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1.

全面改稿(2019/03/24)

 幼い日の記憶は曖昧だ。

 ただ暖かくて柔らかくて幸せだった。


 でも幸せな日々は長くは続かない。

 多分、3歳くらいの頃だったのだろう。

 突如、僕は誰かに強引に抱き上げられ、王冠を被せられ、この部屋に軟禁された。


 そしてそれは10歳の誕生日の前夜。


 熱い、熱い、熱い。

 まるで灼熱の塊でも飲み干したかのように、それは僕の喉と胃を焼き尽くした。

 永遠にも思えるような苦しみ。

 それがふと軽くなり、僕は目を覚ました。


記憶とともに。


 どうやら、あの悪魔は生まれたての僕の記憶を封印していたようだ。

それがついに今夜、解放された。


いや、詰んでいるんだけど。



僕は見慣れているはずなのに、どこか見慣れない部屋にいるような、くすぐったい思いのまま、部屋を見回した。


小さな丸テーブルの上に無造作に置かれた王冠。

それ以外はベッドとクローゼットしか無い殺風景な部屋。

広さだけは僕の感覚で50畳くらいあるのだが、生活空間はベッドとテーブルだけだ。


本来、僕に傅くはずの人間は誰一人立ち寄らない。

いや、もしかして外には待機しているのか?

今夜、死んだはずの僕を。


悪魔の話では、僕は間違いなくそれなりに高貴な家庭に転生するはずだった。

確かに、その言葉に嘘はなかった。


ノア・バルベ・ミリアム8世。

僕は前王で父であるミリアム7世と正妃であるセリア・バルベの長子として生を受けた。

そして3歳になったころ、父が急死。母は父の死に関わった可能性があるとし、犯罪を犯した可能性のある貴族を拘束するための、白亜の塔に幽閉。程なくして病死した。


僕が残された唯一の子であり、たまたま(・・・・)、王位継承者が流行りの病で次々と病死するという不運もあり、3歳の身で王座についた。そして幼い僕に成り代わり国政を取り仕切ったのは、降臣し、二代前に王位継承権を持っていなかったリヴィエール公爵だ。


あの日から僕は、この部屋に軟禁されている。


さて、王が死に、僕が王座に就く事で一番儲けたのは誰でしょう?


……ということだよな。

勿論明確な証拠は無いが、リヴィエール公爵が両親を弑逆したのだろう。

ついでに僕も殺されそうになった。


食後に誕生日前だからとワインをリヴィエールから贈られた。

僕は初めてプレゼントをもらった事に舞い上がって、一気のみ。

その結果、さっきまで毒の影響でのたうち回っていたということだ。

絨毯を見れば、吐き戻した後が沢山残っている。

いやぁ……死ななくて良かった。


これは悪魔が付与してくれた耐毒スキルが発揮されたおかげだろう。

これ以外にも沢山、スキルをもらっているはずなのだが、今ひとつピンとは来ていない。まぁ、それはそのうち発揮できればいいとして、まずは現状をどうするかが大切だ。


「陛下」


 ノックの音とともに、部屋の外から野太い男の声がした。

 やばい。まだ何の方針も立っていない。とりあえずベッドに潜り込め。


「陛下、失礼します」


フカフカの布団に潜り込んだ後、息を潜めていると、遠くからゆっくりと複数の足音が近づいてきた。


「ふむ……吐きまくった後があるな。では明日の朝、手筈通りに」

「はっ」


続いて、若そうな男の声が聞こえた。

そして、足音が遠のき、ドアを閉まる音が聞こえて静寂が戻った。


だが、油断してはならない。

布団から顔を出したら、まだいた……なんて事になったら目も当てられない。とりあえず10分以上粘ってみたが何の気配もしないので顔を出す。


「ふぅ……誰もいないか」


さて、どうするか。

このまま脱出……は出来ない。

敵は僕が10歳になったのを機に、いよいよ殺しにかかってきた。

最早猶予は無い。


でも、どうやって?


そもそも、3歳の頃に幽閉されたきり、僕は満足に教育を受けていない。

人と接することも、会話することもほとんどなかったから、記憶を取り戻すまでの僕は、ほぼ本能だけで生きてきたようなものだ。それでも会話だけは悪魔からもらった言語の才で何とかなっていたようだけど。


正直、この7年間の記憶も曖昧。

よって、ここから出るにしても、全くこの世界のことを知らない。


やっぱり詰んでいるな。

……寝るか。

 明日は10歳の誕生日。

 ゆっくりお休み。可哀想なミリアム。




「陛下、朝でございます」


 数少ない僕の世話係。

 名前は知らない。

 起こされて食事を用意されるだけの関係だから。


「陛下……ひっ、死んで……無い?」


 どこか縁起っぽく上げようとした悲鳴が飲み込まれた。


「ああ、おはよう」


 僕はゆっくりと伸びをした。

 さすが王宮だ。

 寝心地の良いベッド。


 その時、ノックもせずにでっぷりと太ったカエル顔の男が部屋に入ってきた。

 こいつが僕を殺したがっているリヴィエールだ。


「なんだ、なにごと……もなく、良い朝ですな、陛下」

「公爵もご機嫌麗しいようで、僕も嬉しいです」


 とりあえず部屋に飛び込んで一瞬で状況を把握したのか、顔色も変えなかったのはさすがだな。


「はて、陛下は珍しくご機嫌が良さそうで」

「ありがとうございます」」


 そう言ってニコリと笑う。

 そのままじっと、リヴィエールの顔を見つめると、さすがに居心地が悪くなったのか、リヴィエールはゆっくりと目を逸らした。


「ああ、陛下。陛下のお誕生日を祝賀して国民が集まっております。どうかお仕度を」

「そうですか。わかりました」


 毒殺できなかったからと、いきなり斬りかかってくるようなタイプじゃなくて助かった。



 世話係が用意した服に着替える。

 たまにこの服を着て議会に出て、サインをさせられていたから、これが正装なのだろう。そのまま、世話係に案内してバルコニーっぽいところへ出た。


 ああ、これが外の空気か。


「……」


 僕が姿を現すと喧騒が止まった。

 眼下には数千人の人がこちらをじっと見つめている。


「何をすればいいのかな?」

「私にはわかりません」


 世話係に聞いてみると、連れない返事だったので、僕はとりあえず眼下の群衆に向かって手を振ってみた。


「!」


 睨まれた。

 数千人という人々から一斉に睨まれるというのは、相当な迫力だ。

 悪魔に付与されたストレス耐性スキルがあるから大丈夫だけど、普通だったら泣くね。まぁ、歓迎されていないみたいだから、引っ込むか。


「陛下、国民と直に触れてみてどうでした?」


 いつのまに近づいてきたのか、リヴィエールが聞いてきた。


「みんな、元気そうで良いね」

「そうですか」


 そういってリヴィエールは笑う。


「そうですか、いや、そうでしょうとも」


 そう言って、堪えられなくなったのか、本当に大笑いを始めた。まったく何がおかしいのだろう。僕の混沌とした10年間の記憶では、さっぱりとわからないね。


 いずれにせよ、脱出方法を考えないと。

 僕は今日、誕生日を迎え10歳になった。

 毒殺などという直接的な手段にリヴィエールが出た理由があるのだろう。



 逃げ出す。

 死ぬわけにはいかない。

 なにせ僕はまだ微乳エルフに出会っていない。


 これでは死んでも死にきれない。

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