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マドレーヌ14歳、冬。~新しい兄と〜

「これはこれは。皆様のお心遣いに深く感謝申し上げます」


 王宮の敷地内にあるカフェの窓際は几帳面に刈り整えられた庭園がよく臨める特等席。そこでナウルからキエフルシ公爵家の紋入り招待状を受け取ったマドレーヌはペコリと頭を下げる。

 このタイミングでのそれは略式あるいは非公式にスュトラッチ伯爵家の一員としてマドレーヌを公認するために急きょ設けられた催しに思え、そして、その想像は概ね間違ってはいないようだった。


「話が早くて助かるが、早過ぎて既に何ぞあったかと不安になるな」


「現状はどこからも動きはありませんが、結果として我が家が一人勝ち状態ですからね。その上、由緒正しき血統者を保護しているとなれば面白くはないでしょうから」


 王立学院で休学者の多いことを聞いて推測したに過ぎないけれど。正直、ここまで壊滅的な状況になるとは予想外だった。しかも、養母(コメルシー家の参謀)がちゃんと善く善く対処した上で、だ。


「此度の件、君はどう見る?」


「そうですねぇ。しそぅ……愛国心教育はしておいた方がよかったかなって、思います」


 人種。宗教。財産の有無。主義主張。

 国とは、あらゆる差異を持つ人々が、集団的なアイデンティティと共通の慣習を持つ社会だ。逆にいえば、国民の大多数が共通した意識を持たなければ、国家としてまとめ上げるのは難しい。たらればの話になるけれど、移民の受け入れを決めた段階で、強固な同化政策か社会統合政策か、どちらかでも行っていれば、このタイミングでの懸念事項は減らせたのではないだろうか。


 加えて。

 強いトップが弱者を庇護した時代は過ぎた。平和な世が続いて経済力という新たな指標ができ、旧態依然のトップダウン的な統治体制と格下の者が上位者を支配する捩れ構造が同時に存在。その結果、王宮の組織統治(ガバナンス)の機能不全に至ったのだろう。


「けれど。室長のように敗戦処理の重要性を認識され、また適切に行える方がいらっしゃって良かったです。王国は安泰ですね」


 戦争は始めるより終わらせるほうが難しい。

 高い不確実性が伴う中で、決して楽観視せず妥当と思われる合意点を模索し即座に実行。それらを責任ある立場のナウル・デライトが率先して行ったからこそ、マリー・コメルシーも溜飲を下げたとも言える。


「果たして言葉通り受けとって良いものか」


「誓って。心の底からそう思っています」


 にっこり微笑んでそう言えば、呆れたか諦めたか、ナウルは視線で店員を呼び、すっかり温くなったコーヒーを新しいものに変えさせた。そして。


「甘いものが好きと聞いt」

「嬉しいです!ありがとうございます!いただきます!」


 運ばれてきたケーキを前に蕩けそうなほどの笑みでフォークを動かす姿は年相応か、むしろ幼いようにすら見えて。先ほどまで緊張感をもって対峙し王国の未来を問うていた存在は何処にも居ない。


「ぷるんとしたクリームにシャッキリ感を残したりんごが絶妙ですね。ああ、でもりんごとタルトを一緒に食べても絶品です」


 香ばしくカラメリゼした表面をパリリと割れば、クリーミーなカスタードムースとりんごのコンポート、そしてサクサクのタルト生地が層を成す。どこをどう切り取っても口の中に幸せが訪れた。


「そうか。気に入ったようで何よりだ」


 菫色の瞳を輝かせ、ほんのり頬は上気して。うっとりしたり驚いたり、一口ごとにくるくる表情が変わる。これほどまで喜ばれたら菓子職人も本望だろう。そして、ポルックスがついカフェに誘いたくなる気持ちもほんの少しだけ理解した。


「さて。来たようだな」


「2人とも待たせてごめんね」


 行き交う人の視線を次々と奪いながら、足早に向かってくるその姿は。


「あら。お疲れさまです、フルンお兄ちゃん」


「お待たせマドレーヌ」


「参加の了承は得たぞ」


「そうか。ナウルもありがとう」


 フルン・スュトラッチはごく自然にマドレーヌの隣を陣取り、やってきた店員にコーヒーを注文する。


「それでは、私は仕事に戻るから後は2人で打ち合わせを。()()()()()()()()()()ぞ」


 キエフルシ公爵家で何を質問されても良いように口裏を合わせておけということか。しかし、人の目もあれば耳もある人気のカフェでは話しづらい。それにここには…。


「フルンお兄ちゃん、今日はごはん食べました?」


 ゆっくり瞬きを3回。後、じぃっと見つめる。


「…それは…う、んと、ね?」


 ――どこ?


「今日また、うちに泊まります?」


 ――右・斜め前方・女。右・3つ隣・男。OK?


「うん」


 ――確認した。


 さっきから気になっていた不審人物にバレないよう、目の動きと瞬きと指先で会話する。医務室の一件でこのやり取りが有効だと知れたのは幸いだった。


 コーヒーが届いて店員が去ったのを確認し、招待状をわざとフルンに突き出す。


「その、こちらのお方は。()()()()()()()()()()()()()()ですか?」


「うん。と言っても、ぼくは顔を知ってる程度だけど。()()()()()()()()()()()()()()だよ」


「へぇ〜、そうなんですか」


「そうだよ、彼くらいになると()()()()()の付き合いもあるからね。他になにか質問はあるかい?」


「いいえ、もう心は決まりましたから」


「あらら。早いね、さすがだね」


 さも愉快そうにくすくすと笑い声を漏らすフルンに、少しだけ父親の面影が重なった。なるほど、こうして笑えばよく似ている。こうした、混沌を愛する悪魔のような屈託ない笑いを浮かべれば。



「楽しみが増えたわ。今夜はいっぱいお話ししましょうね、お兄ちゃん?」





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