過去4
「前野さん」
部活動が終わった後、小宮山は絵美に声をかけた。彼女はもうすでに制服へと着替えていた。一学期が終わった時点ではまだ長袖であったが、夏休みの今ではさすがに夏服になっていた。半袖の裾から彼女の細くて白い腕がするりと伸びていた。
「なに」
彼女の反応は相変わらずであった。
この抑揚のない声にもすっかり慣れてしまったな、と小宮山は内心苦笑した。なぜかはわからないが、そのことがなんとなく嬉しく感じられた。
「この前ショッピングモールで薦めてくれた本を読んだよ。すごく良かった」
「そう」
絵美は涼しげな様子で答えていたが、練習直後のせいか彼女の首筋には汗がうっすらと浮かんでいた。小宮山は思わず「前野さんでも汗をかくんだ」と当たり前の感想を持った。もちろん口に出すようなことはしなかった。
「それで良かったら他にももっと作品を教えて欲しいなと思って」
「……」
絵美はしばらく黙っていた。
すると小宮山は段々と不安になり、
「も、もちろん無理にとは言わないよ。前野さんも色々忙しいだろうからね」
「いい」
「えっ」
「いいわよ」
相変わらず無表情であったが、その目はしっかりと小宮山の瞳を捉えていた。彼はなれない視線に思わずたじろいだ。
「いいの?」
「ん」
念押しの確認。絵美は頷きで応えた。
「ありがとう。じゃあいつにしようか……」
「いま」
「えっ、今!?」
夏真っ盛りで部活後の現在もまだ十分に明るかったが、もうそれなりに遅い時刻になっていた。厳しい親であれば門限が過ぎたと怒り出しそうなくらいの時間であった。
「前野さんは時間とか大丈夫なの?」
「大丈夫」
「でも……」
一日中過酷な部活をこなした後だったので小宮山はとてもくたびれていた。絵美も同じ、いやそれ以上の気迫で稽古に臨んでいたというのにその顔からは一切疲れを感じ取ることができなかった。
「いくよ」
絵美は小宮山のシャツの腰のあたりを掴んで引っ張って言った。
「わかった、わかったよ。さあ、行こう」
彼は降参した、と言わんばかりに両手を挙げて彼女の背中を追うことにした。けれど不思議と悪い気はしなかった。




