マドレーヌ13歳、冬。~ギャップ萌え?〜
「…ポップオーバーが」
昨夜の夜会で見聞きした出来事をそっくり伝えると、コメルシーさんの口からとんでもなく低い声が飛び出した。それは一瞬で、小さな声だったけれど、間違いなく彼女から発せられたもの。思わず言ってしまったのだろう、彼女はハッとした顔でぼくと警ら隊員たちをチラチラ、ハラハラ見回した。
「怯えていらっしゃる。お可哀想に」
「恐ろしい連中も居るものだ。しかも八つ当たりじゃあないか」
「よし、我らの手で学院の護りをいっそう固めよう」
聴こえていなかったらしい警ら隊の面々は、彼女の振る舞いを恐怖ゆえと判断したようだ。けれど彼女の動揺の原因は十中八九、やたらドスの効いた声が聞かれていなかったかどうか、だと思う。
ちなみにポップオーバーは洒落たカフェなんかで提供されるデニッシュで、形はマフィンによく似ているけれど割ると中身が空っぽ。なるほど言い得て妙だ。いやいや、感心している場合ではなく。
「相手がどんな手を使ってくるかわからない。せめて男達の素性に調べがつくまでは、どうか、安全な場所に居てくれないか?きみが心配なんだ」
「ええと。先生がご出席された夜会は高位貴族でないと参加できないものですか?違う?あ、幅広い人達が参加できる会なのですね、なるほど」
いつも通りの明るく落ち着いた声で彼女は幾つかの質問を繰り出し、ふむ、と顎に手を当てて考え出す。ややあって一つの帰結に至ったらしく、彼女の唇が三日月のようにきゅっと美しい弧を描いた。
「ねぇ先生?わたしを、守ってくださいますでしょう?」
そこにはいつもの人好きする朗らかさや愛嬌は微塵もなく、肉食獣のような獰猛さが滲む、ぞくぞくするほど美しい笑顔があった。