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終焉への反抗者《レジスタンス》  作者: 獅子王将
適応能力試験、襲撃
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第27話『二章幕間①』

数年前。

丁度その年は、『日本都市』で妙な事件が重なっている時だった。

自警団の団員数人が城壁の外で見張りをしていると、森の奥から2人__およそ10歳前後程度の子供が現れたのだ。

その2人は少年と少女。見た所、兄と妹なのだろう。2人はあちこちが傷だらけで、兄におぶわれている妹の方には意識がないと見える。兄の方も意識朦朧と言った様子で、もはや足取りがおぼつかない状態。よくここまでたどり着けたものだと思えるほどだった。

「おい、君達、大丈夫か⁉︎」

「この傷、かなり酷いぞ……」

見張り中の団員のうち2人が子供の元へ駆けつけてきて支える。そして団員たちは、少女の方に意識がないということに気がついた。

すると少年は、団員の服を掴んで、なんとか意識を保ちながら、辿々しい口調で懇願する。

「お願い……妹を、助けて」

「……」

「もう、何日も、目を開け、ないんだ……。俺の、ことはいいから、妹を、助け、て……」

それだけ言うと、少年はすべての力を使い切ったのか、気を失ってしまった。


そして、少年の妹は、未だに目覚めていない__。




森の中に、二つの影が降り立った。

黒いローブに身を包んだ男らしき人物。

彼らは、周囲を見渡す。

その森には、激しい戦闘痕が残っていた。それもまだ、ここ最近出来たばかりの、新しい痕。

だが、死者の姿はなく、生者の気配もない。

魔族は死ぬと、黒い塵となって消えて行くというが、その原因は、制御を失った魔属性魔力が肉体を侵食して破壊するからなのだ。

そして、辺りにはまだ、黒い塵が僅かに舞い散り、濃密な魔属性の魔力の残滓があった。

こうして得られた情報から言えるのは、一つしかない。

即ち__

「完敗、のようだな」

「そのようですねぇ」

周囲の様子から、そう結論づけた2人の男__どちらもマッドだった。初めの声の主よりも、後から続いた声の主の方が背は高い。とは言え、この2人は背が高い低いと言う問題ではない。背が高い方は2メートル近くあるが、もう1人も軽く180以上はある。

背の低い方のマッドは、目の前の状況を把握すると、すぐに回れ右をしてその場から去ろうとする。後に続くように、もう1人のマッドも歩き出す。

「もう引き返すんですかぁ?」

「これだけの情報があれば、今回は十分だ」

そう言っておきながらも、マッドは冷静に考える。

確かに強い魔導師というものは存在するが、今回の進軍、魔王軍は全滅したのに対して、魔導師たちの死骸は見当たらない。

どうやら、今回派遣した者たちは、任務をまるで遂行出来ていなかったようだ。

他に感じ取れた魔力からもわかる。どうやらとんでもない化け物が来て、それが今回の惨敗の要因となったのだろう。魔力の残滓から、それくらいはわかったのだ。

そして彼はその魔力の残滓に覚えがあった。恐らく、隣の背の高い方のマッドは知らないだろうが。

ともかく、それ以上のことは、流石に痕跡だけではわからないのが口惜しいところではあれど、仕方がないと言えばそれまでだ。

内心の悔しさを表に出さず噛み締めていると、もう1人のマッドが高揚した様子で提案をしてくる。

「主よ、次は私にいかせてはもらえないでしょうかねぇ」

「……貴様がか?」

「ええ。もちろん、同じ失敗は繰り返しませんし、ヘマをするつもりは毛頭ございません。そろそろ私めの実験も実践段階に移したいのですよぉ」

「ふむ……」

どうやら格上らしい背の低い方のマッドが、考え込むように口元に指を添える。

次に、もう1人のマッドの方を見た時、彼からは凄まじい威圧感プレッシャーが放たれていた。

「こんな事があった後だ。もしもしくじればどうなるか、覚悟はできているだろうな?」

「っ、……ええ、それはもちろん。しくじるつもりなどありませんしねぇ」

「……ならば好きにするといい」

相方の答えを聞くと、彼は威圧感を消して背を向けた。

その背に、背の高い方のマッドが声をかける。

「どちらに?」

「無駄に長居したくないので、いい加減帰る。さっきも言ったが、とりあえず情報は最低限得られたからな。お前もさっさとこの場を去ることを推奨する」

そう言って彼は、本当にその場から、颯爽と立ち去ってしまった。彼がいなくなったのを見計らったかのように、残されたマッドは口元に弧を描く。

「何れ、あなたも出し抜いてやりますとも」

その言葉を聞いているものは、誰1人としていなかった。




都市城壁の内部。

自警団本部の地下に、二つの足音が響いていた。

共に歩いているのは、団長と学園長の柚葉だ。

柚葉が、少し怯えたように団長に問いかける。

「あの……私も参加してよかったんですか?」

「いや、俺の判断でお前を引っ込めていたが、本来学園長は参加するもんなんだよ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。別に前回が特別だった訳じゃない。まあ、区切りがよかったのは事実だかな」

2人が話しているのは、これから行われる会議のことについてだった。魔王争奪戦直後に行われた会議で、柚葉は初めて会議に立たされた訳だが、以前はそれに関わっていたゆえに責任を問われ呼ばれたというだけのこと。

だから、柚葉にとっては事実上、今回が初めての会議の参加となる。この国の根幹を支える人々と再び顔を合わせることになるのだと思うと、緊張を覚えずにはいられない。

「そう緊張するな。今後も参加するのだから、自分がいて当然の場所と思えばいい」

「そうは言ってもですね……」

などと言っていると、会議室の扉の前に到着した。

「心の準備は問題ないか?」

「……はい、行けます」

気遣うような団長の言葉に、若干の申し訳なさを感じながら、深呼吸を一つして、落ち着きを取り戻す。

その様子をみた団長は、満足そうに頷くと、扉に手をかけて静かに開けた。

瞬間、淀んだような空気が会議室の中から流れ出てきた気がして、思わず柚葉は身構えた。

最初に口を開いたのは誰か。2人の姿を確認すると、見覚えのない初老の男性が、厳かに口を開く。

「遅いぞ。自警団団長が随分と遅れてくるものだな」

「悪かったな。こっちは貴様らと違って忙しいんだ」

「……ふん、相変わらず気に食わんクソガキだな」

その会話を、柚葉はヒヤヒヤしながら、団長の背後の少し離れた位置から見ていた。

特に今の団長の一言は、相手を怒らせかねないものだったように思えたが、初老の男性は不機嫌そうに鼻を鳴らし、悪態をついただけだった。

これが常なのだろうか。だとしたら、見ているだけで胃に穴が空きそうな空間である。

団長が、出入り口のすぐ目の前の空席に腰を下ろす。それに習って柚葉もまた、団長の左隣の空席に腰を下ろす。すると、団長の右隣に座っていた副団長の1人、瑠衣が柚葉に向かってにこやかに、軽く手を振ってきた。それだけで柚葉は、何となく精神的に楽になった気がしていた。

「さて、それじゃあ始めようか。とりあえず色々と話はあるが__」

団長の前置きで、再び空気が引き締まる。


「まずは、最近あった例の襲撃の件について__意見を交わそう」




議題に上がったその襲撃があったのは、2週間ほど前の事だ。

1人のマッドが、ギガントの大群を従えて日本都市へと攻めてきた。

それは丁度、高等部一年生の小隊試験中で、結界内に取り残されたものもいた。そんな中、勝ち残った小隊が手を組んで協力し、死力を尽くしてくれたお陰で、救援も間に合い、こちらは怪我人は出たが、死人は1人も出さずに相手を殲滅しきった。

それだけなら、どうと言うことはない。無事に敵を返り討ちにして、全員で生還しましたとさ、めでたしめでたし__で済むような問題だ。

だが、今回の襲撃には、幾つか不可解な点があった。

まず、そもそも結界内に入り込んでくるはぐれ魔族の数が今までと比べて格段に多かったのだ。それだけではなく、その個体一体一体が普通より強かった。これも多少程度に違いはあるのだが、他にもおかしな点はある。

例えば、何故あのタイミングを狙って襲撃してきたのか。

その場に居合わせた将真たちから聞いた話から想定すると、恐らくギガントは襲撃よりも前から潜伏していたと思われる。少なくとも、初めの50メートル級数体は確実にそうだ。その証拠として、将真たちの話にあった地震がある。

この地震はどうやら、襲撃以前から僅かにあったらしく、この地震が最も大きくなった時に、山が割れて、そこからギガントが現れたと言う。自身の原因は間違いなくそれだろう。

では何故、あのタイミング__つまり、7日目を狙ったのか。

この時期に試験があると言うことは、何度か偵察に来ていればわからないことはないだろう。だが、偵察しているところを見つかれば、撃退される可能性が高く、7日目をあえて選ぶ理由はない。結果として、丁度帰って来ていた副団長の1人、鷹虎に救援を頼むことができたわけだが、本来なら7日目と言うのは、試験が佳境を終えて、生徒の数が確実に減っていて、かつ疲労も溜まっている時期なのだ。

それを知っていたと言うのは考えにくい、と言うか考えたくもない事なのだが、あのタイミングを狙って来たと言うことは、知っていたと言う可能性が高い方。

ここで最後の疑問に辿り着く。すなわち、何故それを知っていたのか、だ。

だが、ここまで来て仕舞えば、およそ推測だが答えが出てしまうのだ。


「と言うことは……」

「ああ。十中八九、花橘の連中が差し向けたんだろうな」

団長は、頭を抱えそうな勢いでため息をつきながら、そう結論づけた。

この場にいるほとんどのものがそう考えているだろう。柚葉は、自分の隣の空席に目を向けてしまう。そこは本来、副団長最後の1人、花橘の次期当主である苛折が座っている席だった。だが、今彼女はここにはいない。それどころか一族のほとんどが今、『日本都市』にいないのだ。

恐らく、彼女たちが都市の外で魔族に情報を流し、彼らを唆したのだろう。一体、何が目的なのかは知らないが。

そして、そんな考えが顔に出ていたのだろう。団長が苦笑を浮かべながら言う。

「花橘の連中が、何故いないのか気になるか?」

「ええ、なんと言うか、不安で……」

柚葉もまた、一度苛折に唆されて、弟である将真を殺そうとした経験がある。

その件に関しては、精神的に弱かった自分自身が悪いとはいえ、解決した問題であっても、花橘という一族に対しての警戒感が植え付けられるのは仕方がないことだ。故に、彼らの動向が見えないと言うのも不安なのだった。

だが、団長は慣れた様子で話し始める。

「別に、初めてのことじゃないんだよ。大きな問題を起こすたびにこれだ」

「え……?」

「あいつは、あいつらは、自分たちがやっていることをわかっているんだ。わかっていてやっているんだ。それで、叩かれる事が、裁かれる事がわかっている。だから都市を出るんだ」

「だったら、なんであの人たちは、今までもこの都市に入られたんですか? そんな事したら、普通に考えて追放されてもおかしくないんじゃ……」

何故、わかっていながら、私利私欲のために罪を犯し、都市から逃げる花橘を、受け入れ続けるのか。柚葉には理解できないが、何か理由でもあるのだろうか。

理由はあった。それは、団長の口から告げられる。

「あいつらは、自分たちが犯した罪を帳消し、もしくは減刑できるレベルの

都市にとって有益な情報を持ち帰ってくるからだ」

「……有益な、情報? そんな事で、罪が軽くなるって言うんですか? 魔王争奪戦の時だって、一体何人の死者が出たと思って__」

「言いたいことはわかるが、とりあえず詳しい理由を話す前に、それは違うと言っておこうか」

「違う……?」

団長の言葉に、半ば対抗意識すら燃え始める。自分は何も間違ったことは言っていないはずだ。何が違うと言うのか。

「だって、花橘が原因で、あの戦争は起きたんじゃないですか!」

「そうだ。原因は花橘だ。だが、そもそも戦争に原因はつきものだ。単純な殺し合いならともかく、戦争にまで発展するものには、私利私欲のみではない原因がある。それに、戦争に決まった時期はない。いつ何処で、どんな規模で発生するのか。そんな物は起きてから出ないとわからない。たとえ何が原因であれ、戦士が死ぬのは原因のせいではなく、力不足か相手の策略が上回ったかだ」

「……」

「戦争で死者が出るのは当たり前で、そこに何かしらの思惑が飛び交うのも至極当然。その覚悟もない奴が、戦場に立ってはいけない。つまり、死んで言ったものには、その覚悟があった。まあ、ない馬鹿もいたかもしれないが、それはそれで自業自得として、その死因を花橘のせいというのは、死力を尽くして、最期死んでいった彼らに対して失礼だろう?」

「……すいません」

完全に論破された形となった柚葉は、反論もできずにただ、謝罪を口にした。納得はいかないが、彼が言うことも事実だ。それは、何度も戦地に赴いた経験のある柚葉もわかっていた。

柚葉の様子を見ると、団長は小声で、

「納得しなくてもいい。とりあえず今、飲み下せれば、それで十分だ」

「……はい」

「よし、じゃあ話を戻そう。有益な情報というのは、神気霊装の元となる神話の新たな情報や、貴重な資源、そして、魔王軍や魔王そのものに関する事柄などなど、その種類は数多い。と言っても、具体的な事はこれだけでは理解できないだろうが……それは、本人の口から直接聞いたほうが早いだろう」

『……っ⁉︎』

一瞬、その場にいる全員が、団長のいった意味が理解できず、理解したと同時に息を飲んだ。すると、ただでさえ薄暗い部屋の中、その更に真っ暗な部屋の片隅から、唐突に苛折が姿を現した。

「あら、流石団長、よく私がいるとわかりましたね」

「ちゃんと持ってきたんだろうな? 有益な情報を」

「ええ。もちろんそのつもりですわ。ただ、少々きになることがございますが、よろしいですか?」

「……言うだけ言ってみろ」

「何故ここに、序列5位の出雲藍さんがいるのでしょうか? 彼女はこの会議に参加できないはずですが?」

苛折の疑問を耳にすると同時に、そう言えばと柚葉もまた、疑問を抱いた。

自警団団員として参加できるのは、団長と副団長の合わせて4人。柚葉は学園長であるため例外だが、普通、序列5位の藍がいるのはおかしい事だ。

だが、これも団長はわかっているらしく、その事かと一つ頷いた。

「それも議題の一つだ。気になると言うのなら先に話しておこうか」

団長がそう言うと、静かに藍は立ち上がる。

「本日付で私、出雲藍は、序列3位へと昇格、副団長に着任いたします」

『なっ……』

「あらあら……それはつまり、私は副団長解任ですか?」

藍の宣言を聞いた全員が、同じように驚きに包まれ、苛折の眼からは、鋭い眼光が放たれる。

誰もが同じことを思っただろう。これだけの事をして、副団長の座にまだ居続けるなどと、誰が許すだろう。そして団長は、それを否定した。

「いいや、お前にはまだ働いてもらうさ。今回の件、お前たちはやりすぎたが、情報次第では謹慎程度で済ませてやる。もちろん監視をつけてだがな。副団長の名を解任したのはお前ではなく、鷹虎だよ」

その瞬間、全員の視線が鷹虎に集まる。どうやら彼は驚いていないようで、むしろ団長と同じように訳知り顔だった。

そして鷹虎が口を開く。

「おかしいと思わなかったのか? 俺は副団長だ。普通に考えて、あの結界の中で試験中だった生徒たちを助けに行くという、干渉しすぎなレベルの事をできるはずがないだろう?」

「そ、そう言えば……」

「正直、俺は1人で戦うほうが得意なんだ。それに、それなりに実力のある、後継人にも目星はついていた。だから俺は、団長に頼んだのさ。『副団長の名を解任してほしい』と。これで俺は自由に動ける。次はもっと早く、今回のような襲撃に対応できるだろう」

「なるほど、そういうことか……」

初老の男性が、納得したように口を開く。確かに、彼ほどの実力者が自由に動けるというのは、安全面でも非常に高い効果を生み、また魔族たちがそれを知った時の抑止力に繋がる。彼の戦闘能力は異常というレベルで高いが、指揮能力という点では、彼より優れた序列上位者は多くいる。それが序列5位だった藍ならば、問題なく任せられるだろう。

だが。

「本当によろしいんですか? 私を裁かなくて」

「本当に裁こうと思ったら、お前の一族を何度滅ぼしても足りないさ。そしてそれを回避するための情報だろう?」

「あらあら……本当に団長は、素敵で、どうしても苦手ですわね」

微笑みながらそんな事を口にする苛折。腹黒で知られる彼女の底は、団長ですら測れない。

「では。今回、私が得てきた情報は、魔王の目覚めに関する情報。そして、新しい遺跡__7つを発見してきました」

「なにっ……」

「ほう」

初老の男性が驚きの声をあげ、団長もまた、意外そうな声を漏らした。

魔王の目覚めに関する情報は、かなり貴重なものだ。加えて、7つの新たな遺跡。遺跡には貴重な資源や古代の情報が多く眠るところだ。確かに、彼女が持ってきた情報、その価値は大きい。

「話すと長くなりますので、書類を団長に提出しておきます。読んでおいてくださいね」

「了解した。俺からの議題は以上だ。他に何かあるか?」

沈黙。

どうやらこれ以上、他に意見や話が出ることはどうやらなさそうだ。

「よし、今回の会議はこれで終わりとしよう。各自解散」

その締めの言葉で、厳かな雰囲気に包まれた会議は終わりを迎えた。

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