過去10
「好きです。わたしと付き合ってください」
呼び出されたユウキが指定場所であった屋上に辿り着くとすぐに、そこで先に待っていた絵美に声をかけた。するといきなり想いを告げられた。
秋の太陽はまだ自分の役目は終わっていないとばかりにユウキたちを照らしていたが、衣替え前の半袖ではもうだいぶ肌寒くなっていた。風が少しでも吹いた時には思わず身をすくめてしまうほどだ。
ユウキは半袖から覗かせる白い肌を少し擦った。絵美はその仕草をじっと見ていた。だがそのことに気がつくと彼女は顔を真っ赤にして手で覆って隠した。
「いきなりびっくりしましたよ、絵美先輩」
「えへへ、いきなりでごめんね。でもね、本気なの」
真剣な顔でユウキの瞳をしっかりと見据えて言った。先ほどまでの羞恥に満ちた顔が嘘のようであった。けれど彼女の手は緊張のせいか細かく震えていた。
「ちなみに、理由を聞いても良いですか? 正直今までぼくは先輩のことを仲の良い友達のような存在だと思っていたので」
ユウキは冷静を装って絵美に問いかけた。
「実はね、一目見た時からあなたに惹かれていたの。けれど最初はその理由がどうしてなのかわからなかった」
「ということは今ならわかるということですか」
「うん」
「聞いても良いですか」
ユウキの顔も強張っていた。それだけ真剣に絵美に向き合っていた。
「私が本当のわたしになれそうだから」
力強い瞳をユウキに向けながら言った。
やっぱりか、とユウキは思った。前々からそのような予感はしていた。絵美先輩もこちら側の人間だったんだ。
彼女は女優として優秀すぎるほどに優れていた。だからこそ人間として損なわれている。
ユウキは彼女の完璧すぎる演技からその本質を見抜いていた。
なぜならユウキも損なわれているから。
両者の違いは、最初から損なわれていたか、徐々に損なわれていったか、でしかない。結果へと至る過程が異なるだけで二人は間違いなく同質の人間であった。
中身が空っぽだから、そこに『自分ではない誰か』を詰める。そうすることで簡単にその人に成りきることができた。それを誰かが演技と呼んだ。誰かが評価した。だからこれが自分のすべきことなんだと思った。彼女も同様だろう。
絵美のような例外もあるが、自分たちと普通の人々の違いは表面的にはわからない。日常的に『演技』をすることで至って当然のように周囲に溶け込むことができる。それは必要性の問題だ。絵美は演技をする必要がなかったし、ユウキにはその必要があった。ただそれだけのことであった。
僕たち、俺たち、私たち、ぼくたち、わたしたち、そして君たちは怒っているふりをして、悲しいふりをして、楽しいふりをして、生きるふりをした。
どうすれば良いかわかる。けれどどうしてかはわからない。
それがユウキと絵美だった。
そんな彼女の空白を自分なら埋められる。
彼女を本物の人間にすることができる。
決して交わらないはずだった平行線を曲げることができる。
もし自分の可能性の芽を摘むことで彼女が救われるならそうしたいと思った。求められることには慣れているが、どうせ自分から求めることはできない。なぜなら期待に応えることが自分のすべきことだから。自分にはそれしかできないから。ならばこの身で未来のある誰かを繋げたい、そう思った。
「いいですよ」
沈黙がしばらく続いた中、ユウキは突然そう言った。
「え?」
そのあまりにも唐突で、率直な返答に絵美は驚いた。。
「ぜひお付き合いしましょうと言ったんです」
「……どうして?」
彼女は依然と虚を突かれたような顔をしていた。ユウキはそれを心の底から可愛い、愛おしいと思えた。
「どうしてと来ましたか。あなたのような綺麗な人に好きだと言われたら当然嬉しい。でもそれだけじゃない。ぼくとあなたの相性はとても良さそうだなと直感したからです。きっとぼくらならうまくやれる」
そう言って絵美に微笑みかけた。まるで王子様のような微笑みであった。
「……嬉しい」
気持ちが受け入れられた絵美はその言葉をまだうまく処理できていないようだった。嬉しいと呟いたままじっと固まっていた。
そんな絵美を見たユウキは棒立ちになっている彼女の前で片膝をついて手を取った。少し大袈裟かな、と思わないでもなかったが儀式にはこれくらいが丁度良いだろう。絵美は案の定戸惑っていたけれど。
「これからよろしくね、ぼくのお姫様」
そう言って彼女の手にそっと口付けた。
「はい、よろしくお願いします」
お姫様は一筋の硝子玉を流しながら王子様に答えた。
——そう、ぼくは君だけの、君が求める理想の王子様になろう。




