7.
「何だか色々価値観が変わる一日ですね」
レイモンが自嘲気味に呟いた。
「そうなの?」
「俺はリヴィエールに陛下を隙をみて殺せと言われていたんですよ」
「ああ、やっぱりリヴィエールの指示だったんだね」
一介の騎士に直接指示を出したかどうかは微妙だろうと思っていたが、結構はたらきものだな、アイツは。
「以前から私がハーフだということを知っていましたし、陛下に恨みを持っていたのも知っていました。当然、直接手を下したリヴィエールにも恨みがありましたが、陛下がエルフ弾圧の急先鋒だと思っていましたので、喜んでその役目を引き受けていました」
「なんで騎士になっていたの?」
「母の実家が爵位持ちだったので、半ば強制的に。父の死後、実家に連れ戻され再婚させられそうになった母の代わりに僕が跡取りとして騎士になりました」
貴族とか色々ややこしいんだな。
王族で監禁されていただけの僕には理解できない世界だ。
「でも殺すのを止めてくれたよね」
「殺すつもりでした」
父の仇ならそう思うのは仕方無いか。
でも、僕は関係なくはないけど、責任は無い。そんなことで殺されるのは困る。やめてくれてよかった。
「父の死について何もしらない人を殺しても、復讐にすらなりませんよ」
そうだろうな。
殺される方が死ぬ理由も背景も知らないんだから。
「それならば陛下にエルフが無害であることを知ってもらい侵攻を止めていただければと考えたのですが……」
「僕には溢れんばかりのエルフ愛があったからね」
そのために転生したのだ。
前世から引っ張ると息の長いエルフ愛。
「ですので脱力しました」
「それでこの後はどうする? 僕を連れ戻さないと家が困らない?」
「家はどうでもいいです。それに母と妹はまだエルフの居住地区に住んでいます。ですので、このまま居住地区に。何とかして軍を止めないと」
それは困った。
「どっちにしろ、僕は行くつもりなんだから早くエルフの住むところへ連れて行ってよ」
「……ちなみに俺はハーフですし母もいますから平気ですが、陛下は殺されるかもしれませんよ」
「エルフに?」
「はい。陛下に恨みをもつものも多い……どころか全員から恨まれています」
「じゃあ、僕が王だということを黙っていて」
「え?」
「というか、どうせもう国に戻るつもりは無いし、ようやく逃げられたんだから王の地位なんていらないや」
一円の価値も無い地位だ。
むしろマイナス。
「ということで、エルフの居住地はどっち?」
「あちらです」
「急ぐよ!」
「あ、待って下さい。陛下!」
その言葉で僕は足を止めた。
「陛下はやめよう。ミリアム8世は、もう存在しない」
記憶が戻って2日目の僕に、国号と同じミリアムという名前に価値なんてものは感じない。
そもそもミリアムと呼んでくれた人は遠い記憶の彼方だ。
さくっと捨てよう。
「何がいいと思う?」
「え、陛下の名前を俺が決めるんですか?」
「決めるのは僕だけど、良い案があれば採用する」
「……どうぞご自由に」
なんでそんなに面倒臭そうな顔をする。命名権は売れるんだぞ。
さて、日本に居た頃の名前は、どうも記憶に霞がかかったようで思い出せない。せめて日本っぽい名前でと考えるのだが、固有名としての音が浮かばないのだ。言語野が完全にこちらの世界に染まっているのだろうか。
「ノア……ノアでいいか」
「良い名ですね」
ふと思い浮かんだだけの名前だが、存外語感がいいし、悪くない。
「じゃぁ、今日から僕はノアだ。レイモンも僕のことをノアと呼んでくれ。途中で拾った子供くらいの扱いでいいよ。あとはエルフを紹介してくれればいい」
「ノア……様」
「ノア。言葉使いも僕くらいの子供に使う感じでね。はい、練習!」
「わかりました……ノア。本当にエルフの居住地に入るのか? 王じゃなければすぐに殺されることは無いが、人間に対する感情は悪いぞ」
「その調子で」
「はい……ああ、わかった」
うん、すぐに慣れそうだな。
「ところでエルフ居住地に人は住んでいないの? さっき、お母さんがいるって……」
「俺のようにハーフもいるから、そんなに数は多くないが俺の母みたいに暮らしているのもいる」
「そうか。だったら、人だからと急に迫害されたりはしないかな」
「ああ、誇り高きエルフだ。人のように見た目だけで差別はしない。気に入らなくても無視をするだけだ」
それなら今までの生活と変わらないから耐えるのも余裕だ。
それに――
「なら行こう。なぜならそこにエルフがいるからだ!」
エルフが巨乳なのが残念だが、それでも人よりはいい。
そして、唯一無二の微乳エルフの手がかりも、きっとそこにあるはず。
「レイモン、行くぞ!」
「わかった」
ということで、この日この時をもって8代続いたミリアム王国ミリアム王朝は滅んだ。
国号が変わるか王朝が変わるだけなのかは知らんけど、そのあたりはリヴィエール達が何とかするのだろう。
あとは勝手にどうぞというところだ。
両親の死にも状況的に関わっていそうなあいつには、機会があれば積年の恨みを晴らす。
「今行くぞ! エルフぅぅぅぅ!」
国のことなんかより、僕の心はエルフに会えるという気持ちで一杯だ。
その僕の隣でレイモンは引き気味な表情を一瞬浮かべながら走っていた。