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3.清いモーニングコール


『~♪』


 軽やかな音楽が、朝起きたばかりでまだまどろんでいる脳内に流れ込んでくる。


 そして暑い。朝日が眩しい。

 俺の部屋は家の構造上、朝の太陽光が窓からこれでもかと降り注いでくるため、春から夏にかけては部屋が暑くて仕方がないのだ。

 だからいつも寝苦しさから目覚ましよりも前に起床してしまうのだが、今日はよく眠れたということか……


 そこまでボーっとしながら考えて、気付く。

 俺の目覚ましは無機質な電子音のはずなのに、この軽やかなメロディーは何だ?


『~♪』


 枕もとでその軽やかでありながら煩く喚くのは、俺のスマホだった。


 そうだ、これは……電話だ。

 そして画面に映る名前を見て思った。早く出ないと、まずい。

 

「もし、もしぃ……?」

『おはようございます神田くん。質の良い睡眠はとれましたか?』

「……おかげ……さまで……」


 透き通るような声で、段々と頭が冴えてくる。それでもまだやはり、俺は夢の中にいるのではと思わざるおえないのだ。

 だって、あの水鳥川さんからモーニングコールなんて……昨日までの俺が聞いたらこう言うだろう。“夢落ち乙”……と。


『では先日の連絡通り、今から一時間後に待ち合わせでお願いしますね。遅刻厳禁、ですよ?』

「はい……分かりました……」

『それと今日は夕方から雨だそうなので、折り畳み傘の携帯をお勧めします……それでは、また後で会いましょう。一緒に登校出来ること、楽しみにしてます』

 

 ぷつりと、電話が切れた。


 ボーっと天井を眺める……いつもの天井だ。朝から非日常が始まっているのに。

 ……静かだ。でも今日は燃えるゴミの日だからか、外では烏の鳴き声が遠くに聞こえる。何か馬鹿にしてるように聞こえるのは俺の気のせいだろうか?


「……起きるか」


 今更ながらに鳴り出した目覚まし時計を止めて、ベッドから起き上がる。

 とりあえず、折り畳み傘を探そう。





△△△△△△△△△△△△△△


「おはようございます。予定時間より五分前……素晴らしい心掛けかと」

「……どうも」


 いた。立っていた。いつも通りの制服姿でそこにいた。


 正直この待ち合わせ場所に来る道中、昨日のことから今朝のことまで、全部俺の危ない妄想なんじゃないかと疑い始めていたが……どうやら俺は病院の精神科のお世話になる必要はないらしい。


 だけど。ここまで現実を目の当たりにしても信じがたいのはしょうがないと思う。

 あの水鳥川さんと一緒に登校って。


「えと……待たせたみたいでごめんな」

「構いませんよ。時間前なのですから」

「そ、そっか」

「はい」

「……」

「……」


 え、どうすればいいのこれ?

 適当な話題?そんなの今朝は俺の頭が正常かって疑うのに時間全部使ったから考えてないよ。


「じゃ、じゃあ……行こうか?」

「あ、少々お待ちを」

「え、何か忘れ物とか……」

「ぷしゅー、ぷしゅー」


 ……頭がフリーズしました。


 例えるなら、煙を吹きながらもなんとか動いていた機械が爆発して完全にお釈迦になった感じ。

 それと同じことが、俺の脳内で起こりました。つまり今、何も考えられません。


「……何してんの?」

「神田くんに除菌・消臭スプレーを吹きかけました。大丈夫、顔付近にはかかっていません」


 俺の頭が大丈夫じゃないんだよなぁ。

 ついでに言うと、君のその行いも大丈夫とは言えない。


 そうだ。俺は今、スプレーを水鳥川さんに吹きかけられたのだ。顔から下……手とかの皮膚を

除いた、学生服の上下に。

 こんなことをされたら、湧き出る言葉と感情は一つしかない。

 俺、嫌われてんのかなって。


「……なぜスプレーを?」

「もちろんこういった行為を誰彼にすることはありません。しかし、その……」

「しかし?」

「男性はこう……異性からの特別扱いが好き、と耳にしたので……」


 違うんだ水鳥川さん。恥ずかし気に頬に手を当てている場合じゃないんだ。

 特別扱いにもね、二種類あるんだよ。それも天と地のような、対照的過ぎる特別扱いがさ。そして今の特別扱いは……傷ついてしまうやつなんだ……


「嬉しかったですか?」


 違うんだ水鳥川さん……それで俺が喜んでしまうと、むしろダメなんだ……特殊な人だと思われてしまうんだ……


 まあ、本人が善意と好意でやってることが伝わるのが救いだけども。

 あとそんな水鳥川さんを可愛いとか思う俺もだいぶ重症なんだけども。


「自分でぷしゅーとか言ったのは……」

「そう言った擬音を口にする女性もまた好まれやすいと、ネットで学びました。萌え?というのだそうです。ぷしゅー」

「そっか……」

「……その、可愛く見えました、か……?」


 恐る恐る、まるで小動物のように上目遣いで俺を見やる水鳥川さん。


「うん、かわ……いいんだけど……無許可でやるのはよろしくないかな……」

 

 そうだ。可愛かった。これは嘘付けない。可愛いものは可愛い。

 でも親しき中にも礼儀あり。可愛いからと全てが許される訳ではないのが現実だったりするのだ。

 

「そうですか……すいません。次は一言置くことを心に刻みます」


 あ、またスプレー噴射されることは変わらないのか……。


「……そろそろ学校に向かいましょうか。遅刻厳禁、です」

「あ、はい……」

「……あの」

「は、はい?」

「可愛いと言って頂いて……嬉しかったです。ドキドキ、してます……」

「……どうも」

「……では、行きましょう」


 彼女に合わせて、俺たちはようやく歩き始める。

 そうだ。まだ友達初日、それも学校も始まってない朝だ。


 だから思う。俺はまともに授業が受けられないかもしれないと。



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