マドレーヌ13歳、秋。~広がる友達の輪〜
「あ〜癒されるぅぅ」
「あの、コメルシー嬢??」
小休憩時間。
登校直後からの諸々でどっと疲れたマドレーヌが一心不乱にノートの隅に素数を書き連ねるのを、同じ授業を受ける少年少女が気遣わしげに伺っている。単純作業でささくれ立った心を落ち着かせているマドレーヌに対し、落ち着かないのは周囲の方だ。
新興貴族家や平民は思う。あのブリガ・デイロに、
伝統貴族家は思う。あのナウル・デライト伯爵に、
何の瑕疵もないどころか、相手を慮り慈悲をもって場を収めた少女が目をつけられる必要があったのか、と。気の毒に思うし心配もするが、己の立場では如何ともし難いのが現実だ。それでもこの理不尽さを前に、思春期ならではの潔癖さと正義感が、彼らの胸にモヤモヤと渦巻く。
その上、当のマドレーヌは学院長室から戻るやいなや微笑みすら浮かべてひたすら数字を列記している。すわ精神崩壊の兆候かと気が気でないのも道理で、マドレーヌの異常行動はすぐさま同じ年頃の同期生の間で共有された。
「私は幼馴染のモニカ様の危機を救っていただいたのに、マドレーヌ様の窮地になにも出来なかった。入学生代表だと煽てられていい気になっていた自分がまったく情けない」
「俺も男として、王国騎士を志す者として、そもそも幾ら侯爵家の人間でも暴力的な男がいる場で女性一人を矢面に立たせておくべきでなかった」
自責の念に駆られたジョンの呟きに周囲の少年たちも同意する。
「ブリガ・デイロはこれまで、自分よりも目立つご令嬢を虐めたり脅したりで何人も退学や休学に追いやったと噂よ」
「一人では無理でも力を合わせるのよ。皆んなで悪女ブリガ・デイロから守って差し上げましょう!」
固く決意した令嬢の言葉に周囲のご令嬢も同意する。
「デライト伯爵は私怨で動かれる方ではありませんが、マドレーヌ様が如何に人徳があり模範的なご令嬢であるかを知ればコメルシー男爵家に向ける眼もきっと和らぎましょう」
「曲がりなりにも代々家を存続させてきた伝統ある貴族家の矜持をみせる時です」
己に言い聞かせるようなモニカの言葉に周囲の伝統貴族家子女も同意する。
かくして本人のまったく預かり知らぬところで伝統貴族、新興貴族、平民の垣根を越えた『マドレーヌ・コメルシー男爵令嬢を守る会』、略称『マ会』が爆誕。後に王立学院史に残る「団結の世代」の歩みはここから始まったのである。