男女逆転舞踊祭
少年は……いや、少年たちの殆どは、この高校に入学した自分の選択を後悔していた。
「くっ、なんでこんなことに……」
ノリノリで自分にメイクを始める目の前の幼馴染の少女、大峰凪を恨めし気に見つめながらも、とある理由から抵抗できない少年、尾根石瑠雨は諦めてされるがままになるしかない。
せめてもの抵抗で、フリルのあしらわれた、夢の世界のお姫様が着るようなドレスの裾をぎゅうっと皺になりそうなくらい握りしめるが、そんな抵抗は無意味だ。
「ほら、るーくん、皺ついちゃうからやめなよ~」
自分にメイクをしながらそう言う凪に、瑠雨は不満そうな顔こそ崩さないものの、仕方ないとばかりにドレスから手を離す。
目の前でルンルンと鼻歌を歌っている凪が悪魔のように見えてきた瑠雨は、視線を別の男子に向ける。
すると、そこでは自分と同じようにクラスの女子にメイクをされている、明らかに似合わなそうなドレスを着させられた男子たちがいた。
(ああ、あんなに仲間がいる……)
人は不思議なもので、どんな女装させられている状況でも、仲間がいるだけで少しは救われるものだ。
「うんうん、さすがるーくんだね!そもそも中性的な顔だから、メイクが似合うよ~。
女装させ甲斐があるってものだね!」
「屈辱……」
女装してみたいとかそういう願望があれば別だが、そういうわけではないのに強制的に女装させられるのは、瑠雨にしてみれば拷問でしかなかった。
クラスの一部のアホな男子は「あそこがスースーするぜぇ~!」と謎のテンションになっていたが、瑠雨はまだ正気を保っていたのだ。
いっそ、テンションが崩壊してしまったほうが楽かもしれない。
「るーくん、こういうのも楽しいと思うよ?ほら、いつもと違う姿になるって、なんかよくない?」
「ナギはいいかもしれないけど――」
瑠雨は頬を少し赤く染めながら(チークのせいだけではない)そう呟くと、白馬の王子様が着ていそうな服装の凪をまじまじと見つめる。
男にしては背が低めの瑠雨と、女にしては背が高めの凪の身長は大体同じくらいなのだが、その女にしては高い身長が男装している今は完全にプラスに働いていた。
そもそも同性から“かっこいい”と評される凪が男装をすれば、普通に男に見えなくもない。
「僕は、こういうの似合わないし。そもそもさ、女の人はスカートもズボンも穿くから違和感ないのかもしれないけど、男からするとスカートってかなり違和感あるからね?」
「でも、似合ってるよ?」
「それが嫌だって言ってるんだよ!」
カラオケでは女性の曲も歌える男にしては高い自分の声が、この瞬間は邪魔なものに感じる瑠雨は、ダンっと床を踏み鳴らしながらそう文句を言う。
ちなみに、足には白ニーソを穿かされているので、それも違和感しかなかった。せめてもの救いは、上靴はそのままのことと、他の男たちもみな似たような姿にされているということだ。
「何故こんなことに……」
瑠雨はそう呟きながら、こうなった経緯を調べていた。
高校一年生の夏休みを終え、一月ほど経ったある日。
瑠雨と凪は幼馴染としていつも通り二人で昼食を摂っていた。
同じ高校に入った当初、お互いに友達らしい友達もいなかった二人は、仕方なく二人でご飯を食べていたのだが、それが日課になってしまいいまでもこうして続いている。
決して、どちらからか「一緒に食べよ」とか言ったわけではないのだ。まぁ、お互いに得していないとは言えないが。
『みなさん、こんにちは。こちらは舞踊祭実行委員です。先日の文化祭はお疲れさまでした。』
この、私立舞踊学院には外部向けに行われる『紅葉祭』と、学校内で行われる『舞踊祭』の両方が存在する。これは、先代の学長の教えである『たくさん遊んでたくさん学ぶ』に基づいて開催されているもので、このようなくだらないイベントがちょくちょくあるのだ。
そして、内部向けの舞踊祭の内容は外部にはほぼ知らされておらず、たいていの生徒は入学してからその存在を知る。
しかも、先輩方が面白がって舞踊祭の内容を教えてくれないので、一年生はなにをするかは舞踊祭が近づかないとわからないのだ。
だからこそ実行委員の放送に、初めての舞踊祭を迎える一年生たちの教室は静寂に包まれ、放送の声を聞き逃すまいと真剣になった。
『二、三年生は初めてではないのでもうお分かりだと思いますが、一年生の皆さんは初めてですよね!
今年も、我らが舞踊祭――いえ、男女逆転舞踊祭を開催することを宣言します!イエェェェェェエエエイ!』
急に放送の向こう側から聞こえてきたハイテンションな声に、教室の全員はぽかんとする。
そして、理解が早い生徒は、『男女逆転舞踊祭』という名前から嫌な想像が膨らむ。
『この男女逆転舞踊祭の開催中は、女子生徒は王子様に、男子生徒はお姫様にそれぞれ変身してもらいます!
さらに、我が校が誇る大ダンスホールにて男女のペアでワルツを踊ってもらいます!!
なお、男子生徒を女装させるのはペアの女子生徒にお願いしますね!
詳しいことは後日プリントにして配布しますので!』
「「「「………」」」」
沈黙に包まれた教室。
皆が、その内容を理解するまで数瞬の間があり――
「はぁぁぁぁあああ!?」
「ちょ、待て!聞いてない!」
「お、俺が女装!!?」
「男装とかしてみたかったんだよね~!」
「まじか!!頭おかしい学校だと思ってたが、ここまでか!」
――教室が荒れた。
「ねぇ、ナギ。これは夢?」
「るーくん、気をしっかり!夢じゃないから。」
「は、ははは……」
以上、回想終わり。
ちなみに、ドレスなどは学校側からの貸し出しとなっている上に、この日を欠席すると最悪留年するという脅しがかけられているため、逃げようにも逃げれなかった。
他に組む人もいないためなんとなく幼馴染で組んだ瑠雨と凪だったが、ルンルンと鼻歌を歌う凪と死にそうな顔の瑠雨ではあまりにも温度差がありすぎる。
「よし!終わり!はい、鏡。」
「……うん。」
全てを諦めた様子で、教室の壁に立てかけてある全身鏡を見た瑠雨は、とある想定外に目を丸くした後、苦笑いを浮かべる。
「ははっ……ねえ、ナギ。」
「ん?どうしたの?」
「この場合さ、男として、驚くほど美少女が鏡に映ってることを喜ぶべきか、男らしさのかけらもないことを嘆くべきか、どっちだと思う?」
いっそ似合わなければ笑うこともできたのに、なまじ似合っているばかりに反応がしにくくなってしまった。
周りの女子がパシャパシャと自分の写真を撮るが、こうなった女子は止まらないと察した瑠雨は完全に諦めモード。逆に、凪は「後で写真頂戴!あ、どうせなら二人のも撮ってよ!」と瑠雨にくっつく始末。
他の男子生徒は、瑠雨を人柱にしたことを心の中で詫びつつも、その美少女っぷりを写真に残していた。
ところ変わってダンスホール。
私立高校とはいえ、こんなに立派なダンスホールがある学校はほぼないだろう、というほどに大きいそこは、全校生徒が入ってもまだかなりの余裕があった。
椅子はないものの、壁際のテーブルの上には飲み物とある程度の食べ物が用意されている。
この男女逆転舞踊祭は朝の十時から昼の二時半まで続くが、なにもずっと踊り続けていないわけではなく、このような軽食を食べたり、踊らずに休んだりしてもよいことになっているのだ。
「いや、確かに体育でワルツをやったけどさ、それだけじゃ上手くできるわけないよね。」
「そういいながら、結構上手いけど……あ、ごめん。」
間違えて瑠雨の足を踏んでしまった凪はすぐ謝るものの、ダンスに集中している瑠雨は「うん」とそっけなく返事をするだけだ。
「ナギ、もっとダンス上手くなかった?体育の時間、女子と組んでやってた時にはもっと上手かったとおもうけど?」
ちょうど曲が途切れるタイミングで凪から離れてそう言った瑠雨は、「どうしたの?」と首を傾げる。
ダンスの授業は男女で分かれていたものの、同じ体育館を使っていたので凪の動きもある程度見えていたのだ。
「っ!そ、それは、だって……るーくん……近いし……」
「え?何て?」
どんどん声が小さくなっていく凪の言葉が上手く聞き取れなかった瑠雨はそう尋ねるが、ちょうど次の曲が流れてきたことを好機ととらえた凪の「休憩しよ」という言葉で有耶無耶にされてしまった。
まぁ、瑠雨としてもそこまで興味があったわけではないのだが。
「なに飲む?」
「ナギはなにがいいの?やっぱりオレンジジュース?」
「当たり前じゃん。」
「やっぱりそうだと思った。それよりよくわかんないんだけど、口紅塗ったまま飲み物って飲んでいいの?」
「んー、私もあんまり口紅つけないからわかんない。」
「え?なにそれ使えないんだけど。」
「るーくん、少しはオブラートに包んでよ……」
ズバッと「使えない」発言をされたことにショックを受ける凪。
だが、瑠雨からすれば自分に化粧をしたくせにそんなのも知らないのかと言いたくなるのは無理もないだろう。言い方は悪いが。
「確かに、ナギあんまり化粧しなさそうだけどさ。」
「そうなんだよ!るーくんを女装させるために頑張ったんだからね!」
「頑張るポイントがおかしい。」
まぁ、普段化粧っ気のないというか、若干男らしい場面もある凪が化粧をあまりしないのは瑠雨もわかる。
仕方ないので、瑠雨と凪は別の生徒にどうすればいいのかを尋ねた。
踊ったり休憩したりを繰り返したりしているうちに、既に時間は二時。
あと三十分でこの舞踊祭も終わるということで、ダンスも佳境に差し掛かっていた。
だが、悲しきかな。男たちがドレスと着て懸命に踊る姿は、地獄絵図でしかないのだ。
ダンスの相手がまだ男装女子だというのが救いだが、それにしたってこれは酷いと言わざるを得ない光景だった。
なんとなく、この行事を外部に公開しない意味が分かった気がする。
そんな中、周りの人が見惚れるほどのダンスを踊る男女が一人。
言わずもがな、瑠雨と凪である。
何時間も踊っていればさすがに二人も慣れ、もはや失敗することは少なくなってきた。
すると、お互いにお互いを意識する余裕が出てきてしまい、急に恥ずかしくなってきたのだが、それに関してはお互いに表に出さないようにする。
だが、なんとか隠しきれている瑠雨とは違い、あからさまに動揺しているのは凪だ。
「ナギ、さっきまですごいよかったのに、急に失敗が増えたけど、大丈夫?」
「う、うん。」
瑠雨の問いに答える凪だったが、言葉とは裏腹にどんどんその動きは固くなっている。
本当にどうしたのかと疑問に思う瑠雨だったが、いくら聞いても欲しい答えは返ってこないので諦めて尋ねるのはやめた。
『さぁ、皆さん!残り時間は二十分となりました!
ここで、ダンスホールの中央、スポットライトが当たる場所で踊るペアを一ペア募集します!』
進行役の生徒は『やりたいペアは手を挙げて~』と言って、希望者を募る。
中央で踊る人のダンスを見ながら休憩だと思っていた瑠雨は当然手を上げないが、その横に立つペアの凪は、勢いよく手を挙げた。
「ちょ、ナギ!?」
まさかの行動に慌てる瑠雨だが、なにかを決意した顔の凪は疑問符を浮かべる瑠雨に何も言わない。
ただ、凪のほかにも手を挙げている人はほかにもいるので、自分たちには来ないだろうと心のどこかで思っている瑠雨。
しかし、進行役はその点空気が読めた。
『では、そこの可愛い姫様と、かっこいい王子様に出てきてもらいましょう!』
「ちょ、ぼ、僕たちっ!?」
まさか過ぎる展開に慌てる瑠雨だったが、凪に手を引かれてダンスホールの真ん中まで連れていかれる。
公開処刑。そんな単語が瑠雨の頭に浮かぶが、進行役は全くお構いなしだ。
『では、早速踊ってもらいましょう!』
進行役のその声とともに流れる音楽。
もうどうにでもなーれと本日何度目かの諦めをした瑠雨は、凪に合わせるように踊る。
二人の踊りに「おぉ!」とか歓声が上がるものの、瑠雨と凪は全く気にする余裕がなかった。
そのまま曲は流れていき、終わりが近づいてきたころ、不意に凪がダンスをやめた。
急な凪の行動に一瞬バランスを崩す瑠雨だったが、なんとか立て直す。
「ナギ?」
急にダンスをやめた凪の名前を、不思議そうに瑠雨は呼ぶ。
しかし、凪はダンスを再開する様子もないどころか、瑠雨から一歩離れる。
「ナギ、どうした――」
「るーくん、聞いてほしい。」
よく通る声を出した凪は、会場の生徒たちの話を途切れさせた。
ピアノの音以外聞こえない静寂の中、スポットライトの真ん中に立つ二人に視線が集まる。
「私、こういうのって男の人からするものだってずっと思ってたから、待ってたんだ。
でも、今日は私が男で、るーくんが女の子だから、私から言うね。
ずっと、好きでした!付き合ってください!!!」
ダンスホール中に聞こえる盛大な告白。
それに、思考が真っ白になった瑠雨は暫くフリーズするが、どうにか再起動する。
「え、えっと、ぼ、僕?」
「当たり前じゃん!恥ずかしいから、返事は早く!」
「あ、はい。こちらこそ、よろしく。
って、これでいいのかな?なんか、女装しながら告白されるのも違うきg――うぐっ!?」
あっさりとOKを出した瑠雨はなかなかずれたことを呟くが、それを遮るように凪のキスが瑠雨の唇を奪った。
「ちょ!ナギ!
口紅付くよ!?」
「「「「そこ!!?」」」」
またもやずれた返しをする瑠雨に、会場の声がハモる。
観客的には、凪のような顔を真っ赤にする反応を期待していたのに、まさかの口紅の心配をするとは誰も思わないだろう。
『お、おめでとうございます!!
皆さん、今ここで一組のカップルが結ばれました!
男女逆転舞踊祭の伝説に残るであろう告白と二人に、盛大な拍手をお願いします!!』
驚愕から立ち直った進行役がマイクを通して言った声に、会場中がどっと沸く。
それにはさすがに羞恥心が芽生えたのか、瑠雨は顔を赤くして目を伏せ、凪は両手で顔を隠す。
しかし、進行役はここぞとばかりに二人の出会いなどを二人に聞きまくった。
ちなみに、これは長い間伝説として語り継がれることとなる。
「ふぅ、終わった。」
化粧を落としドレスを制服に着替えて男子生徒に戻った瑠雨は、クラスメートの男子にもみくちゃにされて精神的にも肉体的にも参りながらも、教室の椅子に座ってそう呟く。
隣の席に座る凪も同じように疲れており、瑠雨と同じような目に合ったのだろうと想像できる。
ちなみに、もうすでに帰っている生徒も数名いるが、大半の生徒は熱が冷めず教室で様々な話をしているところだ。
「ほんとに、終わっちゃったね。」
「僕としてはまさかの展開だったけど。」
「う、なんかごめんね。でも、結果オーライ、でしょ?」
凪のその言葉に、瑠雨は顔を赤くしながらも「もっといいタイミングあったでしょ」と呟く。
「でも、一生忘れない告白だったね。」
「別に、ナギからの……告白……なら何でも忘れないと思うけど……」
「え?なんて言った?」
どんどん声が小さくなる瑠雨の言葉を上手く聞き取れなかった凪はそう尋ねるが、瑠雨は「なんでもないよ」と言って何も答えなかった。
こうして、男女逆転舞踊祭は無事に終わったのであった。
すごいお題を頂きました!
なんか、これでいいのかな?と思いながら書きましたが、書いてて楽しかったのでよかったです。