昔は若かった
俺がご主人様…ルーに出会ったのは、それこそ物心つく前からだ。いわゆる乳兄弟だったから、生まれてからずっと一緒にいる
酒を呑みながら、あのくだらなくて楽しかった日々を思い出す。
「アーク、私は冒険者になってみたい」
「はあ?」
当時14歳、ルーは長年一緒にいるが思考が理解できない。理由を聞けば単純明快なこともあるが、あいつは基本説明をはしょるからわけがわからないのだ。
「書類整理に飽きたのか?」
「それもある」
あるんかい。まあ、ルーがそんなことを言えるのは、公爵を継ぐまでだ。俺もルーへの態度も改めなきゃいけない。今だけだ。こんな風にしていられるのは。
「わかった」
当時既に俺自身は冒険者登録をしていた。ルーを登録させ、適当な依頼を受けようとしたら、聞きなれた声がした。
「だから、私は誰とも……あら?ルー様、アーク?どうしましたの?」
「マーサか…」
「お前…まさかお前もマーサが好きなのか!?」
いきなりルーにからみだすルドルフさん。俺とは顔見知りだが、ルーとはこの時初対面だった。
「……………姉みたいなものだ。親愛という意味なら好きだ」
「あら」
「マジで!?ルー、俺は!?」
「…弟みたいなものだ。親愛という意味なら、好きだ」
「ぶふっ」
「納得いかねぇ!お前を散々フォローしてんの、俺だろ!?」
必死で抗議する俺に、ルーは無表情にしか見えないが、わずかに困惑していた。
「しかし、アークの方が小さい」
「お前がでかすぎるんだよぉぉぉぉ!!」
当時既に175㎝だったルーに比べれば、155㎝の俺は小さ…………慎ましいサイズだっただろう。今?172㎝はあるぞ!ルーがでかすぎるんだよ。俺は平均なんだよ!
「笑うな、姉ちゃん!」
「………?何か面白いのか?」
天然なルーに腹が立って、頭をはたいてやった。今では考えられないが、この時まだ俺たちは子供で、立場も対等だった。
「で、何故こちらにルー様が?」
「ああ、冒険者登録をした。お勧めの仕事はあるか?」
「や、やめ……「ありますわよ。それなら私とパーティーを組んだらよろしいのですわ」
場がしんとした。ギルドの皆も知っている。赤い悪魔こと、俺の姉は誰ともパーティーを組まないことで有名な冒険者だ。今はルドルフさんが熱心に口説いているが…毎回冷たく断っている。
「決闘しろ!」
ルーにルドルフさんが手袋を投げつけた。うん、ややこしくすんなよ、姉ちゃん!!
「ルドルフ!ルー様に何をなさいますの!?ルー様はまだ14歳でしてよ!?」
「…………はあ!?」
ルーは見た目から老けてみえる。無駄な威圧感と無表情と高い身長で、20代に間違われる。
「受けて立つ」
「受けんなよ!ルドルフさんはAランク冒険者だぞ!?」
「腕試しに丁度いい」
仕方ないからヤバそうならむりやり助けようと思った。
そして、結果は…………
「くっ……」
「ぐぁ……」
ダブルノックアウト。つまり引き分けである。ルーはルドルフさんにまったくひけをとらず、互角だった。そして、互いの頭を殴り合い、ぶっ倒れた。
「がっはっは!ガキなのにやるじゃねえか!」
ルーはすっかりルドルフさんに気に入られてしまった。頭をグシャグシャ撫でている。
「あんたもな」
無表情に見えるが、ごく僅かにルーも笑っている。
「もう!ルドルフのせいでパーティー登録ができませんでしたわ!」
逆に、うちの姉は不機嫌………もしや姉ちゃん…嫉妬か?
「もう明日でいいじゃん」
「今日登録して早速絶望の洞窟に「待てや」
「なんですの?」
「馬鹿姉!脳味噌筋肉女!!ルーが死んだらどーすんだ!」
絶望の洞窟って、Aランク冒険者かそのパーティーメンバーしか入れないとこじゃんか!
「なんですって!?」
思わず全力でツッコミしたが、即座に後悔した。殺される。キレた姉をどうにか宥める方策を考えるが、思いつかない。
「マーサ」
「……ルー様、ちょっと愚弟をシメ…………指導して参ります。お待ちくださいませ」
「ルー!助けて!」
「マーサ、ルドルフもパーティーに入れたい」
また、周囲が静まり返った。期待に満ちたルーとルドルフ。
「ダメか?」
ルーに得意の風魔法で助言してやった。僅かにキョトンとしたが、ルーは姉ちゃんの前で膝をつき俺の指示通りの台詞を告げた。
「姉さん…ダメか?」
首をかしげるルー。今はお嬢様や坊っちゃんにメロメロだが、昔の姉ちゃんはルーをそれはもう可愛がっていた。
「ルー様がおっしゃるなら仕方ありませんわね」
こうして、俺達はパーティーとしていろんなところを旅した。
「もーちょい考えろよ!」
「すまん」
「悪かった」
「…仕方ないじゃありませんの」
ルーだけでも何やらかすかわかんなくて、面倒見るの大変だったけど……ダメな大人も追加され…そのうち赤い悪魔姉弟とか言われてた。
赤い悪魔とは、戦場で血塗れになりながらも厭わず戦う姉に贈られた称号である。
俺は姉ちゃんみたく血塗れになったことねえから!!と声を大にして言いたい。
「よ、隣いいか?」
「おー、久しぶりだな」
まったり呑んでいたら、トーマス…今の冒険者ギルドマスターが隣にきた。
「お前ら、ルーファスんとこで働いてるんだって?」
「おー」
トーマスとは少しの間だけパーティーを組んだ。奴のおかげでツッコミの負担は軽減されたが、非常識人と居すぎたせいで俺も非常識枠に入っていたのは苦い思い出である。
昔話に花を咲かせつつ、穏やかな夜は過ぎていった。




