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3.

「陛下」


 リヴィエールがでっぷりとした身体を揺らせながら王座の方の階段を上ってくる。

 転げ落ちればいいのに。


「陛下、本日はご気分が優れない様子。一度、ご寝所に戻られた方がいいのでは?」


 和やかに微笑むリヴィエールの眼光は鋭い。

 下手をすると軟禁からクラスアップして幽閉コースだな。

 だが負けぬ。議会の貴族にも届くように声を張った。


「宰相、何度でも言おう。僕は決してこの議案にはサインしない! エルフ族を排除? 何を考えているのだ。戦いは何も生まない。美しいエルフを愛でる。僕はそのために生まれてきたのだ! 勿論エルフだけではない。そう、僕は全ての種族と平和共存する国にしたいんだ!」


 どうだ。

 日本出身の平和ボケした心を舐めるなよ。

 反戦だ。絶対引かぬ!

 微乳エルフを愛するためだけに僕は転生を決めたのだ。正統派エルフフェチのオタク心は決して権力には屈しない。


 って、あれ。眼下の貴族の方々だけでなく、各所にいる警備の人達の眼光が更に厳しくなった。

 腰に下げている剣を抜こうとしている人までいる。

 これはヘイトを稼いでしまったか。


「亜人どもとの共存だと?」

「エルフを生かす? あり得ぬ。陛下は何をお考えに……」

「いくら陛下とはいえ、許せぬ」


 そしてざわざわと聞こえる声。


「静まるのだ諸君!」


 その様子を見てリヴィエールが大きく声を上げた。


「議長、このリヴィエールにしばし時間をいただけるかな」

「あ、はい。宰相リヴィエール君」

「ありがとうございます、議長! それでは……」


 そう切り出すと僕に背を向けリヴィエールが議会に向かって演説を始めた。


「我らがミリアム陛下が建国したこのミリアム王国の歴史は苦難の連続だった。亜人連合の侵略により何度、滅亡の危機に瀕した事だろうか」


 議会からは相づちの声があがる。


「父祖たる初代ミリアム王から数え8代。その長い戦いを経て最後に残ったのが、北方を不法に占拠するエルフ族だ。奴らは強力な魔法を駆使し、これまでも何度となく我らとぶつかってきた。ここにいる議員の一族からも数えきれる人数が、その身命をこの国に捧げてくれたことに、宰相として深謝する」


 すすり泣くような声が聞こえてくる。


「そしていよいよ、長い戦いの終止符を打つ。それが今回の亜人管理法改正案だ。北方に住む反国家的亜人の殲滅を可能とする改正案を貴族院の総意で可決した!」


 大きな拍手が議会を包む。

 それをリヴィエールが手で制した。


「だが、皆さん!」


 一際大きくなったその言葉に議会が静粛に包まれる。


「我々の法案について、王は賢策を示されました。そう、排除でも殲滅でも無い第三の道を」

「へっ?」


 僕は反対しただけで何もアイデアを出していないけど……


「私も長い間、亜人を我が国から排除するだけで良いのか悩んでいました。この国の宰相として、この国の将来を考えたとき、現在の禍根を断つべく排除殲滅をするのか、まだ大陸に多く生息する亜人への牽制のための共存の道を考えるべきなのか」


 共存という言葉に議会から不平の声が上がるが、リヴィエールはそれを無視してこう続けた。


「だが、陛下が新しい道を示してくれました。亜人どもと共存する道を。殲滅ではなく、排除ではなく、奴らを……隷属させる道を!」


 その言葉に議会からは大きな歓声が上がった。


「ミリアム陛下バンザイ!」

「奴らを……奴らを奴隷として従えれば溜飲が下がるというもの」

「息子の仇をこの手で……」


 その声を背景にリヴィエールが振り向いた。


「陛下、さすがは陛下です。素晴らしいアイデアをお持ちですな。私も驚きました」

「え?」

「後世の歴史家は本日の議会を史書に刻むでしょう。人類が亜人を隷属させる日の幕開けとして」

「ちょ、ちょっと待って」

「さぁ、議案にサインを。ええ、そうですとも。我々はエルフどもが巣くう北方を制圧し、そこにいるエルフどもを全て隷属させるのです。ああ……そうだ」


 そう言って、リヴィエールはもう一度議会の方を振り向いた。


「私は本議案に付随し、一つ提案したい。そう、発案者であるミリアム陛下のご意思を尊重し、北方制圧の指揮を陛下に取っていただくことを!」


 議会は再び歓声に包まれた。


「親征だ! 陛下の親征でこの国は統一されるのだ!」


 この人達は何を言っているのだろう?

 さっきまで殺意すら浮かべていた議員たちの目が急速に熱を帯び、壇上にいる僕をみつめる。


「ちょ、ちょっと……リヴィエール……さん?」

「陛下、これで陛下の初めて示されたご意思は通させていただきましたよ。陛下はこれより北方に出向いて、エルフどもを征圧してください。そして、その後にどうぞ、充分に愛でてください。それはもう好きなだけに」

「あ……」


 こいつは、僕が発した『愛でる』という言葉を使って、僕の本当の意思を封じこめたのだ。


「さぁ、サインを」

「断ったら?」

「はて? 陛下は明日の朝食を所望されないという事でしょうか」


 急死しちゃうのか!

 その上で王をすげ替えるか、リヴィエール自身が王位に付く。


「その場合、エルフは?」

「殲滅ですな。私には我が家名を亜人を奴隷にしたなどという恥ずべき行為で歴史に名を残す勇気はございません」


 くそ。

 僕は一言も奴隷にしたいなどと発言していないというのに。


「わかった。サインをする」

「そう。それでいいのです。こう見えても私は子供が好きなのですよ」


 サインをすると、リヴィエールは議案書を高らかに掲げた。


「これにより、北方へのミリアム8世陛下の親征が決定した。諸君、さぁ最後の戦いを始めようでは無いか!」


 その声に三度(みたび)、議会は興奮に包まれた。

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