ナウル・デライト26歳、冬。~異母弟~
「これは決定事項だ。お前に拒否権はない」
そう言い放つと異母弟は唇を噛んで俯いた。
もし王立学院を無事に修了出来なければ待つものは何か。異母弟につけた侍従がよくよく話して聞かせているはずだ。そして、自身の両親の行く末も同様に。
「文化祭で行われる防犯啓発劇に出演しろ。役柄は侯爵という身分の、つまり貴族の頂点となる存在だ」
「は…?」
異母弟の目が驚愕に大きく見開かれる。そうか、こいつも琥珀色の瞳をしていたのだと、この時に初めて気付いた。
「言ったはずだ、お前に拒否権なぞない。幸いお前には私という手本となる存在が身近に居る」
「そん、なの…」
「出来るか否かなぞ問うていない。やるのだ。これは当主代理としての命ではない。兄としての…、願いだ」
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貴族の頂点である侯爵家に生まれ、権利ばかりを享受し義務を果たさない異母弟。
或いは。
満足な躾も教育も縁故も与えられず、誰にも顧みられることなく捨て置かれた異母弟。
どちらが正しいのか。どちらも正しいのか。ナウルは思い倦ねていた。それもこれも、あの少女が何気なく言った言葉のせいだ。
『飛び方を教えず見せもせず籠に入れておいて、充分に育ったから今すぐ空に飛び立て。なんて、雀でも鳶でも鷹でも無理ですよ』
前妻が産んだ2人は幸いに優れた大人に囲まれ幼少期より立場に相応しい教育を施されてきた。けれど、思い起こせば異母弟はどうだったか。まともな大人が居ない環境下で育った彼を、感傷か憐憫か、情というもので考えれば、別の側面も見えてきた。
『わたしはただ、心配してくれたお礼をしたいだけです』
自身が何も変わらなくとも、後ろ盾の有無で周囲の対応がすっかり変わってしまうことを異母弟はよく知っていた。だから、新興男爵家の養女から一足飛びに伯爵家に認められる存在となったマドレーヌに気遣わしげな視線を送り、怪しい人物がいたら不自然な難癖をつけて排除もしていたらしい。
マドレーヌにこれ以上近付くな近づけさせるなと本人にも付き人にも厳命していたし、以前からの素行の悪さから周囲も「またか」としか思っていなかった行動にも、本人にとっては重要な意味があったようだ。短絡的で粗暴なその行いの意図を正確に酌み取って貰えた異母弟は、幸せ者だ。
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「家族でも友人でも教師でもない、とある人間が。心からお前を気にかけ案じている。その想いを裏切ることは、それだけは断じて許さんぞ」