ブリガ・デイロ 14歳、秋。~桃色の困惑~
「貴女ねぇ、ちょっと図々しいのではなくて?」
学院生活4日目。
いつものように2人の令嬢を従えて極彩色のドレスで礼法の教室に現れたブリガ・デイロは室内をぐるりと見渡すと、ひときわ目立つピンク色を目指して一直線に歩み寄った。
「あらご機嫌よう、デイロ様。今日も眩くていらっしゃるわね。わたくしに何かご用かしら?」
「あら…失礼、人違いだわ」
顔を上げた女学院生はピンク色の大きなリボンをつけているが、髪色は地味な焦茶色。そのうちに教師がやってきて有耶無耶になった。
*****
「ちょっと貴女、少しよろしくて?」
「はい、わたくしに何かご用でしょうか?」
会話の授業にはピンク色の帽子の女学院生。
*****
「ねぇちょっといいかしら?」
「はい、なんでしょう?」
家政の授業にはピンク色のスカーフをカチューシャのように頭に巻いている女学院生。
「新入生の間ではピンク色が流行しているのかしら?」
どの教室でもピンク、ピンク、ピンク。女学院生の20人に1人はピンク色を纏っているといっていいほど、今日の学院はピンク率が高い。昨日発足した『マ会』メンバーがブリガ・デイロの目眩しのために行なっているのだが、各家の知恵と知識を持ち寄ってあれこれ話し合い、問い質された時の言い訳もきちんと考えられていた。
「はい。芸術の授業で、暁の女神様は薔薇色を纏うと習いましたの。暁とは夜明け。人生に喩えるならば大人の一員となるべく学んでいる最中の、わたくし達ではないかと、さるご令嬢のお言葉に皆、賛同いたしましたの」
古代の絵画で薔薇色が暁の女神とほぼイコールだというのは、芸術に造詣の深い高位貴族家の門に所属する子爵令嬢からの情報だ。
「それに、他国では安価な染粉が開発されたそうでピンク色に流行の兆しがあるのだそうです」
スカーフの女学院生の隣に座る少女が言葉を引き継ぐ。この情報は輸入貿易商の家の令嬢からもたらされた。
流行の発信源となり社会や経済の動向をも左右するファッションリーダーは女性が自らの影響力を示す最も有効な手段だ。さすがのブリガ・デイロでも『最先端の流行』といえば咎めはしないだろう、という魂胆である。
「なるほどね。失礼、わたくし用事を思い出したわ」
踵を返して教室を後にするブリガ・デイロに少女たちはほくそ笑む。彼女は我が儘だが根は単純というか素直というか、一度に複数の事柄を考えることはしない性格だ。気を逸らすことさえできれば深追いはしない。きっと今はピンクのドレスかアクセサリーを父親におねだりすることで頭がいっぱいに違いない。
*****
「コメルシー様、ご挨拶の口上の復習をいたしましょう?」
「コメルシー様、カーテシーには美しく見えるコツがあるのですわ」
「コメルシー様、貴族言葉には幾つか決まり事があるのですわ。それを覚えてしまえば簡単ですわよ」
「うぅ、皆さま本当にありがとうございます!このご恩は生涯忘れません!」
ブリガ・デイロがピンク色の洪水に困惑していた頃、本家ピンクは小休憩のたびに伝統貴族家の令嬢に囲まれて苦手科目の補習を受けていた。人間の壁でブリガ・デイロの視界から遠ざける作戦は、今のところ大成功だ。使命感に溢れる『マ会』の面々は黙って視線を交わし健闘を讃えあう。
一方、2日続けての大立ち回りとスュトラッチ先生のせいで悪目立ちした自覚のあるマドレーヌは登校するなり貴族令嬢に囲まれ、すわ上流階級のわからせ案件かと身を固くしたが、「実は仲良くなりたくて」の言葉にうるっとした。その上、「お困りごとはございませんか?」と言ってくれたものだから、恥を忍んでマナーと語学が苦手だと伝えたところ、それぞれの得意科目を教えてくれると請け負ってくれたのだ。
「マドレーヌ様、随分とご機嫌ですね。他のご令嬢がたも満更でもなさそうですし」
「可憐なマドレーヌ様が瞳に涙を浮かべていたのよ?あのお顔で見つめられたら、お願いの一つや二つ、叶えて差し上げたくなるというものだわ」
その姿を思い出したのか、モニカの口元が緩み、顔にすっと赤みが差す。
ジョンとモニカの役目はこれから。対スュトラッチ先生用の盾の獲得という大役が待っている。