1.清い告白
潔癖症
それは文字通り、不正や不潔を嫌い、どんなものにも妥協しない……完全なものを求める性格を示す言葉である。
別称では不潔恐怖症と呼ばれる脅迫観念ともされ、実際に汚れているかは別問題としてただひたすらに汚れを落とそうとするノイローゼだ。
しかし……潔癖症は綺麗好きではない。
同じくして、綺麗好きは潔癖症ではない。
しかし大なり小なり似通った性質が見られるのもまた、事実である……
「……」
俺は検索をかけたスマホ画面を消して、登校する生徒でにぎわう高校の玄関口へと足を踏み入れた。
なぜ朝からこんなことを調べているのか。
別に課題で調べろと言われた訳でもないし、暇過ぎたから、なんて理由もない。
ただ……毎朝、いつも通りにこの玄関口で見る、あの彼女の光景を見ると、その言葉が思い浮かんでしまうだけだ。
「水鳥川さん、おはよう」
「……おはようございます」
水鳥川清奈がその名に恥じない、澄んだ声で朝の挨拶を返した。
学内で一、二を争う美少女。品行方正。頭脳明晰。清楚。おしとやか。クール。
彼女について誰かに聞けば、必ずその手の返しが来るほどに学内では名を知られている女子生徒だ。
もちろん俺も知っている。何より同じクラスであるからだ……まあ、俺は全くと言っていいほどに彼女と関わったことなどないが。
だがそれも当然である。
何せ、彼女は上に挙げた評判を全て覆い隠してしまうほどに……
「ねえ水鳥川さん……その、後もつかえちゃうからさ……その除菌スプレーはそろそろ終わりにしてもいいんじゃないかなぁ~……?」
徹底的なまでの『綺麗好き』なのだから。
「……大変失礼しました。もう終わりますので」
「う、うん!大丈夫だよ、気にしないで?」
「……あなたの靴箱にも使いますか?」
「だ、大丈夫だよ~……」
「そうですか……お待たせしました。行きましょう」
これはいつもの光景だ。そう、いつもである。
水鳥川が完璧なまでに綺麗好きであることは、この学校にいるどの生徒も先生も知っている。
だから、だろう。
あれだけの美少女である彼女に、彼氏だの恋人だのといった世俗的な噂が皆無であるのは。
当然、彼女に告白する男子など数十といた。
しかし誰もがあえなく撃沈。その理由が、不衛生である。
制服の着こなし、日常的な態度、彼女への下心……誰も彼もがそれを見抜かれ指摘され、終いにはありがたいお説教をされてしまい、恋破られた。
そして今となっては、彼女に近づくのが恐れ多いとまでなり、彼女を囲っていたかつての人だかりは見る影もなくなってしまったのである。
……密かに憧れている者ならいくらでもいるが。今では水鳥川に話しかけられる者など先生か、先ほどの親し気な女子生徒くらいだろう。
「……」
彼女が教室に向かったことで、俺たち他生徒は自身の外履きを入れ替えて、同じように教室へと向かう。
……いつものことだ。もう慣れている。
だからこれからも、彼女と俺が関わることなどなく、学校生活は静かに過ぎていく。
「神田くん。私と、清いお付き合いして頂けませんか?」
……だから、その日の放課後に水鳥川に呼び出されてそう言われた俺は、バグを起こした頭のままにこう返した。
「清いお付き合いって、どこまで許されますか……?」