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マドレーヌ13歳、冬。~女主人〜

 当初、コメルシー邸に貴人と女性職員、集会所に男性陣と村人、と会場を分ける予定だった晩餐会は、貴人と女性陣の要望により集会所に集まって行うことになった。『祝祭の踊り』の後の宴会は、神々に捧げられたものを皆で味わうことで加護を得るのが目的だから一つの家屋に集まるのは大歓迎。ただし、少しばかり不安がないでもない。


「お嬢様、会場は万事整いました」


「ありがとうマーサさん。…母さんが降ろしたままなら、わたしが代理の女主人なのよね」


「はい。ですがお嬢様はデビュー前ですから、ご無理なさらずとも良いのですよ?」


「いいえ、それは我が家の都合でお客様には関係のないことだもの。やるわ。至らない女主人ですので、皆、フォローをお願いしますね」


「「「「かしこまりました」」」」


 集会所は日本家屋をモチーフに、取り外し可能なスライド扉で仕切っている。普段はコミュニティごとに小さな部屋で寄り集まって、扉を外せば一つの広い大きな部屋の出来上がり。そこに所狭しと長テーブルが並ぶ様は圧巻だ。


 席はコミュニティごとに纏めてテーブルナプキンの色でも分けた。食の禁忌に対応するため異なる食材でもって見た目が近くなるようメニューを決めてある。それが万一にも間違うことのないように、食器の色とテーブルナプキンの色を合わせるように注意する。

 ノンアルコールとアルコールでグラスの趣を変え、うっかり望まない飲酒をすることのないように。

 そうだ。踊りの後遺症が続いている人もいるだろう。すっきりする薬草水と、暖かい薬草茶も幾つか用意しよう。


 重要書類は既に王都帰還に向けて荷造りされており、念のためコメルシー邸の保管庫に移してある。ならば休憩室を作れないか、それよりも医療用具を整えた部屋を設けるか。


「マドレーヌの様子はどうだ?」


 諸々の雑事を急いで片付けたポルミエ・コメルシーは頼れる侍女頭マーサに尋ねる。

 当初は貴人らの応対は男爵夫妻が、ダルドワーズとマドレーヌは気心知れた第三部隊員や村人の応対をする手筈だった。しかし、どうもスヴァーヴァが長くなりそうなのと親交を深めたいとの貴人方からの希望で、社交経験がほぼない娘が急きょ女主人の代理を務めることになった。女主人とは細やかな気遣いと2手3手先まで読む経験値が必要だ。


「お嬢様は隈無く会場をご確認し不備不足を整われた後、今は手隙の見習いに指示して『カイロ』なるものを製作させておいでです。なんでも、懐に入れれば寒さを緩和できるものだそうで。僅かな時間とはいえ皆様に寒空の下を歩かせることになるのだから、と仰いまして」


「なんと」


 大役に怯むどころかばっちり覚悟を決めたらしい。

 まだ陽の暖かみのある開始時刻と違って、帰る頃にはすっかり周囲は寒気に満ちている。それを慮ったのだろう、マドレーヌらしい采配だ。

 製作現場に案内させれば、すぐ下の妹や年若い使用人見習いに混じってせっせと手を動かしている。手のひら大の袋を量産するその布は数年間に西の民からマドレーヌ個人に贈られた毛織物の生地ではなかったか。複雑な幾何学模様を全面にあしらった色彩豊かな生地は王国にはないものだ。


「お養父様。こちら、着けてみて?」


 屈託ない笑顔で手渡されたのは、同じ生地で作った蝶ネクタイ。落ち着いた色彩の箇所を選んだのだろう、深みのある藍色に朱の差し色が入っている。


「やっぱり!よく似合ってる。これね、わたしも同じ生地でリボンを仕立てたの。そうしたらお養父様とお揃いにしたくなっちゃって。いいでしょう?」


「うむ」


 元より不可と言わせる積もりがないことは先刻承知だが、愛娘からの、お揃いのお願い。断る理由も大義もあるはずもなく。ましてや今夜の宴では主人と女主人だ、揃いの品を身につけて当然である。


「ロクマから許可は貰ったわ。神様に捧げたものを独り占めにするのでなく、同じ時を過ごした皆と分け合い、等しくご加護のあることを喜ぶのが思し召しに適うものだと言ったら、好きにして良いって」


「ふむ。して、その心は?」


「わたしが着るにはちょっと派手すぎて。でも誰かにそっくり差し上げるのも良くないでしょう?」


 俗人らしい打算に寧ろ安堵した。

 大概のことを熟してしまえる器量を持つ者、突出した知識や技術を持つ者を、人は天才だの賢者だのと呼び、崇敬という名の迫害をやってのける。ただ一人の人間ではなく、自らに有益な何かを齎す存在として、どの共同体にも属さない孤独な存在であるよう強要する。

 この村は、せめてこの村だけは。誰にも等しくルールを強制し、誰にも等しく共同体に属する権利と属さない権利を認めよう。それがコメルシー男爵の、領主である意義だった。


「よし、できた。あとは塩と薬草をデザートを出し終わったタイミングで熱して、こっちの麻袋に詰めてから袋に入れてね」


「任せて姉さん…じゃなかった。お嬢様」


「もうダクスったら!」


 ぷりぷり怒った顔でつんと頬を突けば、妹の方は蕩けんばかりの表情で。些か教育に悪いな、とコメルシー男爵はそっと娘の手を取りそちらから目を遠ざけさせる。   


「心の準備は良いか?」


「ええ!せっかくお養父様と2人でパーティに出るのだもの。楽しまなきゃ損だわ!」







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