マドレーヌ13歳、秋。~これも攻略対象?~
学院生活2週目。
2日間の休みですっきり気分転換し、先週の諸々は記憶の片隅に追いやって乗合馬車に揺られるマドレーヌである。養母から貰った入学祝いの肩掛けバッグには例の女子ウケ抜群なカフェの年間ご利用券も仕舞ってあり、三刻の道のりも苦ではない。なんでも学院街にあるまじき品を提供してしまったお詫びと大事にしなかったお礼らしい。
ホクホク顔で大門を潜りかけた時、マドレーヌの耳にギャンッと短い叫び声が風に乗って届いた。
「門番さん!今の聴こえた?!」
「はっ!すぐ応援を呼びますのでレディは――!」
大門の中に、と呼び掛けるより早くマドレーヌは声のする方角へ駆け出していた。王立学院の周囲は驚くほど何もない割に警備が厳重なのだ。野盗の類ではないだろう。ならば野生動物か?何れにしろ他に助けを待つ時間は無さそうだ。
「たったすけっ!!」
助けを求める甲高い声とグルルと低く唸る声が重なる。野犬だ。マドレーヌはバッグに手を突っ込んで空腹凌ぎ用の焼き菓子を握りしめる。まだ少し距離はあるけれど、届かない距離ではない。
「食べるんならコッチをお食べー!!!」
思いっきり投げた焼き菓子は野犬の頭上を超えて遥か彼方に落ち、匂いで食べ物と判ったか動物の本能か、野犬はすかさず追いかけて行く。
「立てる?いま王立学院の警ら隊が来るわ」
駆け寄って手を差し伸べるも腰が抜けたらしく幼さの残る少年はマドレーヌの手をぎゅっと握り締め、へたり込んだまま。淡い水色の瞳は潤み、ふっくらした頬に涙が伝う。同じくらいの年頃の妹と弟のいるマドレーヌは反射的にしゃがんで帽子の上から少年の頭を撫でた。
「どこか痛いところはある?頭をゴンってぶつけたりしなかった?」
「……だいじょうぶ、だよ」
「怖かったでしょう?なのに、ちゃんと助けを呼べてえらいね」
「…うん」
「さっきの犬がね、お菓子を食べ終わったら戻って来ちゃうかもしれないの。だから警らのお兄さん達に、安全なところまで連れてって貰おう?」
「うん」
穏やかなトーンで話すことで相手の気も落ち着くはずだ。警ら隊がやって来る間、マドレーヌは優しい口調を心掛けて少年と会話を続けた。
キャスケットに白の木綿シャツ、サスペンダーで吊った膝丈のキュロット。下町風の装いだけれど生地の上等さから察するに上流階級だろう。けれど、この何もない場所に子供がひとり、供も連れずにいるなど上流階級者の常識では到底考えられない。誘拐か、家出か。
「ここまでは大人のひとと一緒に来たの?」
「ううん、ぼくひとり。未来のおにいさまに会いたくて」
「そっか。じゃあ、警ら隊の人にお兄様を捜して貰おうね」
事態を見守る警ら隊の面々に目配せすると、一人が進み出てマドレーヌと同じように目線を合わせるため迷わず膝をついた。
「お兄様のお名前を教えてくれるかい?」
「うん。あのね、ヘリオス・ヴァレンティーノっていうんだ」
マドレーヌと警ら隊員の間に緊張が走り、一種の空虚な時間が流れる。ヴァレンティーノといえば国名であり、この国の王家の名。そしてヘリオスは御年15歳、現在たった1人の王子と同じ名前である。
次にかけるべき問いは何かは分かっている。問題は誰が発するかだ。顔を見合わせなくてもマドレーヌは自身にかかる視線の圧力を感じ、口を開いた。
「……そっか、教えてくれてありがとう。えっと、君のお名前も教えてくれる?」
「ぼくはルリジューズ。ルリジューズ・キエフルシだよ」
この国に3つしかない、初代王の血を引く公爵家。その一つの名がつるんと出てきたことに、マドレーヌ達は笑顔を引き攣らせた。