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 部室には既に絵美とユウキ以外の部員ほとんどが揃っていた。おそらく数名は帰りのホームルームが長引いているのだろう。


「なんとか間に合ったようだね」

 ユウキは安堵の表情を浮かべた。

「うん、そうみたいだね」

 絵美も頷く。


「おお絵美、やっと来たか。それと進藤も」

 長身の女子生徒が長く艶のある黒髪を揺らしながら絵美とユウキのもとに歩み寄ってきた。


「あ、麗ちゃん!」

「そんなついでみたいな言い方勘弁してくださいよ、部長」

「名前を呼んでもらえただけ感謝するべきだよ。何せ私の絵美を奪った罪人なんだからね、君は」


 渡邉麗は演劇部の部長であり絵美の親友だ。髪に負けないくらい美しい顔立ちをしており、またスタイルも抜群だ。そのクールな雰囲気にも関わらず、性格開けっぴろげでこざっぱりとしている。男女分け隔てなく接する気さくさが人望を集めていた。


 また演劇に対する造詣が深く演技力もある。

 オープンな性格にも関わらず一人一人に目を向け、細やかな気配りができる。まさに上に立つものとしての理想を体現していた。

 その演技と美貌から、当初は役者として期待されていたが本人の強い希望で脚本と監督の役目を務めている。

「そう言われると言い返し辛いですけど……」

 ユウキは反応に困った。


 ——ユウキが絵美を奪った。


 それは冗談半分で発せられた言葉であったが、決して完全な冗談とは言えなかった。少なくともユウキと麗にとっては。


「さて、それさておき演目の発表だ。今回は三年生が出られないということもあって主演の座を進藤に譲ることになってしまうが、心しておくがいい。学園祭の方ではうかうかしていられないぞ?」

 麗はアーモンド形のくりっとした目を細めて意味あり気に笑いかけた。まるで近い将来に起こることが愉快でたまらないというかのように。

「何か知っているんですか?」

「いやなに、君や絵美の活躍に触発されて並々ならぬ努力を重ねている者もいるということさ。それこそ恋愛に現を抜かすことなく、ね」

「それってまさか……」

「一応言っておくが、別に嫉妬心から言っているわけではないぞ」

 ユウキの発言は遮られた。

「恋が人をより豊かに育むということもある。私も健康な若い女として羨ましいと思わないこともないがな」

「もー、麗ちゃんオジサンっぽい。せっかく可愛いんだからもっと女の子らしくしないとだよ!」

 絵美は頰を膨らませて友人をたしなめる。

 確かに麗ほど黙っていれば綺麗な女性もそうそういないであろう。逆に言えば麗ほど口を開けば残念な美人もなかなかいないということであるが。


「そんな私などもはや私ではないっ。試しに乙女ちっくな私を想像してみろ。どうだ、進藤?」

「いやあ正直なかなか強烈なものがありますね」

「なんだと!? 仮にも王子様ならもっと気の利いたことを言って見せんかコラァ!」

 麗はぐわっとユウキに吠えかけた。

「えぇ、それって理不尽っ」

 絵美だけでなく、その様子を見ていた周囲の部員たちも笑っていた。それにつられていつの間にかユウキと麗も顔を綻ばせた。

 これが進藤ユウキの日常であった。


 そのようなやり取りをしていると顧問がやってきた。

 部室にいた部員たちが顧問の姿を見つけるとすぐさまそれまでの喧騒が止んだ。普段の部活の雰囲気は比較的和やかなものであるが、この日は演目と配役発表の日。彼の姿を目にした瞬間その事実が思い出され、なるべく意識しないようにと努めた緊張がその場にいた生徒ひとりひとりから飛び出てきた。

 その中で三年生は地区大会に出場しないため涼しい顔をしていた。しかし後輩の邪魔をしないため口を噤んでいる。同じ思いを昨年経験していたからだ。

 顧問は部室に入り扉を閉めると、生徒たちの前に立ってじっくりと彼らの顔つきを眺めた。緊張している者、余裕の表情を浮かべている者、自分が選ばれるようにと祈りを捧げている者、それぞれが違った表情を浮かべていた。

 部員たちは彼が口を開くのを待っていた。


「皆さんこんにちは。それでは今日の部活動を始めよう。皆も気になっているだろうし、まずは演目と役柄の発表といこうか」


 生徒たちが息を飲む。


「皆もわかっていると思うが、念のためもう一度改めて言っておこう。今回の演目発表は九月に行われる地区大会のためのものだ。また例年のように三年生は出演することができない。なので君たちには高校生活最後の大会である全国大会に向けて注力して欲しい」

 顧問は再び生徒たちを見回した。

 反応の仕方はまたもや十人十色であったが、それぞれが彼の言葉の意味を理解しているように見えた。なので顧問は続ける。


「では発表する。演目は『ロミオとジュリエット』。主演はロミオ役として進藤ユウキ。そしてジュリエット役に舟おりえ」


「ぇっ!? わ、私ですか!?」

 名前を呼ばれた党の本人は当惑していた。

「ああそうだ」

「えっ、えっとどうしておりえなんでしょうか……」

 おりえは顧問の言っていることがまるでわかっていないかのような素振りで慌てふためいていた。事実、彼女は予想外の展開に頭の中が真っ白になっていた。

 それに対して顧問はしっかりと彼女の目を見据えて言った。

「質問があるのなら後でいくらでも答えよう。しかしすまないが、まずはそれぞれの配役を発表させてくれ」

「はい。お邪魔してすみませんでした……」

 彼女は申し訳なさそうにしゅんとした様子で謝罪したが、顧問はさして気にした様子もなく発表を再開した。

 自身の采配が時として生徒たちを惑わしてしまうというのはこれまでの演技指導の中で少なからずあったことだ。だから彼女にはこの後きちんと説明しなければ、と顧問は思った。そうすれば、今回はあの時と同じ間違いを起こさず無事に彼女を納得させられるだろう。


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