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 絵美が落ち着いた後、ユウキたちは様々なことをした。

 ウィンドウショッピングに映画、特に施設内にあった本格的なアスレチックには我を忘れて楽しんだ。

 ユウキは考える。こんなに夢中になって遊んだのはいつぶりだろうか。

 楽しい。

 純粋にそう思えた。


 熱中しすぎて少し疲れてしまったので、ユウキと絵美はアスレチックのそばにあるベンチで休憩することにした。

 ユウキはジャケットを脱いで施設内で買ったスポーツドリンクを飲みながらまだはしゃいでいる悪友たちをじっと眺めていた。飲み物はよく冷えていてとても美味しく感じられた。けれどそう感じるのは運動後に冷たいものを飲んだだけが理由ではないだろう。ユウキは隣で同じようにペットボトルの天然水を両手に持って飲んでいる絵美を見てユウキは穏やかな気持ちになった。

 それからしばらくぼんやりと京介たちが遊んでいる様子を眺めていた。

 そうしていると、思考がふと別の事柄へと移った。


 環境に恵まれ、才能にも恵まれたユウキは人々からの嫉妬を寄せ付けないほど圧倒的に物事をそつなくこなすことができた。


 しかしそれゆえにユウキは退屈していた。

 自身を取り巻くあらゆることに。


 何をしても人より上手くやってしまう。それでは努力のしがいも達成感も微塵も感じられない。やがて全てに情熱を持てなくなってしまうまでそう時間はかからなかった。

 自身が損なわれてから(あるいは最初から損なわれていたのかもしれない)、ユウキはただ周囲の期待を汲み取り、その期待通りに行動してきた。それは単純に自分が必要とされている気がして嬉しいと思えたし、そうすることで初めて『進藤ユウキ』という人物が実像を結ぶように思えからである。

 しかし、やがてそれなしには自分を保つことができなくなった。

 いつの日かユウキは、大きな宝石が段々と削れてほんのひと欠片となってしまったかのように『本当の自分』が小さくなってしまい、最終的には小さくなり過ぎてそれが一体どのような形だったのか思い出すことが難しくなっていた。


 ——胸を揺さぶるようなあの人と出会うまで。


 ユウキは隣に腰掛けている絵美の方をちらりと覗いた。彼女は夢中でアスレチックに奮闘している京介と浩司を応援している。

 自分は絵美にきちんと大切な感情を与えられているのだろうか。期待に応えられているのだろうか。

 もしそうだったら、嬉しい。

 ユウキは彼女の横顔をそっと覗きながら口元を綻ばせた。


「ユウキくん、どうしたの?」

 そんなユウキの視線に気づいた絵美が問いかける。思えば彼女はずっとユウキに眩しいほどの笑顔を向けてくれた。それがどれほどユウキの心を解してくれたかわからない。

「なんでもないよ」

「うそ。なんでもないってことはないでしょ」

「そうだね。絵美は今幸せ?」

「いきなりどうしたの?」

 予想外の質問に絵美はきょとんとした。


「ちょっと気になっただけだよ」

「えーとね。うん、幸せ。ユウキくんと付き合ってからの日々は毎日きらきらと輝いていて、まるで夢見たい。このまま覚めなければいいのに」

 絵美は穏やかな相好でユウキの肩に頭を乗せた。その表情はユウキが絵美の心をしっかりと埋められていることを示唆しているようであった。

 途中、なぜか一瞬悲しそうに眉を下げたが、すぐにいつもの柔和な表情へと戻った。だからそれはきっとユウキの見間違いなのだろう。


 しばらくするとアスレチックの方からこちらへ戻ってくる京介と浩司の姿を確認することができた。二人とも髪を乱し、服をびしゃびしゃにしている。

「ずいぶんすごいことになってるね」

「いやはや俺としたことがこのような子供騙しにずいぶんと夢中になってしまったようだ。不覚」

「いやー良い汗かいたぜー! ふぅー!」

「同じことで同じだけ楽しんでたはずなのにこの感想の違いは一体……」

 絵美は半ば呆れ顔で言ったが、どこか楽しそうだった。


「なあ、この次はどうする?」

 腕時計で夕刻となっているのを確認すると浩司が尋ねた。

「そうだな、そろそろ良い頃具合だし、食事をとって解散というのはどうだろうか?」

「俺はいいぜ」

「私も! ユウキくんはどう? さっきからぼーっとしてるけど」

「えっ? ああ、いいねぼくも賛成だよ」

「うむ、では行こうか」

「待って京介。その前にお手洗いに行ってもいいかな?」

「ああ、では待っているぞ」

「ありがとう、なるべく早く戻ってくるから」

 そう言ってユウキは駆け足気味に化粧室の方へと向かった。

 昔のことを思い出していたら少し調子が狂ってしまった。顔でも洗ってきちんと切り替えなくては。


 次のつきあたりを曲がればすぐにお手洗いだ。そう思った時、


「あれ? 進藤か?」


 ユウキは思いもよらない人物から声をかけられた。


「……久保木くん……」

 久保木正一。彼もまた学内での有名人であった。野球部で一年生の頃からレギュラーメンバーとしてエース四番を務めている。高校野球界において知らない人はいないというほど学内学外含めて有名な人物である。

 また、それだけの結果を残しながらも少しも驕ることはなく、常に質実剛健で毎日遅くまで練習に励んでいる。そのため女子からの人気も高く、練習中黄色い声援を貰うことも多々あるが浮いた話をユウキは聞いたことがなかった。

 二人の仲は悪くなかったがお互いに忙しく、クラスも離れているため今までなかなか合う機会を得られなかった。最後に顔を合わせて話したのは半年以上前のことであった。なので今こうして会うまで、ユウキはいつも遅くまで野球の練習に勤しんでいる彼の姿をグラウンドの外から見かけるのみであった。


「久しぶり、進藤。偶然だな」

 長い間会っていないにも関わらず、昨日会ったばかりのような気軽さであった。

「うん、本当に偶然。久保木君がこんなところで会うなんて思ってもみなかったよ。何か用事でもあったの?」

「ああ、実はここのショッピングセンターの中に入っているジムの会員でさ、部活が休みの日はここで鍛えているんだ」

「そうなんだ。ただでさえ人より部活をがんばっているのにすごいね」

 ユウキは素直に感心する。この人は本当に昔からすごい。尊敬する。

「もうずっとこの生活を続けているからもはやなんとも思わないな。というより多忙なのはお互いさまだろ。それに俺はまだ一人でやりたいようにやっているから良いが、そっちは大変だろう? 王子様は色々期待されているだろうしな」


 正一はからかうような目つきで言った。

「ぼくの方もそのあたりは慣れちゃってるからね、問題ないよ」

 肩をすくめて答える。本当に懐かしいやりとりだな、とユウキは思った。

「……本当にか?」

 一方で、彼はまるで何かを確かめるようにじっとユウキのことを見つめた。しかしユウキの面持ちからは何かを読み取ることができなかった。

「うん、本当本当。ぼくはぼくだからね」

 ユウキは問題など何もありはしないというかのように正一に対して穏やかな微笑みを投げかけた。

「そうか、随分見ない間に強くなったんだな」

 彼は優しい顔をしながら言った。その表情に一瞬の陰りがあったことを彼は悟らせなかったし、ユウキも気づかないふりをした。


「それじゃあまたな」

「うん、また」

「今までは若干疎遠になってしまった感じはあったが、これからはまた前みたいに話せるようになれれば嬉しい」

「そうだね……ぼくもそう思う」

「また来てくれよ。俺はいつもあの場所にいるから」

「うん、たまには顔を出すよ」

 じゃあな、と言って正一は去っていった。手を振って別れを告げる正一にユウキもそれに倣った。

 思ったより長く話してしまったな。遅れたことを皆に謝らないと。そう思ってユウキは踵を返す。


 すると、


「ユウキくん」


「うわぁ!?」

 絵美が真後ろに立っていた。ユウキは思わず後ずさる。

「えっ、絵美! びっくりしたよ」

「今の男の人は?」

「ああ彼? 彼は久保木正一君、学校で有名人だから絵美も知っているんじゃない?」

「知ってる。でもわたしが聞きたいのはそういうことじゃない。あの人はユウキくんと一体どういう関係なのかっていうこと」

 表情も抑揚もなかった。しかしそこにはしっかりとした意図を感じた。

「関係? ああ、一年生の時に結構話してたんだよ。それで今回久しぶりに会ったから思わず話しちゃったよ。ごめんね、待たせたよね? 京介と浩司にも謝らないとなー、何か奢らされそうだね」

「……」

「あれ、絵美、どうしたの?」

「別になんでもない」

 絵美からしっかりとした意思を感じた。何人たりとも寄せ付けないような拒絶の意思が。

「なんでもないって顔には見えないけど」


「なんでもないって言ってるでしょ!」


 賑わうショッピングセンターの中で突然大きな声が響き渡った。刹那、辺りがしんとなった。一拍してどよめきが広がり、それは時間が経つにつれざわめきとなり、やがていつもの日常へと戻っていった。

 ざわめきから少し遅れて絵美が自分のしたことに気がついた。そしてすぐさまユウキに背を向けて駆け出した。ユウキは彼女の予想外の行動に虚を突かれ、長い間戻ってこないのを心配した浩司たちからの着信があるまで身動きが取れなかった。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。今までうまくやってきたのに。ユウキは手のひらを痛くなるほど強く握った。


 その後、京介たちと合流したユウキは適当な言い訳をでっち上げてその日は解散とした。

 そして纏まらない思考のまま帰路についた。

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