第24話『抵抗戦』
迫り来る6体の『巨人種』。歩みこそ遅いものの、その異様な光景に舌を巻きながら、将真はその視線を隣の人物に移す。
「それにしても、遥樹たちは何となくそうだろうと思ってたけど、杏果たちまで冷静だとは」
「あんたもね。とはいえ、これでも動揺してるのよ?」
将真の素朴な発言に、杏果が少し疲れたような表情で答える。それに続くようにして、響弥が苦笑を浮かべて言う。
「まあ確かに、50メートル級のギガント6体っていうのは相当絶望的だけどよー」
「私と響弥は力には自信あるからっていう、まあ、よくわからない自信のお陰かな?」
事も無げに話す2人を、将真は変なものを見るような目で見た。先ほどまでこの場にいたものは、将真以外は皆、諦めていた。高位序列者の虎生ですら絶望しているというのに、そう言ってのけた2人の感性が異常に思えたからだ。
「そんで、静音はこういう性格だから、意外と平気みたいなんだよ」
「こういう性格って何さー。まあ私は多分将真と同じだよ」
「俺と?」
「うん。ぶっちゃけ、状況のヤバさがわからない」
「うっわ、ほんとだ」
静音の発言に驚きながらも同意、ついでにどれだけ切迫した状況なのかがわかってないことを自白する形になった将真。その事によって何人かが若干白い目を向けてくるが、将真は軽く咳払いして、遥樹たちにも問いかける。
「お前らも、どうしてそんな落ち着いていられるんだ? 俺とは違って、状況がどれだけヤバイのかってわかっているんだろ?」
「もちろん。だが、僕にはこの状況、諦めるほど絶望的だとは思えない。そもそも、風間の名にかけて、逃げるという選択肢はない」
「……私はまあ、遥樹が戦うって言ってる以上、一緒に戦うだけだし」
遥樹の台詞に少しだけ馬鹿だと思いながらも、続く紅麗の言葉も含めて予想の範疇と言えるだろう。将真が驚かされたのは、遥樹のもう1人の小隊仲間、真那の台詞だった。
「大丈夫。私はいざとなったら逃げる。万事問題なし」
「いっそ清々しいな、お前⁉︎」
親指を立てて、無表情だが気持ちがいいくらいに言い切る真那に、将真は思わずツッコミを入れる。
だが、その選択肢は将真や虎生たちの中にもあったのだ。逃げ切れる保証がないために却下した意見だったが、そう口にしたということは、彼女は逃げられるということだろうか。
それはそれとして。
「悪いけど、逃げるのはなしだ。さっき柚姉……学園長から緊急任務が入って、5分でいいからギガントたちを『日本都市』に近づけるなって」
「なるほど、時間稼ぎしろってことね……」
「えぇー、逃げちゃダメ?」
「駄目だって今言っただろ」
嫌そうな顔をする真那に、呆れたように繰り返す将真。
その側で剣を抜いた遥樹。ギガントが、もうかなり接近していたからだ。
「ふむ……片桐将真。なぜ5分なのか聞いても?」
「ああ。なんか、序列6位の……透の兄貴が来るらしい」
「暁透の兄、という事は……あの人か」
「知ってるのか?」
「ああ、知っているとも」
将真の問いかけに、深く頷く遥樹。微笑を浮かべ、目には尊敬の色が見て取れた。
「数えられる程度だが、何度か手合わせしてもらったことがある。と言ってもまだ小さい頃だったからまるで敵わなかったが……あの頃と変わりないか、或いは成長しているというのなら、あの人は強いよ」
「お前がそこまで言うほど、か」
「ああ。実力はもちろん、精神的にも。僕が尊敬している人間の1人だよ」
しみじみと語る遥樹の様子は、今まで見たことがない、あまり彼らしくない雰囲気があった。
有体に言うと、少し子供っぽさが顔を出した一面だった。まるで、ヒーローに憧れる少年のような。
「さて、片桐将真」
「……あ、ああ、なんだ?」
「この後はどうする? この分だと、ギガントとの接近まで1分前後だ」
「ぐっ、そうだな……」
「__ちょっといい?」
自分から言い出したこととはいえ、どうすると聞かれても何もプランを考えていなかった将真が苦い顔で呻く。そこに、手を上げて口を挟んだのは美緒だった。
「あの6体のうち1体を、莉緒に頼みたい」
「……は? 自分っすか⁉︎ ていうか、その口ぶりからして、まさかの1人で⁉︎」
当然、莉緒は戸惑いながら嫌そうに声を上げる。驚いたのは将真たちも同じだ。1体だけでも、ギガントを1人で相手取るのは相当リスキーだ。
だが、美緒は抗議を受け付けるつもりなどないと言いたげに、強引に話を続ける。
「今から『共有』するから、指定の場所に誘導するだけでいい」
「いや、だからちょっと待っ__」
莉緒がオーバーな動きで抗議を続けようとするが、不意に美緒が莉緒のネクタイを引っ張って、顔を近づけて額を合わせた。
この瞬間、莉緒と美緒以外には、何が起きているのかわからないだろう。
今、この2人の間で行われているのは記憶の共有だ。無論、簡単にできることではないが、莉緒の脳裏には、共有されたとある場所が映し出されていた。
「__うん、これでオッケー」
「オッケー、じゃないっすよ! ここに誘導してどうするっていうんすか⁉︎」
「説明してる時間はない。……お願い莉緒、私を信じて」
「っ……、でも、誘導にしても、あのレベルのギガント相手に1人ってのはちょっとしんどいっすよ?」
美緒の懇願するような表情に、息を詰まらせながらも、莉緒は反対気味の意見を口にする。
「じゃあ、ボクもいくよ」
膠着しそうなその場ですぐに名乗りを上げたのはリンだった。
「おい、リン?」
「莉緒ちゃん1人に任せるなんてダメ。それに、不調のボクがここにいても足を引っ張るだけだろうし……。だから、莉緒ちゃんと一緒に行くよ」
「いや、でも……」
将真は、リンを止めようとして、だが何も言葉が浮かばず口籠る。
確かに莉緒1人でギガントを誘導するというのは、危険はあれど適任であることも確かだ。彼女の速さならば、相手の攻撃をうまく避け、目的の場所に誘導できるだろう。だが、リンが加われば話は別だ。無論、リンがうまく動けるのであれば危険は半減し、誘導しやすくなってむしろ好都合ではある。しかし、彼女自身が公言したように、リンは今、不調の最中にある。下手をすれば、どこにいようと危険性は変わりないのだ。
だが、止める言葉が見つからない。
今のリンではここにいても足手纏いになってしまう可能性が高いのも事実なのだ。かといって、莉緒たちと行くのも危険。一体、どうするべきなのだろうか。
そんな時、更に2人が名乗りをあげる。
「そういう事なら私も行くわ。あんなの相手じゃろくに虎生のサポートもできそうにないしね」
「ここは多才さに定評のある私も協力させてもらうよ」
「初めて聞いたわ」
自分で言ってしまった静音に突っ込みながらも、将真は僅かに安堵を覚えた。
莉緒にリン、実、静音。高等部1年生の中では、それなりに腕に覚えのある彼女たちだ。
まともに戦うならともかく、誘導だけというなら十分だろう。
美緒が自然で遥樹に了承を求めると、彼は静かに頷いた。
「じゃあ、頼めるか?」
「……仕方ないっすね。まあ1人ではなくなったし、やるっきゃないみたいっすしね」
「よし、行こう」
リンの言葉に、莉緒たちは頷く。彼女たちが出発しようとしたその時、美緒が莉緒を呼び止める。
「莉緒!」
「ん、なんすか?」
「……気をつけて」
「そうっすね。……武運を」
それだけ告げて、今度こそ彼女たちは出発した。
「さて……」
集まった戦力は3人小隊が5つで計15人。その内2人ダウンで、さらに4人が今抜けた。残る人数は9人。敵の数は5体。
「残りは大体……30秒くらいかしら?」
「くっそ、どうする……⁉︎」
将真は焦るように声を震わせる。
ここにきて、何一つ思いつかない。将真はまだ、魔導師としての経験が足りないのだ。戦うだけなら簡単だが、作戦を考えるというのは、元々得意ではない事もある。
__何か、何か策を考えなければ。
すると、焦る将真の肩に、不意に手が置かれた。後ろを振り向くと、遥樹が真剣な表情で将真をみる。
「片桐将真。やはりたったの数カ月でそこまでやれる君は優秀なのだろう。よくやったと言えるレベルだ。だが、今はまだこれ以上は望めない」
「それは……」
「だから、ここからは僕に任せてもらえるかな?」
「……そう、だよな」
それが、この場で最も賢明な判断だ。
学年トップ、ともすれば学園最強の剣士である彼なら、戦闘経験や身につけた知識など、あらゆる面において将真を上回る。大して頭の回るわけでもない将真が司令塔を受け持つよりも、遥樹がやった方が余程いい。
「まだ俺には、荷が重いかな。それじゃあ……任せた」
「うん。じゃあまず、残りの5体の内4体を直接相手するのは、僕と虎生、将真、杏果。美緒、響弥、透、真那は後方支援に専念してほしい。これはあくまで時間稼ぎだからね」
「……残る一体は?」
「もちろん、私が相手するわ」
怪訝そうに問いかける将真に答えたのは、遥樹に呼ばれず残った1人の紅麗だ。
「……お前、確か莉緒より序列低いんじゃなかったか? 1人で相手とか大丈夫なのか?」
「なめないで欲しいわね。私の序列は文字通りのものじゃないもの。それに、魔族の事は魔族の方がわかってる」
強く言い切る彼女を前に、そういうものかと将真はいまいち納得しかねる表情を浮かべる。その時、地響きが大きくなっていくのを感じた。
「ギガントと接触まであと10秒。カウントダウンでもする?」
「しなくてもいいよ。それより鬼嶋美緒。まずは君の役目だ」
「私の役目?」
「そう。やる事は一つ。君の力の限りで、ギガントたちの足を止めるんだ」
遥樹の作戦を聞いて、美緒は軽く首をかしげながら次の問いを口にする。
「どのタイミング?」
「紅麗が飛び出したと同時__」
遥樹がそう口にした直後、痺れを切らしたように紅麗がギガント目掛けて疾駆していった。
だが、これも作戦のうちだ。
「紅麗が吸血鬼の力を発現させて、1人ギガントの前に飛び出す。瞬間、接近する強力な魔属性魔力に、奴らは感づいて視線をそちらに向ける」
遥樹が作戦の説明を進める。そしてそれは思い通り、ギガントたちの視線が紅麗に奪われる。
「今__!」
「わかったわ。__“コキュートス”!」
その技の名を口にし、放たれた途轍もない冷気が地面を伝って行く。そして、ギガントたちの足を止めたかと思うと、その足元からみるみると氷が登っていき、ギガントたちの半身を氷付けにした。氷の所々に、氷で作られた青薔薇が伸びている。
それを確認して、遥樹が頷き、次の行動を支持する。
「よし、この隙に攻撃だ。できれば倒してしまいたいけど、可能な限り大きなダメージを与えるんだ」
言いながら、遥樹が腰の剣を抜き、魔力を込めて構える。
虎生も短刀二本を逆手に構えて腰を低くして臨戦態勢だ。同じく杏果も、最も力の入りやすい状態で臨戦態勢にある。
将真は、本来使うつもりのなかった『魔王』の力を顕現。右手に握った剣の刀身が、光も通さないほど黒い瘴気に包まれている。
「行くぞ__攻撃、開始!」
遥樹の指示のもと、虎生、杏果、将真が支援を受けながら飛び出して行く。
そして莉緒たちは。
「うわっと⁉︎ でかいだけあって、攻撃範囲広すぎるっすよ全く……!」
「それは言ってもしょうがないね」
握りつぶすように伸ばされるギガントの手をかわしながら、必死の形相で愚痴をこぼす莉緒。それに答えたのは静音だ。
「リンちゃん、大丈夫?」
「うん、調子悪くてもこれくらいなら__きゃあっ⁉︎」
実の呼びかけに余裕を見せて答えるリン。その直ぐそばを、ギガントが蹴り飛ばしていく瓦礫が幾多も飛んできて、思わずリンは悲鳴をあげた。
4人もいれば、それだけ注意も分散できる。そのお陰で彼女たちは、予定通りに、例の場所に誘導できている。
「それにしても、いったいそこに何があるっていうんすかね?」
「うーん……。時間がないのはわかってたけど、聞いてくるべきだったかもね」
無造作に伸ばされる手や足、そして飛んでくる瓦礫や自然の破片をかわしながら、疑問を口にする莉緒とリン。
走り続けて1分くらいだっただろうか。これでだいたい2分くらいの時間は稼げた。
そして、例の場所が直ぐに迫って、莉緒は表情を歪める。
特にこれといったものが見当たらなかったのだ。
「……そういえば、誘導したはいいとして、その後は何をどうすればいいんすかね?」
「あ、そうだね。何も聞いてなかった……」
見ればわかる類のものだと思っていたのだが、目の前に広がるのはただの森だ。
焦りは禁物、という言葉を噛み締める事となる莉緒。そんな状態だったからこそ、気づくことができなかった。
「莉緒、危ない!」
「え__?」
静音の叫び声に振り向いた莉緒の背後。直ぐ目の前に、ギガントの手が迫っていた。
「っ、__⁉︎」
無造作に振り下ろされたその手に当たった瞬間、凄まじい速度で莉緒が吹き飛ばされ、森の中へと落ちていった。
「莉緒ちゃん!」
リンが悲鳴のような声をあげて、莉緒が飛ばされた方へと向かおうとする。
一方、地面まで落とされた莉緒は、痛みに堪えながら起き上がると、何かに気がついて大声で叫んだ。
「みんな、その場から離れて! 危ないっす!」
「えっ⁉︎」
リンたちは、驚きながらも、ギガントに注意してその場を離れる。次の瞬間、地面が広範囲にわたって強い輝きを放ち__
ぶつかり合うギガントと魔導師。
遥樹は光の剣を持って、ギガントの力を正面から抑え込んで、均衡を保っている。
虎生は高速でギガントの周囲を移動しながら雷を帯びた刃で切りつけていく。
杏果も、自慢の力で迫り来るギガントを後方へと押しのける。
紅麗は、血を用いた能力で、器用にギガントの動きを阻害したり、動きを止めたり、攻撃に転じたりしている。
そして残るは将真だが。
「__ぐぇっ!」
「ひゃっ」
『魔王』の力は制御しきれず、本来の力を発揮できない。熟練の魔導師であったなら、『魔王』の力を使わないほうがむしろいいくらいなのだが、まだ今の将真では、『魔王』の力を使ったほうが強いのだ。強いのだが、使いこなすのは到底無理な話で、ギガントに吹き飛ばされた将真は、見事に美緒たちの直ぐそばに落下した。
はたから見れば唐突だったため、当然美緒は驚いて悲鳴をあげる。
「いってぇ……」
「……将真さん、大丈夫?」
「まあ平気だよ。この力、丈夫さだけなら素直に喜べるな」
将真の言う通り、制御しきれない力ではあれど、肉体が強化されていることに変わりはなく、確かにその面だけ見ればプラスではあった。
「にしても、俺だけ足手纏いか……」
「そんなこともないと思うけど」
ボヤく将真を傍目に、美緒が気休め程度の慰めを口にする。もしかしたら、彼女にそんな気はないのかもしれないが。
__戦いが始まって、1分ちょいか?
だとすれば、相当早いギブアッブマである。無論、そんなつもりは毛頭ないのだが。
再びギガントたちに立ち向かおうとして、将真はふと思い出して、美緒に問いかける。
「……なぁ、美緒」
「うん、どうしたの?」
「お前、莉緒にギガントをどこかに誘導してって言ってたな?」
「言った。それで?」
「その場所には、何があるんだ?」
将真には、正直ギガントをどうにかできるだけの何かがあるとは思えなかったのだ。
だが、美緒は少し考え込むように硬直すると、
「……本当は、今みたいに『魔王』の力を使ってる将真さんを相手にする場合を想定したんだけど」
「どう言うことだ?」
「うん。つまり、あの場所にあるものは__」
美緒が口にすると同時に、後方の離れたところから光が放たれ、直後、今まで試験で見た中でも一際大きな轟音が森を揺らした。
「なっ__」
「あそこにあるのは、対魔属性魔力保有物質特化の設置型魔術。佳奈恵が残した、正真正銘の切り札よ」
目の前から放たれた強烈な光と爆発、そして轟音を間近にして、全身の感覚が少し麻痺したような感覚を覚えながらも、莉緒は呆然と、光の中でギガントの姿が朽ちていく様子を見ていた。
「……な、なんすかこれ」
「し、死ぬかと思った……!」
莉緒よりも更に間近にいて、恐らく多少被害を食ったであろうリンと、その後ろから静音と実が現れる。
「ねぇ、これ一体何?」
実が、莉緒と同じような疑問を投げかけてくるが、正直なところ、莉緒やリンには分からなかった。だが、そこで静音が口を開く。
「……これ、設置型の魔術だ」
「設置型っすか⁉︎」
「じゃあもしかしてこれは、佳奈恵ちゃんがいくつも作った罠の一つってこと⁉︎」
何てことだろう。リンは全身が総毛立つような感覚を覚えた。
ギガント一体を朽ち果てさせるほどの威力を持つ設置型爆発魔術。だが、試験中であることを考えると、これは本来、誰かという個人に使われるはずだったものに違いなく、こんなものを人に向けるという神経が恐ろしかったのだ。
同じようなことを思ったのであろう3人もまた、その被害状況に顔を顰めていた。
「……コホン。ま、まぁ、何はともあれ、美緒のおかげでこっちは解決したっすから、早く将真さんたちを助けに……」
「ま、まって!」
咳払いでこの場を納めて、将真たちの元へ進もうとする莉緒。その足を、リンの叫び声が止める。
「な、何なんすか一体?」
「あ、あれ……!」
「ん?」
リンが指を指す先。そちらに莉緒たちも目を向ける。そして、目を見開いて__
「う、そ……」
無傷でこちらを睨みつけてくるギガントを見て、この試験中初めての、本当の恐怖を彼女たちは覚えた。
この話で、今の章を3つに分けて前半が終わると前に言いました。
嘘です。終わりませんでした。というか、下手したら2話くらい続くかもしれません……。
申し訳ありませんが、もう少しお付き合いください。お願いします!




