マドレーヌ13歳、秋。~ランチタイムは戦争だ〜
食堂には長いテーブルが幾筋も並んでおり、対面ではなく皆が同じ向きに座る。そのためスュトラッチ先生目当ての女学院生が狙うはマドレーヌ達の逆隣りの席。
我先に席を奪取するのははしたない、けれど諦めるのは口惜しい。変に目立って強気なご令嬢に目をつけられたくはない、けれどこの機会を逃す手はない。より実践に近い環境に身を置くため、ランチ中は適度な会話が推奨されている。スュトラッチ先生と親しくなりたい女学院生にとってランチは千載一遇のチャンスなのだ。なるべく自然に見えるように、抜け駆けではなく偶々だと言い張れるように。互いに相手の動向を観察しつつ、虎視眈々とその時を狙う。
「もし、レディ。落とし物をされませんでしたか?」
ジョンは食堂の入口に築かれた人間団子から大ぶりのイヤリングがやけに存在感を主張する令嬢を見つけると、レースの美しい女性もののハンカチを差し出した。
「あらご親切にどうも。…いいえ、このハンカチはわたくしのじゃぁないわ。わたくしのお気に入りはシンプルな木綿のハンカチーフよ。知っていて?木綿のハンカチーフには有名な物語があってね。男女の悲恋なのだけれどこれがまたいいお話でね」
初対面にも関わらず喋って喋って喋り倒し、一切口を挟ませない姿から『おしゃべりモンスター・コモリ』の異称をもつご令嬢。終わらない一方的な会話に顔を強ばらせたジョンの足をモニカがツンツンつま先で突く。
「あぁ、失礼いたしました。では私どもはこれで」
「あら待って、わたくしも丁度食堂に行くところよ。一緒に行きましょう。せっかくここで出会えたのも何かご縁だわ。ええ、女神様の思し召しですわ」
「そうですね、ではぜひ」
「参りましょう、参りましょう!」
「ええ。賑やかな方が楽しく過ごせますものね」
しれっと着いてくるコモリ嬢に3人は目配せしあい、企みが成功した子供の笑みを浮かべる。対スュトラッチ先生用の大楯ゲットだぜ!
そんな4人に向けられる羨望の眼差し。しかし、団子の中から1人の令嬢が躍り出る。
「ご機嫌ようコモリ様。食堂に行くのね?わたくしもご一緒してよろしいでしょう?わたくし達お友達なんですもの」
本来は間に人を挟んで会話をするのは失礼に当たるけれど、間に挟まれるのが友人なら自然に会話をすることは可能だ。
彼女と同じ思惑に至ったのか、コモリ嬢の友人らしき令嬢がさらに3人、塊から離脱して続く。
こうして予想外に大量の盾を手にしたマドレーヌ一行は無事にスュトラッチ先生の関心を逸らすことに成功し、彼にダメージを与えるとともに次回からのランチタイムの自由を手に入れた。