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淡い少女に冒険と恋愛を。  作者: 雨森蜜
7 コレクト・プルーフ [全11話]
178/206

第07話】-(おかあさん2

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

その他ギルメン〉カナタ、トゥエル、ユラ

シャル〉赤い瞳を持つ少女

(イトア/紬視点)


「お、かあ……さん?」

「何てことしてやがるんだっ⁉」


 ユラの怒声がまず響いた。シャルは未だ自分の身に何が起こったのか分からないかのようにきょとんとした様子で母親と慕う心食らい(マンドレイク)を見つめている。


 ひどい…。

 そこへカナタも口を開いた。


「少なくとも彼女はお前を親として見ていたのにどうして──。トゥエル、これはさっき言っていた開花と何か関係があるんですね?」

「……どぃ。ひどいよっつ‼」


 私も喉につっかえていたものを吐き出すように気持ちを投げ出した。


「愚かな人間よ。私はこの時をただひたすらずっと待っていた。この身体を乗っ取り私が支配するこの瞬間を」


 乗っ取る⁉


 私が思慮している間にも時間は刻まれていく。大きな蕾がゆっくりと開き始めた。それは蕾から花が綻ぶようにゆっくりと。そして一枚、一枚、花びらが顔を覗かせていく。丁度花弁のあたりだろうか。その中央には人がすっぽり入れる程の空間があった。私は咄嗟に思ったことを口にしていた。


「まさか……あの場所にシャルが?」

「その通りですわ。あの中央が心食らい(マンドレイク)の心臓部分。自らの臓器と融合することで開花が完成してしまう──」


 各々が状況を判断している中、シャルもやっと理解したようだった。止まる事のない血をただ見ながら母親にすがる。


「げふっ……おかあさん、痛いよ……苦しいよ」

「心配はいらない。この痛みもすぐに取り去ってやる」


 私に怒りの感情が生まれる。シャルがこんな姿になっているというのに、そのマモノの声は動揺する様子もなく冷静でゆっくりと淡々と。こんな子供まで騙すなんて。


「つまり、あのガキの身体を使って魔物が人間になるってことか?」

「ユラ、同じにしないでちょうだい。人間の形を模しても魔物はマモノよ」


「何とでも言うがいい。この地で何千年この日を待ちわびた事か」

「お、かあさん……あたいの呪いの話しはウソだったの?」


 私はシャルを直視出来ないでいた。こんな状況になって自分の命さえも危ないというのに未だ『おかあさん』と呼ぶこの幼気いたいけな症状の姿を。無垢で何も知らないまっさらな存在。どうしてこんな子が一人で。そしてこの森でこのマモノと共にすることになったのだろう。


 シャルの不安の声色を消すように心食らい(マンドレイク)は穏やかだった。


まことのことだ、シャル。お前と同じように私もまた呪いに苦しんでいたのだ。私にはお前のように野を走り回れる足もなければ、抱き寄せる手も存在しない。感情を表す顔すらも……。私がお前の呪いごと取り去ってやろうぞ。そして新しく生まれ変わるのだ、シャル」


「ていうか、シャルの意識はどうなるんだ? それって死ぬって事じゃないのか? 全くてめえの事ばかりかよ」


 ユラが確信をついた。そうだ、乗っ取るという事はシャルの死を意味するのが道理。そこへそれまで様子を伺っていたトゥエルがシャルに向かって諭す。


「シャル、お聞きなさい。それは心食らい(マンドレイク)という魔獣なのよ。人の心の隙につけこみ、最後には己が全てを取り込むのが狙いなのよ。貴方には希少な魔獣使い(テイマー)という素質があった。そこにこのモノはつけいっただけなのよ」


「え…………」


 少女は俯き暫しの無言の時間が過ぎた。風があわれむようにそっとなびかせる。長い前髪からシャルの瞳は隠れていたが口元がゆっくりと動いた。


「そうなんだ……。でも、いいよ」

「はぁああっ⁉ 何言ってるんだ⁉」


 ユラが即座に反応する。私達は目を見開いた。

 少女は大きく手を広げ苦しさを我慢した表情で優しく母親に向かって微笑する横顔が見えた。一瞬だけ触手が震えた気がした。


「あたいは、この呪いの為に本当の親にこの森に捨てられた。そこで声を掛けてくれたのがおかあさんだったよね。私、あの時死ぬほど不安で怖かった。それから助けてくれたのはおかあさんだから。心食らい(マンドレイク)? そんなのどうでもいいの。毎晩、あたいの頭を撫でてくれたのはおかあさん。慰めてくれたのはおかあさん。だからおかあさんがそれを望むなら、私の身体を使って」


 私の目に涙が滲む。悔しいけれど、シャルにとっては私達が何を言ったところでマモノには見えないのだ。彼女の目には一人の母親が存在しているだけなのだと思い知らされる。


 こんな小さな身体で幾晩不安な夜を過ごしてきたのだろう。身体を震わせながらそこへ手を差し伸べてくれる存在があったとしたならば、その者にとってそれは何物にも代えられない存在へと変化するのだ。


 このヒトとマモノだけの時間が確かにあったわけで。それすら否定することなどシャルには耐え難い事実なのだと思った。


 だけど……。だからといって……。


 シャルをマモノにするわけにはいけない。私達で救い出してあげないと。それに心臓を突き刺された状況。そう長く時間が待ってくれるわけではない。


「お取込み中悪いですけどそんな事ここでじっとみている訳ではないですからね」


 カナタが槍を具現化すると構えをとった。それに続き私達も元の戦闘態勢に戻っていく。


「そうですわ、たまには良い事いうじゃありませんこと。あのに刺さった触手を切り離してこちら側につれてきますわよ」

「邪魔しないでっつ‼」


 私達から背を向けていたシャルが振り向くと思いきり叫ぶ。それでもトゥエルは眉尻ひとつ動かす事無く。


「文句はいくらでも後から受け付けますわ。シャル、貴方の気持ち、理解出来ないわけではないわ。でも、あんなマモノに心奪われてはダメよ。皆、いきますわよっ‼」

「邪魔建ては許さない」


 すると心食らい(マンドレイク)の残りの触手が私達に向かってピンと糸を張る様にこちらに視線を向けた。


(続く)

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