過去9
新入生歓迎の劇が終わってから一週間が経過した。劇の成功もあって、今年度の新入生の入部数は例年よりも遥かに多かった。
新入部員は皆それぞれに独自の魅力を兼ね備えている人が多くいそうであった。だがその中でも一際才気を纏う人物がいた。
進藤ユウキである。
「早明大学附属中学校出身の進藤ユウキと申します」
ユウキは礼儀正しく、しかしそうでありながら決して堅苦しさを感じさせず見るもの全てが親しみを抱くような挨拶をした。それは高校に入学したばかりの生徒が行ったとはとても思えないほど実に堂に入ったものであった。
小宮山は一目見た瞬間から何か特別なものを感じ取ったが、それは他の部員たちも同様であったらしい。中には色めき立つ女子もいた。
彼女たちが騒ぐのも無理はない。
見た目の麗しさは言うに及ばず、ユウキからは気品や本物の演者が持つ特有の『情調』が備わっていた。演技に携わる者としてそういったものに引き込まれないわけにはいかなかった。
もちろん小宮山も例外ではなかった。
まるで王子様だな、と小宮山は思った。
ユウキに続いて他の新入部員たちが自己紹介を行うが、小宮山にはもはやそれが頭に入ってこなかった。頭の中はユウキで占められていた。
そうして物思いに耽っていると、
「ねえ、小宮山くん」
絵美が袖を引っ張って小声で小宮山を呼んだ。
彼女が彼を励ました屋上の一件から二人の距離は縮んだ。それはお互いに抱えているものを見せ合ったからなのかはわからない。けれど絵美は彼に対してだけは段々と口数を増やしていった。それに伴って、少しずつではあるが、周囲への態度も軟化していった。けれど彼女が本当の自分を手にするまでまだ時間はかかりそうだと小宮山は思っていた。
「どうしたの? 前野さん?」
彼も声を潜めて返答した。
「あの子、多分私と同じ側の人間よ」
「と言うと?」
「おそらくものすごく演技が上手。そして人間的な喪失を少なからず経験している」
「人間的な喪失」
小宮山はそっとその言葉を反芻した。
演技の技量に関しては彼にも感じられた。雰囲気からそのカリスマを十分に理解することができた。しかしそれに加えて、ユウキが人間的な喪失を抱えているなど彼には到底考えらえなかった。小宮山にとって人間的な喪失を経験した人間とはまさに絵美のことであった。だがユウキは、小宮山が出会った当初の彼女とは似ても似つかなかった。
「確かに何か特別なものを持っていることは僕にも感じられる。それにしても君が他人に興味を持つなんて珍しいね」
「見つけたかもしれないから」
「え?」
小宮山は虚を突かれたような表情で絵美を振り返った。彼女の言っている意味が彼にはよくわからなかった。
「見つけたかもしれないの」
「何をさ」
多分、答えはわかっている。
ユウキを見た瞬間、そしてユウキを視界に捉えた絵美の表情を目にした瞬間。
小宮山の心臓が大きく跳ね続けていた。いつか前にもこんなことがあったなと彼は思った。
——前野さんはいつも僕の心を揺さぶってくるな。
けれどこの鼓動はあの時とは違う種類のものだ。そうだ、そうに違いない。
「あの人がきっと私の『本当』を引き出してくれる人」
疑惑が確信に変わった瞬間、むしろ小宮山は自分が落ち着いていることに気がついた。おそらく核心の言葉を聞いたことである種の覚悟ができたのであろう。
「ついに、なんだね」
「うん」
絵美は顔を真っ赤にして俯いていた。
「良かった」
「でもどうしよう」
彼女の顔に影が差した。
進藤ユウキ、君はすごいな。僕が何ヶ月もかかっても成し得なかったことを君は一瞬で達してしまった。完敗だよ。僕は前野さんにはそのような顔をさせられない。
「どうしようって、好きになってしまったんだろう?」
絵美は赤い顔のままこくりと頷いた。その様子は小宮山が今まで見たどの絵美よりも可愛らしかった。
「僕に任せてくれ。君が付き合えるよう協力するよ」
「……いいの?」
驚いた表情で絵美が言った。
それに対して小宮山は、
「もちろん」
そう言って優しく頷いた。
その日の部活動は新入生と在校生の顔合わせ、そしてこれからのスケジュール確認のみであった。
部活動が終わると小宮山は絵美とユウキを引き合わせることにした。幸いユウキの方もまんざらではない様子で、早速二人きりで話をしに行った。それを不満に思う女子たちもいたがそれをなだめるのも小宮山の役目だった。
絵美には初舞台に失敗して挫けそうだった自分を救ってくれた恩がある。きっと今こそがその恩に報いるべき時なのであろう。
小宮山は自分が幸せを掴むよりも絵美の幸せを願った。
これで良かったんだ。
参ったな。
うん、認めよう。
僕はあの人に恋をしてしまったらしい。
前の自分だったらできなかったけれど、成長した今ならこの気持ちを認められる。
ありがとう。
……でも、
今は君の幸せを願っているけれど、
いつか、
この想いが溢れてその幸福を壊してしまいそうになったらごめんなさい。
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