小さな歌姫
動き出す積もりはあった。
でも動けなかった。
まだまだ続く伏線回。
御免よ、石投げないで。
[アマーリとトムオス]
「なあ、カーシャとどうやって知り合ったんだ」
学生目当てに開いたらしい真新しい食堂で、トムオスはアマーリに訊いた。
「話し掛けただけたぞ」
アマーリは不思議そうに答える。
友達になりたいなら取り敢えず話し掛ける、当たり前の話だ。アマーリはそうやって何処ででも簡単に友達を作る。
その一方で、下らない奴だと判断したら、さっさと交友を切る。
友情に命を掛けねばならない事も有り得るのだ。それだけの価値の有る者を友としたい。これもアマーリにとって当たり前の事だった。
「社交的なんだな」
言わずもがなの確認を言葉にしてしまうトムオス。
彼は彼で積極的に友を得ようとした事はない。幼少の頃から栴檀の香高かった彼には、それなりに相応しい者達が集まって来た。
自然、リーダーシップを身に付ける一方で、親友と呼べる者がいない事を自覚している。
「しかし、カーシャが苦学生とはな」
彼等の中でそう結論付けられた様だ。間違ってはいない。
[サンプル]
あばら屋の周りの雑木と見えた物は、
この辺りに自生する芋の木で、
態々植えた物らしい。
良い工夫だとグル師は感心した。
湯石と魔石を検分すると小さくはあるが、十分使えそうに見える。
グル師は総務部へのサンプルに幾つか買い取る事にした。
「毎度ありって、こんなに?」
町場の故買商に売っていた時より、大分金額が大きい。
「正規の値段だとこんな物だな。但し、取り引きとなると少し値引きしないと総務が納得せんだろう」
カーシャの腹が鳴ったので、昼時に為ったのが知れた。
[厄介な物]
水脈を探っていた検索ラインはすぐに当たりを引いた。地表から二十メートル付近なので真空ポンプは使えない。某かの工夫は要るだろうが、朗報ではある。生活用水に使っているアーカイブ経由の水も要らなくなるかも知れない。組み上げに掛かるコスト次第ではある。
岩山に回したラインは暫く退屈な結果を送信してきた。しかし、それからそろそろ引き上げようかと言う段になって厄介な物を見付けてしまった。
硫黄含有量のやけに高い鉄鉱石の分厚い鉱床である。しかも、辿って行くと水脈の直ぐ下の粘土層に隠れる様に広がっている。
最悪の場合水源処か、このダンジョンを
放棄しなければならないかも知れない。
プヨはドロシーに連絡した。
[決断再び]
大隊と合流して暫く経った頃、小さなダンジョンの攻略部隊を任されていた中尉に密命が下った。
「そんな分けだから、後は宜しく頼むぞ」
大隊長の少佐は、がははと笑って指揮権を気前良く渡した。ダンジョンの再攻略の命だった。一個大隊を丸ごと使えと。
こんな物が正規な命令の筈がない。
中尉は直感した。
恐らく軍部の相応の地位にある誰かが勝手に出したのだろう。
成功したとしても、キーナン領への侵犯の罪は残るのだ。
詰め腹を切らされるのは恐らく俺だ。
少佐はそれを知っている。
だから、逃げた。
元の命令書は恐らく少佐に宛てた物だ。
そして、成功するかと言えば、まず無理だろう。
近代的な兵器を揃えていたであろうイェードゥが、
二個中隊を派遣して為す術なく破れたのだ。
例え一個大隊であろうと、
肉弾戦しか方策を持たない、
この部隊に勝てるとは思えない。
中尉は決断した。
[木目シャオ]
預かった検索ラインの一つを攻略部隊の指揮官に紐付けていた
ドロシーは、眉を潜めている。
面倒な事に為りそうだ。
ウーシャラークの兵装の貧弱さから言って例え
一個大隊であろうと負ける気遣いは無いとは言え、
小さなダンジョンの存在が大々的に知られることに為る。
イェードゥの一地方であった時とは違うのだ。
様々な制肘が発生し、
脆弱さの改善に無視できない遅れが発生しかねない。
プヨの報告は、意外に喫緊の対処を必要として要るのかも知れない。
そんな焦りがドロシーにはある。
「ここはあの方を頼るしか有りませんね」
シャオえもーん、カモーン。
程なくして、木目シャオが出現した。
[せっかちな娘]
カーシャとグル師は学長室で弁当を使っていた。カーシャはご機嫌だ。明日一日市場への買い出しとダンジョンへの配達の為、お休みを貰えたからだ。
グル師はと言うと、ダンジョンとの関係を深めることが出来れば、空間魔法についての新たな知見が手に入るかも知れないと、黙考している。
「っちそーさん」
カーシャが動き出した。次は総務での書類整理だ。
「食休みくらい取りなさい。他の者が落ち着けない」
「あっそうか」
グル師は思う。この急勝さは、この娘の武器に成るだろう。だが、詰まらね失敗をせぬ為に、矯める処は矯めなければ。
[歌姫]
アリスは歌う。
プロシージャ帰っておいで私はここに居るよ。
美味しいお菓子もあるよ。
新しいお友達もいるよ。
帰っておいで。
いっぱい遊ぼう。
いっぱい教えて。
あの時のように。
あのときのように。
木目シャオは頚を傾げる。ただの歌の様にも聴こえる。だが、この魔素の広がりは何だろう。
まるで結節点がこの娘の中にあって、無限に魔素を放出したがっている様ではないか。
「シャオ様?」
ドロシーには分からない。解け合うような心地よさは感じるが、歌に潜んだ巨大な何かには気付いていない。
やっとシャオとアリスが出会います。
最小限の関与とは、この辺りの事なんですけどね。
ここまで来るまでに関与しまくって、
もう、ぐたぐた。