6.
無表情君はそれから黙ってしまった。
「ねぇ、すぐに殺さないってどういうこと?」
全速で走りながら、ようやく息が切れなくなった僕の質問は無視された。
あれ?
全速で走っているはずなのに、なんで息が徐々に整ってくるんだ?
もしかして、これは全力ではない?
とりあえず走るスピードを上げてみる。
「あ、陛下。ちょっと……」
無表情君の声が後ろから聞こえてくるが、知らん。
質問にも答えてくれないし、表情も変えない男は無視して僕はエルフ達の所へ行く。
「一緒にエルフのところへ行きましょうって言いましたよね。場所わかるんですか?」
わからない。止まるか。
「案内して」
「だから待てって言ってるじゃないですか」
無表情君が息を切らしながら追いついてきた。
「陛下、なんでいきなり足が速くなったんですか?」
「知らない。それよりも無表情君は何でそんなに息が切れているの?」
子供を追いかけておいてそれじゃ、鍛錬が足りないだろ。
「無表情君って……それ俺のことですか?」
「他にいないでしょ」
「俺にも名前がありますので無表情君は勘弁してください」
「名前なんて知らない」
「そうでしたね。レイモンです。レイモン・アルテアン」
「わかった。じゃぁ、レイモンに問う。なぜエルフのところへ案内しようとするのか?」
レイモンはこの質問に表情を一変させた。
「ミリアム王国はエルフを滅ぼそうとしています」
「ああ、そうだな」
「先王が亜人融合策を打ったために、ミリアム王国は一度滅びかけました」
「そうなのか?」
初めて聞く話だ。
父上はそんなことをしていたのか。
そして、亡国になるとこおを防いだのがリヴィエール以下、現貴族院の面々らしい。
「ですが、それは嘘です」
「嘘?」
「はい。亜人融合とみせかけて奴らは和平会議で亜人の代表達を不当に拘束、そして惨殺しました」
「誰が?」
「リヴィエール達です」
話が見えない。
父上はその時何をしていたのだろうか?
「先王は会議の前日に倒れました。当日の会議は急遽、リヴィエールが全権大使として交渉にあたったのです。そして先王の意思として亜人を攻め立てました」
「うちの国が滅びかけたというのは?」
「亜人融合を推進していた周辺国が、暴虐さに呆れて攻め入ったのです」
僕は何もしらない。
王宮の奥に隔離され何もしらされず、命だけが脅かされていた。
もしそのまま滅ぼされていたら、僕はそこで訳も分からず処刑されていたのかもしれない。
「でも、滅びなかったのはなぜ?」
「北方に亜人を押し込め、人質外交をしたのです」
クソだな。この国は。
「でも、それじゃぁ、北方を攻め滅ぼしたらあっという間に周辺国に攻め入れられない?」
「そのための7年でした。先王の病死後、ミリアム国は国境警備に重点を置き軍備を増強。現在では北方地域と二正面作戦を強いられる可能性が強まったために、今回の遠征が決断されたのです」
「詳しいな」
「ええ、調べましたから」
この世界の常識を知らない僕よりは詳しいのはともかく、単なる王の警備担当騎士にしては国の内情を知りすぎている気がする。
「そこまでは解った。でもなぜ僕を憎むんだ?」
「定期的に発生する亜人の叛乱、軍備増強のための重税、腐敗貴族、一向に進まない治水問題。全ては現王である陛下が無能無策の結果である。これが国民全ての共通認識です」
「ふーん」
ピンと来ないな。
何せ全くしらない世界の話だ。
記憶を取り戻す前の僕が知っていた世界は、あの狭い部屋と議場だけ。
「無能ゆえに幽閉をしたと聞いていたのですが、単に何もしらないだけとは思いませんでした」
「そうだよ。僕はずっと閉じ込められていたからね」
とはいえ、これでは国民が僕を馬鹿にし、僕に退位を求めていた理由はわかったがレイモン自身が僕を憎んでいる理由はわからない。
「それでレイモンは何で僕を憎むんだ?」
「……父の……仇だと思ったからです」
「は?」
僕の言葉にレイモンは髪をかき上げた。
そこにはやや尖った小さな耳が――
「ぼくはハーフなのです」
なるほどね。
でも、男のハーフエルフには興味無い。
「ふーん」
「え? いえ、驚かないのですか?」
「いや、ハーフだからって言っても僕はわからないから」
「……そうですね。そうでした。陛下は何も知らされていないのですね」
「そうだよ。一般常識も無い。字すら読めないからね」
あらゆる耐性が高かったのと最終的に日本にいたころの意識が融合したことで、こうしてまともに話せているが、それがなかったら、情動も含めておかしな成長を遂げていただろう。そう思うと僕は充分に立派だ。
「それで、仇というのは?」
「私の父はエルフ族の代表に同行して、和平会議に参加していました」
ああ、それで惨殺されたのね。
「でも、それだと僕を恨むのは筋違いじゃない?」
「それも陛下の御意思があっての事だと聞いていました」
「え? でも父上が倒れたのって僕が3歳の頃だよ。意思も何も無いじゃない?」
「……ふははは。確かに。そうですね」
はじめて、レイモンの顔に笑顔が浮かんだ。
「3歳の子供が思いつくような話じゃないですし、そもそも陛下は軟禁されていたんですよね」
解ってくれたようで嬉しいよ。
「それで、僕にエルフの真実を……というのは?」
「はい。本当にエルフは滅ぼさなければならない存在なのか。奴隷にしていい存在なのか。陛下の目で見た上で判断して欲しいのです。そしてできれば軍を止めて欲しいのです」
そういってレイモンはその場で頭を下げた。
「レイモン、何か勘違いをしているかもしれないけど僕は最初からエルフを滅ぼす気なんてないよ」
「へ?」
「そもそもこの世界に必ずいる微乳エルフを探し出して幸せに暮らすことが人生最大の目標だから、そんなことをしたら嫌われちゃうじゃん」
「はぁ」
「むしろ、僕に力があれば王国を滅ぼすね。まぁ、そんな力が無いから逃げ出したんだけどね」
「そうでした」
レイモンはなぜか脱力したように座り込んだ。