過去7上
時が流れ、季節は変わっていた。
いつしか小宮山が入学してから一年が経過していた。
卒業生に向けた公演では失策してしまったが、絵美の励ましのおかげでその経験を引きずることなく肥やしとすることができた。その後、より一層稽古に真剣に臨めたこともあって新入生歓迎の舞台では成功をおさめることができた。
成果としては、例年以上の入部希望者の獲得に成功した。
演劇部は決して不人気な部活ではなかったが、多くの優秀な人物を運動部や文化部であっても吹奏楽部に奪われがちであった。顧問が絵美という逸材を獲得できたのはそれこそ僥倖と言う他なかった。だから彼は絵美という主演を活かすためのパートナー育成に躍起になっていた。
新入生のための公演は部活紹介の一環として行われている。毎年、入学式から数日後に新入生を講堂に集めて、運動部・文化部それぞれの紹介を行っている。
どの部活もできるだけ彼らの興味を引こうと工夫を凝らしていた。なのでその中で目立つことは当然容易ではない。
だがその年の顧問は自信を持っていた。
——絵美と小宮山である。
小宮山に関しては、前回の公演が失敗に終わった時その様子を見てどうしたものかと思っていたが、公演後の次の稽古では以前よりも気合を入れていたので次の公演も任せてみようという気になった。万が一失敗してしまった折には、その責を全て一身に受け入れる覚悟もできていた。
公演前に舞台裏で「大丈夫か?」と尋ねた際、前回の調子とは打って変わって「はい」と一言、そして力強く頷いた。
もう小宮山は大丈夫だろう、と顧問は確信した。
「野球部の皆さんありがとうございました」
聞く者を邪魔しない澄み渡った声がスピーカーを通して講堂に響いた。アナウンス部の女子部員である。先ほどのアナウンス部の紹介からすると、この部活動紹介の進行アナウンスも部活紹介の一環であるらしい。
「次は演劇部となります。演劇部の皆さん準備を始めてください」
そしてついに演劇部の順番が巡ってきた。
その知らせが舞台袖に潜む部員たちが小さな声でざわめかせた。
彼らはどう見ても緊張していた。
野球部たちが舞台袖に引っ込むと舞台のカーテンが降りてきた。演劇部員の横を通りすぎた彼らは自分たちのなすべきことを終えた安堵か、さっきまでのことがなかったかのように冗談を言って笑いあっていた。
部員たちはその様子を見て余計に緊張を露わにした。先ほどと比べても明らかに顔がこわばっているのがわかった。
「はい! お前ら、まずは舞台の準備をしようじゃないか」
顧問の鶴の一声で部員たちは我に返った。
そうだ、自分たちにはいつも彼が側いて支えてくれた。今回も見守ってくれているんじゃないか。部員たちはそう悟った。
彼らは自身がやらねばならないことに気がつくと、打ち合わせ通りにそれぞれの配置について簡易的な舞台道具の設置を開始した。
「毎年のことではあるがみんな緊張しとるなあ」
顧問は準備にいそしむ部員たちを眺めながら一人呟く。
普段の自由奔放な彼らが緊張している様を見ているとなんだか微笑ましい。あいつらには悪いが年に一回くらいは楽しませてもらおうと顧問は思った。
その際ちらりと小宮山の方を見たが、彼は落ち着いて周囲にいるまだ舞台本番の勝手がわからない同級生に指導している。一方で、絵美は小宮山とは対照的にいつも通りの無表情で一人でテキパキと設営をしていた。他の生徒たちもそれぞれの役割をうまくこなしているようだった。
緊張するが良い、若者たちよ。
きっとその緊張も人生の得難い糧になる。
顧問は小宮山の顔を思い浮かべながら準備にいそしむ教え子たちを見守った。
そして、
「演劇部より、部活紹介に代えまして新入生歓迎の公演を行います」
アナウンス部の女子部員より演劇部の公演開始の旨が観客に告げられた。
「演目は演劇部部長による脚本——『誰かと誰かの物語』です」
そして厳かにゆっくりと舞台の幕が開いた。
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