するそうで、キラキラなお子様が生まれやすいんだとか。
因みに室内には一緒に悲鳴を聞いた門番と一緒に話を聞いていた警ら隊員もいます。表情には出さないけれど、お二人とも酷く疲れたご様子ですね。ええ、ワタクシもです。うっかり殿上人のご子息をお助けしたばっかりに、朝っぱらからこんな緊張を強いられるなんて世の中無情、ああ無情でございます。
こんな時はおいしい物を食べるに限りますね。そうです。先週からご迷惑おかけしっぱなしの皆様に今度お詫びの品をお渡し致しましょうかね。1つたりともワタクシのせいじゃないですけども、心証ってのは大事ですからね。「またお前か」と思われるより、「いつも大変だね」と思っていただいた方が生きやすいってもんです。
ところでこんな時、物語のヒロインはクッキーなんぞ作るのでしょうけれど、砂糖や蜂蜜、メープルシロップといった甘味料は大変に高価なのです。実家では冬至祭なんかの特別な日にしか甘いお菓子なんぞ食べられませんでした。それをバンバン惜しみなく使えるだなんて、彼女たち、平民とは言ってますけど、とっても資本家階級なお家にお生まれでいらっしゃるんですねー。でしたらお貴族様と遜色ない程度の教育は受けていて然るべきですけどねー。
ええ、ええ、正真正銘ド平民の僻み妬みぼやきですよ。大事に大事に、授業のある日だけ、1日1片と決めて食べているお菓子を犠牲にして人助けしたんですから、これくらいはお目こぼしいただかないとやってらんないです。
「コメルシーさんも、今のお話で間違いありませんか?」
「はい。わたしは朝の七の刻発の乗合馬車で通学していますから、御者の方に問い合わせれば正確な到着時刻がわかると思います。それから大門前でそちらの門番さんと悲鳴を聞き、現場に駆けつけました」
「私は彼女をお引き止めしましたが、勇敢にも彼女は被害者の救出を最優先とし。私は応援を呼んで悲鳴の聞こえた方角を指示したのです」
人命救助に関わった時点で事情聴取は覚悟していたけど、やっぱりお偉いお家だと念には念を入れた聞き取りになるようですな。何度目だこのやり取り。
「わかりました。コメルシーさん、ありがとうございます。キエフルシ様は、早馬で王都に遣いを出していますから、お父上が迎えにいらっしゃるまで学院長室でお待ちくださいますように」
「お父様がお迎えに来てくださるのですって。よかったですね」
努めて和やかに、穏やかに。笑顔でルリジューズくんに話しかけるも、がっちり掴まれた手は外れません。余程怖い思いをしたのでしょう。そりゃそうか。さっきの野犬は割に大きかったし。…そりを引かせるのに丁度いい体格だったな。
「どうして、未来のお兄様にお会いしたいと思ったのですか?」
再犯がないとは限りませんからね。動機を聞いておきませんと。小さい子供はダッシュ&ジャンプ機能が標準装備ですから、目を離した一瞬のうちにどこかに行くってのはよくあることです。けれど、大人一人が世話してるならまだしも、公爵家ってことはたくさんの人の目があるはずです。それを掻い潜ってわざわざ王立学院まで来たというのは、衝動的ではなく、計画的な犯行です。
ルリジューズくんは俯いて、じっと黙ってしまいました。自分でもマズいことをした自覚はあるのでしょうね。でもお姉さん黙秘は許さんよ?とりあえず飴でいくか。
「ここだけの秘密です。お父様には決してお話しませんから、お姉さんに教えてくださいますか?」
「…決闘、しようとしたの」
ケットウ。
血統?
血糖?
結党?
決闘!!
こんな子供の時分からお貴族様は決闘なんてするのかマジか。
「どうして?」
「お姉ちゃん、との、結婚をかけて」
おおう?!予想外にかわいい答えが返って来たぞ。
なるほどねー。初恋のおねーちゃんをかけて男と男の闘いか。木の枝ぶんぶん振り回して野山を駆けずり回っている弟とは大違いだ。どっちが良いとか悪いとかは置いといて。
「勇ましいですね」
「でも。ぜんぜん、さっきも怖くて…」
野犬と対峙した恐怖を思い出したらしい。やべえ泣きそうだ。泣かせたらマズい。かなりマズい。
「いいえ。あなたはちゃんと助けを呼びました。怖くったって声をあげることができたんです。それは、とっても勇気の要ることですよ。あなたは、あなただけでなく、あなたがケガをしたら悲しむ人も救ったんですから。先ずはご自分を褒めてあげましょう?よくがんばりましたね」
「うん」
「そしたら次に、どこが悪かったのか、どうすれば良かったのか、反省しましょう。一生懸命考えて、お父様にお伝えしてみてくださいね」
「うん。…がんばる」
謝罪は先手必勝!怒気を削ぐ意味でも先に謝った者勝ちです。まぁ、この場合はどうしたって怒られますけどね。
とにかく吹けば飛ぶような木端貴族、泡沫令嬢としては、仮令お子様だろうと偉い方の機嫌を損ねるのはごめんです。泣かせちゃった日には頭と胴が泣き別れってことになりかねませんし。
ですから早く解放して欲しいんですが、どういう訳か、まったく手を離しちゃくれません。道連れを狙ってるんでしょうか?怒られるの怖い。うん、その気持ちはわかります。でも、いやですよ、そんなもん。一緒に叱られてやる義理はないんです。
「じゃあもう大丈夫ですね。あなたは勇気のある人です。これから何をすべきかもわかっている、賢い人でもあります。お父様のいらっしゃるまで、じっくりお考えになってくださいね」
じぃっと見つめて微笑みかけると手の拘束が緩みました。その隙にすっと手を引き抜き、不自然にならないように、ルリジューズくんの右の掌を両手で包みます。
「マドレーヌお姉ちゃん、また会える?」
「ええと。そうですね、お父様のお許しが出ましたら。ですから、今度は危ないことをしないでくださいね」
公爵様の嫡男なら男爵家なんぞに関わっている暇なぞありませんよね?そうですよね?信じてますよ!すまんが悪役になってくれ、ルリジューズくんのお父様。