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フルン25歳、冬。~コメルシー村にて〜

「叔父様の殺害を差配したのは母ですが、指示をしたのは父です」


 2つの部屋を繋ぐ扉の向こうから聞こえるのは、神話を説く教会の司祭にも似た穏やかな声。


「父は叔父様の才を畏れていました。内に秘めた、いつ現れるかも知れない強い情動と共に」


 けれどそれは、恐ろしき罪の告白で。


「実際、貴方が消えた後の我が家はとても快適でした。父は憂いなく医の道を、スュトラッチ家の職務を、精力的に熟し。母は私達兄弟を愛してくれた。弟も無邪気に笑っていた」


 ああ、覚えている。幼い頃のほんの一瞬、雪のように儚い幸福な記憶。


「でも。フルンが成長するに従って叔父様そっくりになり、真っ先に壊れたのが母です。愚かにも子供特有の、無邪気さ故の残酷さを叔父様に重ねてしまった」


 ぼくの首に手をかける、名も知らぬ女。食せば体調を崩す料理の数々に、ただでさえ薄い食への関心は消え失せた。


「父も父で。何かに怯えるようになりましたので、精神に作用する薬を常用させ。今ではもう、仕事以外では殆ど会話も成立しないでしょう」


 姿をみることがなくなり、もう顔も思い出せない男。最後に交わした言葉は何だったか、「ああ」とか「いや」とか、そうした類であったように思う。


「母は暴れるので仕方なく寝たきりに。処分すれば新しい女主人を用意しなくてはなりませんから」


 悪びれもせず。医師として、貴族として当然の処置と言わんばかりに。


「貴方が居なければ、あれの髪が金色にならなければ。それなりに、仲の良く、思い遣りに溢れた家族とやらだったのですよ。我々は」


 記憶の中の温和な笑顔の下に隠した狂気にあてられ、くらりと目の前が昏くなる。フルンにとっての父は製造元の一つ、母は自分を殺しにくる狂人、くらいの縁でしかないが、彼らは確かに、兄のことは愛していたように思う。それを――。



「スュトラッチ先生」



 闇い靄を祓うように、愛おしい声がすぐ近くから聞こえる。けれど。


 彼女は被害者の娘で。ぼくは加害者の息子で。



「…きみは。ぼくなんかの側に居ちゃダメだ。ぼくは誰も愛しちゃいけなかった。愛されちゃいけなかった。愛を求めちゃいけなかった!」


「つらい思いをしてきたんですね」


 ぼすん。温かくて柔らかな衝撃。

 とくん、とくん。規則正しい鼓動。

 小さな体は溺れそうなくらい生命力に溢れている。


「悲しい夢はわたしが持っていってあげる。だからゆっくり、おやすみなさい」


 *****


「もー、許可なく自白剤を盛らないの」


「だって。マリーが『腹を割って話せ』って言うんだもん」


 寝室から現れた娘と、それを驚きもせず迎える父を、カザンディビは濃い霧の中に居るような心地で、ぼんやり見つめていた。


「ジハクザイ…?」


 馴染みのない言葉を舌の上で転がせば、なんとなく、怪しい薬物の類と推察された。


「お隣にもばっちり聞こえてたよ。寝かしてきたけど」


「あれ?意外。ぼくはてっきり、諸々見逃してあげてる方がお気に入りだと思ったのに」


「あっちは学院でできたお兄ちゃんなの」


「あ、彼はそうなんだ」


「うん。だから、あんまりいじめないでね?」


 父娘の会話を他所に、グラスに注がれた赤ワインに目が留まる。盛られたとすればこれだろう。しかし、市販品で外観上にも味にも異変はないように感ぜられた。


「ねぇカザンさん、もっと聞かせてくれるでしょう?貴方のほんとうの気持ちが知りたいの」


 菫色の瞳。

 それは、憧れて、けれど決して持ち得なかった、欲して喪われて、望んで消そうとした、執着(あい)衝動(つみ)の目撃者。



「そうだ、私は――」







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