攻める事防もる事
アリスは掛け値なしの危機的状況でした。
[偵察]
プヨが畑を拡張しようかと訊いてきた。此のままでは全然足りなくなるのは眼に見えているのだが、ドロシーはウーシャラーク軍の動向が気になる。
「まだ待って下さい。風竜とドローンを偵察に出しています。安全が確認されてからで良いでしょう」
それより、とドロシーは続ける。
「外壁を広げられませんか」
宿舎の建設は掩体の内側を相応に消費してしまっている。プヨの危惧する、デストラップとしての直線の短縮に依る効果半減に考慮したのだろう。勿論否やはない。
未だ宿舎の仕上げに係わっている一個小隊ほどを残し残りを外周の拡張に振り向ける。
広がれば直線を長く取れるのだ。
シャオの伝手で手にいれた隠蔽付きの小型木馬に可愛らしいとさえ言える小さな人形が乗っている。いや、この場合は載っているか、人ではないのだから。領境までを扇形の策敵機動を取っているその内の一機が大規模な軍列を見付けた。
[結節点の部屋]
土塁の中、結節点の部屋には、中央に移されたベッドの上にアリスが寝ている。
周りには、シャオ、虎治、サスケラのイバーラク組、カーシャとウッディ、何故いるのかトムオスとアマーリのキーナン組、新眷族の中尉達、ウーシャラーク組の三組が犇めいている。
シャオが話し始めた。
「貴君等には、アリスの内面に潜り込み、結節点を引き剥がして貰いたい」
「どうやって入るのでしょう」ガイコツ中尉。
「私が補助する。椅子に座って眼を閉じれば良い」
「なぜ、俺…僕たちも?」アマーリ。
「空間魔法に適正がある。軍人達の支援をお願いしたい」
実は、最も重要な役割を振る積もりなのだが、それは言わない。
「まだ、何も習ってはいません」トムオス。
「実際には、私が貴殿方のアバターを使って魔法を使うが、これは貴殿方の体感的な経験になる。幾許かのスキルと多大な知見が手に入ることは保証」
「やります」
「おい、まてよ」アマーリ。
「危険はないのか、…ですか?」同。
「あちらで死ねば、こちらに残された体の心臓が止まる」
ざわめき、
ザワメキ。
「その為にこの二人がいる」
木目シャオはサスケラと虎治を示す。
「え?おれ?」
[掩体]
『プヨ、ウーシャラーク軍と思わしき大規模な武装集団が向かって来ています。一両日中の到着とは思われますが、念の為、外域防御施設の構築は今夕を目処に終了させてください』
「了解しました。完成の見込みのない物の解体撤去を優先します」
作り掛けの掩体など攻略軍の足場にしかならない。
プヨは完成の状況を一通り確認する。
一番外側の掩体は最も低いところで五メートル、
高い処では十メートル近い。
もうこれは掩体ではなく壁と言っても良いだろう。
手の空いてきた人形には、低い外壁の嵩上げを指示した。
五メートルなど、準備を整えた軍には大した高さではない。
[冷酷な魔女]
少し遡る。
カーシャはアマーリと、トムオスにシャオに会った事を話した。厳密に言えば同位体で本人とは少し異なるのだが、その辺はカーシャにはよく分かっていない。
「げげっ、大丈夫なのか、そのダンジョン。冷酷な魔女だろ?」
「何言ってんだい。あんな物芝居書きが適当に書いた作り話に決まってるだろ」
ドワーフであるカーシャには、森人=エルフの禁忌も、キオト貴族の空威張り気質も理解している。概ね何があったのか予想が付くのだ。
「火の無い処には煙は立たないって言うぜ」
「会ってみれば分かるんじゃないか」
トムオスの一言で、ダンジョンに押し掛けることになった。
「次の休日はいつだっけ」アマーリ
「別に今から行けばいいだろ、いつ迄シャオがいるかも分かんないし」
「はい?」トムオス&アマーリ。
返事も待たず、カーシャは転移門を開いた。
[サルベージ]
「コアとマティを召喚して」
「本体の方ですか?デュプリケイトではなく」
頷く木目シャオ。
「でも、なんで?性能同じだよ?」
「マイクロセコンド単位の同期が必要になる可能性、万全の態勢で向かいたい」
呼び出されたブロシージャ達を示して、シャオはさらに言う。
「この二体が万が一に備え、マイクロセコンド単位のサルベージを行う」
事故の起こる率は道を歩いていて隕石にぶつかる位に小さい。
ただ、シャオは狙って隕石を投げつけてくる者がいる事には
言及しない。
[外壁]
カイマン将軍はいく先々の村で木材を調達した。
交渉に依ることも有れば、勝手に廃屋を解体する事もあった。
梯子と言う梯子は徴用し雀の泪の代金を置いていった。
馬車、台車の類いは持ち主を切り殺してでも、
総ざらい手にいれた。
そうして、目的地に着いた。
斥候はぐるりと外壁の周りを廻ると馬を降りて報告した。
「入り口は正面の一つだけであります。他の三つは塞いだ物と思われます」
「ふん、浅知恵だな」
出入口が複数有れば、囲みの薄い処から突破を試みる事も出来る。
一つしかなければ囲み手はそこを押さえるだけで良い。
しかも守りを一点に集中しているが為に、
例えば壁の何処からかを乗り越えられれば、それで陥ちる。
外との連絡、交易を犠牲にして、
これだけ徹底した防御を敷くのだ。
兵力に不安がある証明だろう。
旬日も経ずして陥とせる。
カイマンはそう確信していた。
将軍はただの猪武者では無いのかも知れません。
でも、まあ、ダンジョンなんて攻めた事無いんでしょうね。
ダンジョン側にすると、アリスが動かせませんから、
転移で好きに逃げる分けにも行かずめんどくさい状況です。