マドレーヌ13歳、冬。~準備期間がいちばん楽しい〜
鏡のような水面に一滴だけ垂らした、透明な毒。
それは幾重にも輪を描いて広がり、やがて収束する。
ふたたび鏡のようになる水面。
けれど、その内側では…?
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「すごい!これみんな露店ですかッ!」
広場には急拵えの店、店、店。王国各地から珍品名品が集まる冬至祭の市で、ずらりと並ぶ物珍しい品々にキラキラと目を輝かせるお上りさん丸出しのマドレーヌを微笑ましく見守るモニカ、ジョン、そしてケルノン。
気を抜くと無意識のうちに周囲の情報を丸ごと集めて記憶してしまうマドレーヌは、人の多い場所ではすぐに気分が悪くなってしまう。万が一の介助役兼荷物持ちとして就けられたケルノンを見てモニカとジョンは少し驚いたようだが、すぐに打ち解けた。
「そちらは穀倉地帯でよく見られる、麦わらや薄く削った樹皮を編んだ壁飾りですね。太陽をモチーフにしたものです」
「こちらは王国北部エリアの一部で伝承されている、農家の屋根裏に棲むという妖精の人形です」
マドレーヌが目を向ける物すべてにジョンが説明を差し挟んでいく。田舎育ちの村娘が、家族以外に知り合いの居ない都会に連れて来られて、諸々の苦労の末に親しい友人と買い物に出掛けている。青春の1ページを飾るに相応しい光景にケルノンの心も緩む。従者としてではなくご近所さん目線の感情だ。
「あちらのエリアには冬至祭に因んだいろいろなお菓子を販売するお店が多くて。太陽や雪や、女神様をかたどったクッキーもありますのよ」
「なんて素敵な!」
「お嬢様。あまり興奮されてはまた」
「平気よケルノン。もう都会にだって慣れたもの」
邸や村内ならともかく、外では使用人を呼び捨てにしなければならない。それに慣れたのも、ここ数ヶ月だ。
「いけません」
「はぁーい」
不承不承、不満ありありの態度を隠さない返事は淑女としてはいただけない。けれども気心知れた従者相手の子供っぽい態度にモニカは瞬きもせず熱い眼差しを向け、ジョンの方は少しだけ悔しそうに拳を握る。
――おやおや、これはこれは。
「お嬢様」
ケルノンが差し出した掌に、マドレーヌは素直に自分の手を重ねて握る。村では。放っておくと何処かの野山に行ってしまうマドレーヌを、大人達がこうして捕まえておくことがあった。あくまでコメルシー村の、日常だ。王都では家族や恋人といった、余程の親しい間柄でなければ見られまい。
案の定、モニカもジョンも、不快そうな表情を浮かべている。
「街なかでは。決して手を離してはいけませんよ?」
「わかってますぅー!急に走り出したりもしませんよー!」
子供扱いされてマドレーヌは大いに膨れる。けれどケルノンも仕事なのだ。怠慢は宜しくない。
――ご学友ならまだしも、害虫を近づける訳には参りませんので。