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 夏休みの稽古が始まった。


 ショッピングセンターの一件から絵美とは何も話をしていない。試しに携帯電話でメッセージを送ってみても返事がなかった。前回の不自然な解散に疑問を感じた京介と浩司からもそれぞれメッセージが届いていたものの、余計な心配を招くのも忍びなかったので「この前は突然帰ることになってごめん。けど楽しかったよ。この埋め合わせは今度絶対にするね」とだけ返信した。


 さて、どうしたものか。


「はあ」

 あからさまなため息を吐く。ユウキは部室で練習の準備をしていた。一応覚悟して部屋に入ったが、絵美はまだ来ていなかった。

「どうしたんだい、ユウキ君? そんな顔でため息を吐くなんて綺麗な顔が台無しだよ?」

「部長」

「そんな顔をしてるなんて君らしくもない。あ、さては絵美と何かあったなー?」

 麗はニヤニヤしながらユウキに聞いた。

「わかりますか?」

「わかるさ」

 麗は肩をすくめて答える。


 彼女はユウキが本気で落ち込んでいることを察していた。麗はからかうような態度をすぐに真剣なものへと戻した。けれどそれがあまり深刻な雰囲気とならないよう顔つきは柔和なままであった。


「えっ、先輩そうなんですか?」

 二人の会話の様子を横から見ていたおりえはユウキの深刻な表情を察することができていないようだ。けれどそれも無理もなかった。事実、ユウキはうまく隠していたのだ。

 しかし麗は人並み外れて人の心に機微に聡かった。なので表面的にはうまく隠すことができたものの、何気なくついたため息一つで彼女には看破されてしまった。


「いやあ、まあちょっとね」

 事情を正直に告げるわけにもいかないし、誤魔化すにも一体どのような形へ話を持っていけば良いのかもわからなかった。


 さて、どうしたものやら。

 そのように再び悩んでいると、


「おはよ、みんなー!」

 絵美が来た。


 彼女の様子はユウキが想像していたものとは大きく異なっていた。

 先日の怒りや悲しみなど様々な感情が入り乱れたような表情は全く感じられず、いつも通りの彼女だった。

「ああ、おはよう。なんだ進藤、いつもと同じじゃないか」

「おはようございます。先輩」

 麗は半ばがっかりしたようにユウキの脇腹を肘で突いた。一方おりえは普段と同じように礼儀正しく絵美に挨拶した。


「何の話をしていたの?」


 話しかけられたが、頭も口もうまく回らない。

 ああどうしよう。


「今ユウキ君と全国大会の練習と地区大会の練習について聞いていたところさ。監督としてはそのあたりの進捗もしっかりと把握しておきたいからね」

 おろおろしていると、麗が、やれやれ仕方がないなとでも言いたげな様子で助け舟を出してくれた。

「そうだったんだー」

 その後も絵美と麗の会話は続いていく。


 微妙に居心地の悪さを感じていると、突然ユウキの袖がそっと引かれた。ユウキがそちらへ向くと絵美はつま先立ちをして耳打ちをした。

「ねぇねぇユウキくん、この前はごめんね。もう大丈夫だから」

 少し高めの声が耳にこそばゆい。


 ああ、でも。


 いつもの絵美の声だ。


「えっ……でも……」

「お願い、何も聞かないで。わたしの中でもまだうまく処理できてないみたいだから……」

「わかった。でも何かあったらいつでも言ってね」

「うん、ありがとう」

 とりあえず前回の態度については絵美自身も問題に感じていたみたいで反省の意を示してくれた。自分たちの関係に亀裂が入らずに済んで良かった。


 しかしこの前の怒りの正体がなんだったのかユウキには結局わからず仕舞いであった。

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