第8話 弱虫の覚悟-③
やむを得ず鞘に手をかける
頭をずらして相手の手か足に傷を入れられれば
覚悟を決めたその瞬間
__銃声と共に鮮血が舞った__
あるディアの頬に血が飛び散る
俺に銃口を押し付けていた男は倒れた
銃声が聞こえた方を見ると、ニノがにこにこと笑い銃を構えていた
手に持っていた銃からは硝煙が出ている
「ニ…ノ…」
「あらー撃っちゃった」
目の前で男は動かなくなった、頭から血を流してそのまま
あくまで明るく笑っているニノにアルディアは恐怖を覚えた
「お前らっ…やりやがったな!!」
前の車両にいたもう1人の男が銃を構える
俺が短剣を構えるひまもなくニノが引き金を引いた
ニノの放った弾は相手の頭に当たり、相手は膝から崩れ落ちた
案の定乗客はざわめきかえった
視線は一気に集まり、怯える表情を浮かべる者もいた
ニノは何も感じていないかのように鼻歌を歌いながら男たちが持っていた銃を奪っていた
「はい、勇者さんもおひとつどーぞ」
笑顔のまま奪った銃を1つ差し出した
その笑顔が狂気にしか感じられなかった
考えるより先に思わず相手の手を弾いてしまった
銃は車両内の床に落ち、ニノとアルディアの二人は何も話さなくなった
「痛いなぁ…もーせっかくの武器なのに」
ぶつぶつと文句を言えば相手は頬を膨らましむくれ銃を拾った
アルディアはニノ腕を掴み戸惑いながらも口を開いた
「なんでっ…こんなこと出来んだよ!」
アルディアにはわからなかった
あの時撃たなくても方法はあったはずだ
なぜ躊躇なく二人も撃てるのか
何を訴えてもニノは首を傾げるだけだった
「なんでって言われてもなぁ…」
笑顔を貼り付けたままただそこにいるだけだった
目の前には血溜まりが広がっていた
足元まで血は迫っていた
腰が抜けたのか足がうごかない
相手が今、どんな顔をしているかは知らない
だがアルディアは鋭い目付きでニノを睨んだ
「殺さなくても良かったはずだ…こんなことしなくても良かったはずだ!!」
男達にもう生気は感じられない
ただ冷たくそこに転がっていた
深い、深いため息が聞こえた
もちろんため息をついたのはニノだった
「自分が殺されそうになってたのに、よくそんなぬるいことが言えるね」
後から相手の小さな呟きが聞こえた
常に笑っていた相手の目は冷たく冷血そのものだった
「相手は自分を殺そうとしてたんだよ?なのにそんなにぬるいこと言って…綺麗事だけで生きれるほど世の中は優しくないんやで」
言い終わるとまたにっこりと笑う
ニノの言うことがが正しくないというわけではない
相手が言う通りアルディアが言っていることは綺麗事なのかもしれない
それでもアルディアは人を二人も殺め、それに対し何も無かったかのように笑うニノに怒りを感じていた
「俺はあんたと違う…二人も殺して笑ってられるほど落ちぶれた人間じゃないんだ」
男達の遺体を少し動かして端に寄せておく
顔を隠すために被っていた布を裂き、顔にかけておく
今1度相手を見るとニノもこちらを見ていた
「僕があと一秒ほど引き金を引くのが遅ければ君は死んでいたんだよ?感謝こそされ恨まれる筋なんてひとつもないんだけど」
不機嫌そうにも相手は口を開いた
アルディアは唇を強く噛み、何も言い返せずにいた
そんなの分かってる
だがアルディアは認めたくなかった
この殺人を正当化したくなかった
「…もういい…何言ってもあんたは分かってくれないだろうな…」
ニノに冷たく言い前の車両に行く
車両内は静かでただ自分の歩く足音だけが響いていた
ニノは何も言わず何もしなかった
次の車両を覗くと運良く監視役はいなかった
どうやらこちらの車両にいた二人の監視役のうち1人こちらに移動していたのだろう
そっと扉を開け前に行く
一気に視線が集まる
何か怯えている表情を浮かべている人もいた
不思議に思い自身の頬にそっと触れると血がついていることを忘れていた
服の裾で擦って取ろうとするも、ほんのり赤色がのこってしまった
ルシアが見たらなんて言うだろ
そんなことをぽつぽつと考えながら前に進む
前の車両を覗くと男達の声が聞こえた
それとも特別監視部隊の声もだ
声は外から聞こえていて内容はあんまり聞こえてはこない
前の車両を覗く人がおらず無人だった
そっと扉を開けると鼻につく血なまぐさい臭い
瞬間口を押さえあたりを見渡す
よく見るとそこらじゅうに血が飛び散っていて地面には血溜まりができていた
いないと思っていた乗客は皆息をしているようには見えなかった
誰一人として動かず血が流れていた
「うっ…」
胃の中のものが戻ってきそうだ
気持ちが悪い
体が少し震え足がすくむ
また恐怖がアルディアの思考を占領した
これから自分が挑もうとしている相手に今1度恐怖を覚えた
こんなに人を殺しても平気な人間がいるなんて
吐きそうになるのを必死で抑え、息を整えようとする
__やっぱり怖いんでしょ?
ふと後からニノの声が聞こえた気がした
後ろを振り返ってもそこには誰もいない
ただ車両を繋ぐ扉が冷たくそこに立っていた
「怖くなんか…ない……俺は」
勇者なんだから
勇気を出さなくてどうする
恐怖に負けていてどうする
こんな所で屈するわけにはいかない
勇者という呼び名は正直苦手だ
でも前に進まないといけない
仲間を助けるために
人質となってここに閉じ込められている人達のためにも
深く息を吸い深呼吸をする
鉄臭いが肺の奥まで入ってくる
一つ咳払いをして前を見る
外に出るための扉は少しだけ開いていた
ゆっくり扉に近づく
先程まで聞こえていた声は気がつけば全然聞こえなくなっていた
仲間の身を案じ少しの恐怖がまた襲う
ゆっくり息を吐き落ち着かせ扉に手をかける
「力不足なのは知っている…でもここで逃げるわけにはいかない、ルシアも…今この電車内にいる人も、全員助ける…」
手にぐっと力を入れる
覚悟を決め扉を開けた
何も考えず男達がいるであろう外に飛び出した