2.
「陛下、議会への出席をお願いします」
広場でのギスギスした誕生日イベントをクリアした僕に宰相のリヴィエールはこう言ってきた。
どうせ嫌だといっても引っ張られていくんでしょ。
1日の予定が2つあるだけでも退屈は凌げる。
僕が王位についている国は、僕の名前と同じミリアム王国。僕はその国の8代目の王だ。だからミリアム8世。幼名もあったが父が死んで以降、母がたまに使ってくれたが、その母もすぐに幽閉された。だから僕はその名を胸の奥にそっとしまって鍵をかけてしまっている。
これまで受けた教育の中では、この世界の中堅どころに位置する国家っぽい。西方にある帝国の影響下にあるらしく、王がこんな状態ながらも強引なクーデータにならないのは帝国につけいる隙を与えないためらしい。王が死に、王位継承者がいない状況になった上で速やかに貴族の中から新王を付けるというのが、リヴィエールを始めとした貴族院派だ。
その貴族院派が集まるのが貴族議会。
他に国民が集まる国民議会と、国王直属の騎士と内政官が集まる行政機関の枢密院。そして裁判なんかをする司法院がこの国の中枢だ。
今やまともに機能しているのが貴族議会のみ。
国民議会も貴族議会の支配下にあり、僕が知る限り開かれた事は無い。枢密院も、僕がこんな状況だから開店休業状態で機能していない。貴族議会配下の貴族府が実質的な行政機関となってしまっている。
「わかりました」
僕は王だけど、この国の支配者では無い。
むしろ王という名前に縛られた、この国の奴隷だ。
「それでは次の議案に移りたいと思います」
僕は議会の一番高い場所にある王座にポツリと座っている。
特に僕に注意を払うものはいない。
ここでの仕事はただ一つ。
「本日の7号議案の採決結果です」
議会で採決された議案書を書記官がその結論とともに持ってくる。
これにサインをするだけ。
なお表紙しか回ってこないから、中身は知らん。
「はい」
それでも昨日までとは違い、タイトルだけは読む。
前世の契約を取り戻した以上、この状況だけは打破しなければ――
『辺境区における亜人管理法第21次改正案』
なんだこれ。
「すみません。この議案ってなんですか?」
「はい?」
僕がここに座るようになってから初めて議案の中身について質問をしたので、書記官も戸惑っているみたいだ。
「今、採決された議案ですが……」
「いえ、そうではなくて『亜人管理』ってなんですか?」
そうだ。
これだけは聞かなければならない。
「亜人は亜人ですが……我々、人とは違う魔人と人間の間である忌むべき存在ですよ」
「亜人? 亜人というのは特定の1種族だけを指すことばですか? それとも、色々な種類の亜人がいるのですか?」
早く教えてくれ。
心臓の鼓動が高まって仕方ないぞ。
「いえ、色々な種族がおります。代表的なのはドワーフやエルフ――」
「ひゃっほう!」
その言葉を聞いて思わず叫んでしまった。
転生した最大の目的は微乳エルフだ。エロフではない正統派スレンダー美女のエルフ。
付いてくるといった悪魔がそこに転生しているはずだ。
転生した記憶はなく、そして僕を好きになってくれる存在。
「へ、陛下?」
「あ……」
小躍りしていた僕を議会中の貴族が注目していた。
「す、すみません」
おとなしくしておこう。そして小声で、「この議案の内容を教えてもらえますか?」と書記官に囁いた。議案を見れば出会いのヒントがあるかもしれない。
「はい?」
「だから、表紙だけではなく、この議案の内容を確認したいのです。教えていただくか、中身を持ってきてもらえますか」
「はぁ」
僕の申し出に戸惑いながらも書記官は一度下に降り、書類を抱えて戻ってきた。
「こちらになりますが……リヴィエール閣下から速やかにサインをするようにと」
「うん、解っている。すぐにサインをするよ」
敬語を使うのを忘れて書記官が持ってきた書類をひったくり、僕は中身に目を通す。
そこにはエルフの居住地域である国の北方にある森林の情報が記載されており、その次のページに――
「『エルフ族の北方からの排除に関わる出兵予算案』って……何これ?」
「記載のとおりでございます、陛下」
「これにサインするとどうなっちゃうの?」
「ただちに陛下の名の下、討伐軍が編成され北方へ移動をします。汚らしい亜人どもを我が国から排除するのです。その最初の遠征軍のための予算で、陛下が本議案にサインをいただければ、明日もでも出発します」
「そうなるとエルフは?」
「いなくなります」
「駄目だ!」
サインをさせようとする書記官を押しのけ、議会の貴族たちを見下ろした。
「この議案は認めない。僕はサインをしない!」
そしてそう高らかに宣言をした。
冗談じゃない。そこには僕の大切な微乳エルフがいるかもしれないのだ。正統エルフ派では邪道とはしているが、巨乳エルフだって立派に成立しているジャンルだ。それを排除するなど……
「王として、この議案だけは絶対に認めない」
もう一度叫んだ僕を見る貴族たちの目には明らかな殺意が浮かんでいた。