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拾参話 る






「んだよこのちっこいの。この命令に従えって寝ぼけてんのか? そもそも俺らは今代の王の命令を聞くようになってんだろうが」

「だから我、今代白王」

「んあ!?」


 そんな会話を残し、ソウジュはスオウ達鬼を引きつれて海へと向かった。

 鬼達が髪人形のソウジュを持ったスオウを避けるように距離を取っていた。鬼に引かれる私達の髪人形、やるな。





 リトに負ってもらい、行きは見なかった景色の中を駆け抜ける。そこが最短であれば街の中であろうと駆け抜けた。

 里を出て少し経てば、リトの外見は人の物へと戻っていた。けれど体温は相変わらず低いし、人とは思えない力と速度で走り続けている。私達の姿を見たものは、ぽかんと口を開いて見送った。これは後々新たな妖怪の伝聞が伝わってくるだろうなと察する。


「うわ! おんぶおばけだ!」


 風のように通り過ぎた後ろから声だけが追ってきた。……これは、妖怪として名を馳せるのは私かもしれない。


 ほんの僅かな休憩を挟むだけで、リトは夜通し走り続けた。その休憩でさえも私の為で、彼自身は身を休めようとはしない。

 私はリトの背に負われ都に着いてからのことを考えながら、時に夢を見た。









 腹の出た男が尻餅をついたまま後ずさる。歯を鳴らしながら唾を散らし、がたがたと震えていた。

 その前に立つのは大きな外套を頭までかぶった人物だ。

 突き出した片手には、尖った耳を持つ頭部を握っている。首は本体からねじ切られ、分厚い絨毯に赤をぶちまけていた。


「白の文献を探しているだけなのに、どうしてこうも悪魔と契約した馬鹿ばかりが見つかるのやら。お前達は一体何匹の悪魔を俺に始末させる気だ」


 固い頭蓋骨ごと悪魔の頭を握り潰したリトは、それを男の前に落とす。


「た、頼む、助けてくれ……」

「お前が殺した白の末裔もそう言ったんだろうな。彼らが奴隷に身を窶しても先祖代々命懸けで抱えてきた文献を殺して奪い、自分は命乞いか。あまりに馬鹿げていると思わないか?」


 壁に埋め込まれている鍵付の箱が開かれている。そこには修復の跡が見られる古い本が大量に敷き詰められていた。それに手を伸ばそうとしたリトは、ふと動きを止める。悪魔の血で汚れた手に肩を竦め、男へと視線を戻す。赤い瞳に見下ろされた男は竦み上がったが、はっと息を呑んだ。


「白の蒐集家が相次いで殺されているのは、お前の仕業なのか!?」

「それを言うのなら、白の末裔が殺されている事件、だろう」

「し、白の末裔だといっても、白が滅びてもう八百年だぞ! あんなものただのトユリフ国民と変わらんだろう! だというのに、価値ある稀少な資料を己達だけで抱え込む。稀少な資料は社会で共有すべきだ! 私は金は払うと言ったぞ! 受け入れなかったのは奴らの方だ!」


 助けてくれと乞うた割に、よく喋る。呆れた気持ちで見る男は、何ら間違ったことを言っていないと言わんばかりだ。

 この期に及んで正論で諭そうというのか。それが正論かはともかくとして、この状況下で自分が折れるのではなく相手を変えようとするその性根で、大体その人間の人生が見えるというものだ。



 リトが男へ向ける視線に感情は見つけられない。無言で伸ばした血まみれの手で男の顔を掴み、無造作に持ち上げる。片手一本で持ち上げられた男の顔が変形していく。視界を塞がれた男が耳障りな悲鳴を上げる。


「彼らは暴かれたくない拠所として白を抱き眠っていた。それだけのことだろうに」


 骨が軋む音をさせながら、男は暴れ回った。だが、男を掴む腕はびくともしない。両手で掴んで爪を立てようと、傷一つ立たない。


「や、やめろ! 嫌だ! 助けてくれ、嫌だ! 神よ!」


 そこで初めて、リトは感情を見せた。厳かに微笑んで見せた瞬間、絶叫を響かせた男の頭が潰れ絶命する。肉塊が床に落ちていく。


「神への祈りをご所望ならば私が致しましょう。救い以外ならばお渡しできますよ?」


 それを見下ろす真っ赤な瞳は煌々と輝いていた。血の海の中に一人で佇むリトは、汚れた手をカーテンで拭い、一つ溜息を吐く。


「ああ、君が憂うのも頷ける。こんな馬鹿と馬鹿共に力を与える悪魔などがいては、いつまで経っても安心して眠れないね。……大丈夫、全部殺すよ。君の心残りを、憂いを、全て殺して取り除こう。楽園へ行けない君の眠りがせめて穏やかなものであるようにと、俺はもう祈れないから」


 マリアがいなければ死ななくてよかった命が、堕とさなくてよかった魂がある。それも白の滅び故だというのなら、この悲劇は私の所為か。

 無垢なる子らが死んだのも、この清廉なる人を堕としたのも。私が恋を喪ったのも、結局はマリアの所為ではなく王である私の所為だったらしい。





 真っ赤に染まる視界に裸足の足が見えた。白い爪先しか見えないのに、何故だろう、それがマリアだと分かった。マリアはまだ生まれていない。だから声は聞こえど姿は見えないはずだ。

 それなのに、マリアが私の前に立っている。彼女の生まれが近いということなのだろうか。


「お前の所為だ」


 マリアの声がする。相変わらず、ソウジュの声に少し似ている。


「お前が彼に道を踏み外させた。お前が彼に人を殺させた。お前が彼を悪魔にした。お前が彼の大切なもの全てを奪った」


 分かってるよ。ああ、だけど。


「たとえお前が地獄に落ちても責任を取れ、白王!」


 地獄に堕ちるくらいで贖えるわけなどないではないか。












「シャラ、黒羅がいる」

「……ん、寄って」

「了解」


 耳元で声がして、はっと目を覚ます。ぶつ切れになった思考を掻き集め、しっかりと覚醒させる。

 これ以降はもう眠っている暇はないだろう。いつの間にか行きに泊まった街に突入していた。早い。都に着くのは夜の予定だったが、今はまだ夕方になろうとしている時間帯だ。この分なら夜に入る前に都に辿り着けるだろう。


 やけに視界が高いと思えば、どうやら彼は屋根の上を走っているらしい。ごった返している人々がこちらを指さし口々に叫んでいる。

 リトは結構な距離をあっという間に走り寄り、何の躊躇いもなく黒羅の前へと飛び降りた。人々のざわめきを受けて振り向こうとしていた三人組の黒羅は、突如目の前に降ってきたリトに一瞬で戦闘態勢に入った。

 リトはもう外見を取り繕ってはおらず、魔性の、悪魔の外見がそのままになっている。だがその緊迫した空気は、リトの背にいる私に彼らが気づいたことで消え失せた。慌てて刀を仕舞い、即座に膝をつく。



「状況は?」

「はっ、大街道四つは封鎖しておりますが、それ以外の道までは手が回っておりません」

「それは仕様がない。ザーバットに民を追わせなければそれでいい。避難は進んでいるのか?」

「動ける者より徐々に。ですが海岸線も戦地となると、避難地が限られ……ここで留まっている者も多く」

「そうだな……宿は? 宿場町とはいえこの人数では追いつかないだろうな……」


 ここは一番大きな街道にある宿場町だ。夕方になろうというのにひしめき合っている人々を見ると、恐らく外で寝泊まりする人間もいるだろう。そう思ったのに、目の前の黒羅はここまでの会話の中で初めて表情を緩ませた。


「いえ、それが一番大きな宿屋が全面開放してくれまして。廊下まで布団を敷いている状況ですが、何とか全員収容できております。何でも数日前に小火騒ぎがあったそうですが、神子の予言があったとかで店の者が警戒していたのが功を奏したらしく被害はほとんど無かったようです」


 リトの背から下ろしてもらったはいいけれど、負ぶわれ続けた足が地味に痺れ始めている。最低限の威厳を保ったまま痺れに堪えていた私は、黒羅の言葉に動きを止めた。


「ああ、女将がおりますね」


 視線を辿った先にいた人が、声など届くわけもないだろうにふと風を受けたようにこっちを見た。

 私が泊まっていた時より楽な髪型と着物になっていたが見覚えはある。だって黒羅に跪かれた私を見て見開いた目をすぐにゆるりと解き、狐のように笑う人は中々忘れられない。

 リトも狐のような目をすることがあるが、これは食えない人間の特徴なのかなと何となく思った。


「……それなら、よい。ヒサメはどの街道にいる?」

「隊長殿は都内の部隊を指揮しております」

「分かった。ありがとう。ここは頼んだ」

「御意」


 三人の黒羅の声が揃う。周囲の目は完全にこっちを見て固まっていた。見られることには慣れている。これからの健全なお忍び生活には支障が出たかもしれないが、そんな支障を出す為にもいま踏ん張らなくていつ頑張るのだ。

 リトに抱え上げられると、あっという間に屋根の上に逆戻りした。一応気を使ってくれたのか今度は背負ってではなく横抱きだったから少し笑ってしまう。


「女将! これが終われば、姉王が泊まった宿として宣布してよいぞ!」


 最後に許可を出せば、女将は恋が叶った少女のように顔を輝かせた。

 私は今度こそ声を上げて笑った。


 白の民よ、強かであれ。

 災害にも不幸にも不運にも負けず、最後までしなやかに強欲であれ。

 幸福を諦めず幸いであれ。


 そう思う。国とはそういうものだ。国民が生きる権利を世界からもぎ取る為の盾であり刃であり、彼らの幸を神に託すのではなく人の手で保つもの。






 屋根の上を駆け抜け人混みに遮られることなく宿場町を飛び出す。田畑を迂回している街道からは外れ、まっすぐに都を目指す。

 甘く華やかな春の香りが世界に満ちている。呼吸と一緒に春を身の内へ取り込む。


「白で生きる全ての命が幸せであればいいなぁ」


 それを音として放つつもりはなかった。いつだって思っていることで、当たり前の願い。神へ祈ることは許されず私達が叶えるべき責務が、気がつけば音として口から滑り出ていた。

 ふっと小さく漏れた笑みは、私のものではなかった。


「シャラがしたいことはないのか?」

「私がしたい事と王が許される事は、必ずしも同義ではないから」

「シャラは少し無欲が過ぎる。王としての義務だけで生きれば、必ずどこかで綻びるよ。君が人である以上、願いとは正当な物なのだから」

「……ありがとう」


 ありがとう。世界でただ一人、王としての私達を裁かなかった貴方。


 たとえそれが、マリアを救う術としてしか望んでいないからであったとしても、私は嬉しかった。本当に、嬉しかったんだよ。






 都まではあっという間だった。遠目にも見えていたが眼前に迫ればやはり苦い思いがこみ上げる。

 空に幾つも浮かぶ歪な焼け跡。これが白を害した。白の外敵を通す道となり、我らの空を穢した。そんなものへ向ける感情など、憎いの一言しかない。

 時間によって彩を変える美しい空に、よくも歪な傷跡を残してくれた。傷は生きた証だから尊いが、つけた加害者は許されざりし大罪人だ。



 夕焼けに赤く染まった空に焼け付いた傷跡が、一瞬ぶれて見えた。燃えるように眩しい赤に視界を焼かれたからかと思ったが、すぐに違うと気がついた。

 視界に眼を焼かれた残像でも錯覚でもない。傷跡はまさしくぶれたのだ。

 身体中が総毛立つ。獣が毛を逆立てるように髪がざわついたのが分かる。


「少し、早い」


 呟いたリトの髪も不自然に波打つ。

 躊躇いなく突入した都内は破壊と火事の痕跡が目立った。戦場が敵国であるなら火を使うのが手っ取り早い。被害は甚大で恐怖は焼き付く。人の心を折るには最適だ。分かっているからこそ忌々しい。

 空に焼け付いた傷跡が歪み、口を開けようとしている。まるで内側から巨大な手がこじ開けているかのようだ。白を害すものが、再び空から降ろうとしている。白の民はどんな思いでこれを見たのだろう。


「宮を」


 促されて視線を向ける。宮の上には、既に開かれていたものとは違う穴が開こうとしていた。


「狙いはソウジュかな」

「いや、君だよ。ラトラツェントは宮から叩き出されるまで君の存在に気づけなかった。あいつは見える事が当たり前で、それ以外の事象を知らない。得体の知れない君の存在を確認しないと気が済まないんだ。だから、無理を押して道をこじ開けている」

「白の敵の恐怖になれるなら光栄ね。じゃあ、後は作戦通りに」

「ああ」


 都内に留まっている黒羅が刀を抜いていく。頭の天辺から足下まで、全てを黒鋼で統一した、王の刀。王の盾。白の砦。

 そういえば、信用のきっかけは黒羅である事だったのに、黒羅の制服を着たリトは一度も見ていないなと苦笑する。


「……これからは、これが戦争の形になるの?」

「いや、ここまでの規模はラトラツェントでなければ難しい。他は精々自分達だけが移動してきて場をかき乱す程度だ。とはいっても、病だの瘴気だのを撒き散らすから楽観視は出来ないけど。悪魔に頼りすぎたザーバットは内からも崩壊を始め、それを教訓として悪魔は更なる禁忌として禁じられた。けれど時が経ち、危険性に実感を持てなくなった阿呆共が出始め召喚が横行するようになった。ずっとそうして繰り返していくんだろうね。人はいつまでも一度知った力を忘れられない。損ではなく得ばかりが輝いて見える生き物だから。本当は、先人が身を以て示してくれた被害に光を当てなければならないのに、そうは出来ないんだ」


 途中でヒサメを見かけた。彼は何も言わず、掲げた刀を礼とする。それに倣った他の面々も、次から次へと黒の月を掲げていく。

 さあ、泣いても笑っても、ここが分かれ道だ。


「本当に私だけでいいの?」

「下手をすると、俺の見境がシャラ以外つかなくなって同士討ちになる」


 この人がどんな無理を通そうとしているのかは分からない。ただ、同士と、リトが黒羅をそう表現した事実がとても柔らかかった。








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