第20話『最悪に近い遭遇戦』
「よく俺たちがここにいるってわかったな」
「お前がさっき、今の竜巻をぶっ放したからだにゃあ」
「俺のせいかよ……」
衝撃の事実に将真はがっくり項垂れる。
「そりゃあまあ……」
「……ねぇ?」
とは言ってもそれは将真だけで、莉緒やリンもなんとなく予想していた事態だったのだが。
あんなもの、ここにいるぞという意思表示と相違ない。放てば近場にいるとバレるのは当然のことだった。
何にせよ、虎生の小隊との接触。将真たちにとって避けたい事態であり、もし遭遇したとしても逃げを選択すべきものでもあった。
だが、先ほどの遠距離からの砲撃や、虎生の反対側__つまり、将真たちの背後に立つ少女による挟み討ち。
互いに睨み合う状況で、迂闊には動けない。
渋い表情でリンが呟く。
「改めて考えてみるとこれはちょっと……」
「逃げられないっすねぇ」
莉緒は呑気にそう答えるが、そんな呑気に構えていられるような事ではない。
単純に序列だけで見ても向こうのほうが強いのは明白だ。加えて彼らの実績は、将真たちの不幸が重なった上で偶然や奇跡が重なったような、実績と言えるのか怪しいものではない。確実に、自分たちの実力で得た、確かなものだ。
任務を通して磨かれたチームワークもかなりのもので、実は小隊としての力は、学年一とも言われている。それどころか、虎生は単純に戦闘能力だけを見ればあの遥樹よりも上だとさえ言われているのだ。
彼1人を相手にするにも勝てる要素が限りなく無い。そこに加えて学年序列6位と、十席ではなくとも高序列の少女。先ほどの砲撃が誰のものかはわからないが、あれを見た後ではとても逃げ切ることすら困難であることが予測できる。
戦うにしても逃げるにしても、どの道脱落は避けられない。何をしようにも、遅いか早いかの違いだけだ。
策も浮かばず、それでもなお頭を悩ませる将真を見て、虎生は嗤う。
「何考えてんだか知らねーけどにゃぁ、オレァ楽しみにしてたんだぜ。お前と殺り合うのを」
「俺はできれば遭遇したくもなかったけどな……」
「つれないこと言うにゃぁ」
言葉通り楽しそうな虎生に対して、将真は顔を顰めて嫌そうに返した。
どう足掻いても負けると分かっている勝負を、あえてする理由は無い。それが圧倒的とわかれば尚のこと。
以前、彼と戦った時はまだこの世界に来たばかりで、がむしゃらにただその時の怒りをぶつけていた。
だが、今は冷静で、力も以前よりついた。だからこそわかる様になった実力差。
追いつけなくは無いだろう。だが、追いつけたとしてもそれはだいぶ先の話だ。今はまだ、遠く及ばない。
「ま、逃げ切る方が現実味がないなら……」
「勝ち残るのは無理にしても」
「生き残る事は出来る、すか。確かにそっちの方が現実味あるっすねぇ」
将真は剣を、リンは槍を、莉緒は二刀の短刀をそれぞれ構えて臨戦態勢をとる。そして同様に、将真たちの背後にいる少女が拳を握って腰を低くするのが見えた。
__あいつは接近戦型って事か。
ちらりと視線を向け、将真は内心で呟く。
対する虎生は余裕綽々といった様子で、構えもせずにニヤニヤと立っている。
倒す事はおそらく難しい。だが__
「その余裕、ぶち壊してやるよ__!」
まず動き始めたのは将真だ。虎生に向かって、まっすぐに斬りかかっていく。
ほぼ同時に動き出したのはリンだ。リンは背後にいた少女に向かって先制を仕掛けに行った。
そして莉緒は、いつでも動けるようにしながらも、その場から動かない。
将真の剣が力強く振り下ろされる。そして剣が虎生を真っ二つに切り裂く__当然、そんな事はなく、将真の斬撃は虎生の頭上で、彼の刃によって防がれた。
その武器は、莉緒が持つ短刀よりも更に短い。ナイフと言うべき刃物だった。
そんな弱そうな武器であっさりと“黒切”を止められた将真の動揺はそれなりだった。
だが、互いの刃が弾き合い、将真が後退すると同時に、虎生の足場の地面が一部隆起して彼に襲いかかる。
地属性の魔術、『地槌』。
「っ!」
一瞬、驚いた様子を見せた虎生だが、その攻撃を彼は、ナイフに魔力を込めた上で体を一回転させて振り抜く事で、粉々に打ち砕いて見せた。
ちょっとした奇襲とはいえ、以前の将真から比べると大きな進歩だった。それゆえに虎生は驚きを示していたのだが、それでもダメージを与えられなければそれまでという話である。
「っのやろ……!」
「……なぁ、将真」
「あ?」
悔しげに歯ぎしりする将真に、訝しげな表情で虎生が問いかけてくる。
「前の序列戦、少し見たんだがにゃあ__お前、成長速度速すぎんじゃねぇか?」
「何だよ急に」
「確かに初心者の伸び代は大きいし、成長が早いのも当たり前のことだにゃあ。けど、それにしたってお前は上達が速すぎる……!」
虎生の口が、僅かに震えながら三日月のような形を作っていく。
ざわざわと、虎生の髪が伸びて、立ち始める。その原因は電気だ。下敷きで頭を擦ると髪の毛が静電気で引っ張られるが、要領としてはあれに近いだろう。
「……俺はどんなもんが基準なのかは知らないんだけどな。そんなに速いのか、俺の成長速度ってのは?」
「にゃぁ、お前が高校生って要領良く上達していける年代だって点を踏まえても、速いんだよにゃぁ。まあ自覚がねぇなら言ってもわかんねーだろうにゃあ」
ニヤリと笑みを深めた虎生。
瞬間、彼から迸るのは凄まじい電気エネルギーだ。そして将真は咄嗟に理解する。
この感覚は初めてではない。
当時は頭に血が上っていて感じていても気にしなかったが__
「虎生の、神技……!」
「せっかくだからにゃぁ、お前の本気を__『魔王』の力を、引き摺り出してやる!」
髪の間から覗く瞳が、獣のように獰猛かつ鋭く、爛々と金色に輝いていた。剥いた歯からは牙が覗いて、これで毛でも生えてこれば完全に獣だろう。
「雷獣よ、その怒りを解き放て__!」
彼を包む電気エネルギーが、獣のような鋭利な爪を手足に、そして腰から尻尾のようなものを形作った。
ヤバい。将真は直感的にそう思った。同時に、動き出す。
神技を放たれる前に止めなければ、負けは必至だ。或いは彼の宣言通りに『魔王』の力が引き摺り出されれば負けはしないかもしれないが、そもそもまだ『魔王』の力を制御できるほど将真は優秀ではない。
背後では、リンと莉緒も動き出していた。リンは一度、相手を遠ざけて、虎生の神技を避けられるように。莉緒もまた、その場から離れようとしていた。
あえて突っ込んでいく将真とは逆のスタイルだ。
だが、将真は驚愕の事実に気がつく。撒き散らされる電気エネルギーが強力すぎて近づけないのだ。
近づくたびに、転んで擦りむいたような程度の小さな傷ができる。それだけならほんの些細な問題__問題ですらない。ただし、絶え間なく無数に刻まれるものでなければ、の話だ。
たとえ擦り傷程度でも、その数が驚異的だ。一歩近づくと同時に全身に無数の傷が刻まれる。それは小さい傷だとわかっていても恐怖だ。まあこの恐怖を乗り越えたところで、同時に生み出される衝撃波で結局近づけないのだが。
更に、将真動き出すのと同時に相手側も動き出していた。
リンと戦っていた少女が逆に彼女を追い込み、将真の方へ通しやる。莉緒の方には、遠くから飛んできた矢が離れることを許さず、3人は近場に留まることとなってしまった。
そこに追加で、最初の攻撃のような、水球の砲撃が幾つか飛んできて、将真たちを打ち据える。そしてそれは弾けて周りに拡散する。
そこまでされてようやく莉緒が、彼らの狙いに気がついた。
「そういう事っすか……!」
「何がわかったんだよ⁉︎」
「簡単な事っすよ。周囲に水が散った以上、多少ズレて躱そうとしてもその水を伝って電流が流れてくる。あの人の一撃から如何あっても逃がさないために」
しかも3人まとめて、と莉緒が付け加え、リンがたらりと冷や汗を流す。
「それって……」
嫌な予感に顔を歪め、リンが何事かを呟こうとした瞬間、目の前が一気に明るくなった。
「『死々雷々』!」
轟音と共に、途轍もない破壊力を伴った雷が放たれる。
それは周囲に甚大な影響を及ぼし、撒き散らされていた水が一瞬にして霧となり、森の中に広がった。
次第に霧が薄れていき、虎生はリンと莉緒の様子を確認して小さく笑みを浮かべる。
辛うじて意識を保っている莉緒だが、全身が痺れたように動かなくなり、膝をついていた。
リンに至っては、おそらく半分以上は意識が飛んでいるだろう。白目を剥いて上を向いたまま、口を開いてピクピクとわずかに痙攣している。へたり込んでしまったその体からは力が抜けているらしく、両手も地面にだらりと降ろされている。
莉緒が、引きつった笑みを浮かべながら、うわ言のように呟く。
「あ、あり得ない威力っすね……前見たときよりも、かなり強くなってんじゃぁ、ないっすか?」
「そんなの当たり前だにゃあ。将真ほどの伸び代はねぇけど、いくら高位序列とは言えオレまだ高校生だぜ? まだ伸びるに決まってるし、成長してんのも当たり前なんだにゃぁ……っ!」
莉緒のぼやきに呆れたように返答していた虎生は、だが霧が晴れてくるにつれて目の前にある光景をはっきりと目にする事ができて、ある事に気がついた。
そして、リンたちに向けた笑みとは違う、静かだが喜びすら感じているような笑みを浮かべていた。
「んで、成長したオレの神技すら止めるってのかよぉ。とんでもないにゃあ……『魔王』の力ってのは」
僅かに感嘆さえ滲ませながら、目の前に立つ将真を賞賛するような口調でそう言った。
将真は、腰を低くして、左手で右腕を支え、その右腕が前に突き出されるような格好で立っていた。そしてその右手は、黒い爪で覆われていた。『魔王』の力__その顕現だった。
『魔王』の力を宿した右手は、迫る雷をどうにかして止める事に成功したようだ。
右手を中心に全身を何かが這いずり回るような感覚に、将真は奥歯を噛み締めて耐える。ここで気を緩めて仕舞えば、侵食してくる『魔王』の力に飲まれて、多大な被害を出すことは間違いない。
暫くして、何とか『魔王』の力の侵食に耐え、嫌な感覚が引いていくのがわかった。
そして息を整え、今一度、虎生をまっすぐに見据えた。
「まだやれるよにゃぁ?」
「……当たり前だろ」
将真は黒い剣を生成し直す。対して虎生は、どこに隠していたのか二刀の短刀をその手に持っていた。
互いの視線が交錯し、2人が踏み込もうとした__その直後。
『生徒全員、止まりなさい__!』
『っ⁉︎』
何処からともなく響いた声に、全員が飛び上がるような気分でその足を、手を止めた。
既に勢いがついていた将真と虎生は、つんのめって膝を崩して両手を地につけていた。
「な、なんなんだ一体⁉︎」
「そりゃこっちのセリフだにゃぁ__」
「虎生、これ!」
2人して不満そうに顔を上げると、虎生の小隊の少女がこちらに端末を向けていた。声の発生源はそこだったのだ。
そしてその声の主は__
「ゆ、柚姉……⁉︎」
「学園長⁉︎」
将真の姉であり、彼らの学園の学園長__この試験に干渉不可能の片桐柚葉であった。
その頃__自警団本部、団長執務室。
その部屋に、慌ただしく青年が駆け込んできた。
「団長!」
「どうしたんだ、騒々しい」
「し、侵入者です!」
「何……?」
この都市のセキュリティーを超えて侵入してきたというのか。信じがたい青年の言葉は、だが焦燥感が強く、その内心を物語っている。
相手は相当出鱈目な奴に違いない。
この青年は今年自警団に入団したばかりの新顔で、実力とやる気を認めて団長自ら見張りに任命したのだが、やはりこの青年には少しばかり早かったかもしれない。
「落ち着け。相手の特徴は覚えているな?」
「は、はい。背が高く、体格は団長よりも逞しく……その、すごい威圧感がありました」
「……俺よりも、か?」
「ヒィッ⁉︎」
声を低くする団長の変貌ぶりに、青年は青ざめて声を上げる。だが、別段団長は怒りを覚えたわけではない。腕を組み、思考を巡らせる。
自分よりも背が高く、逞しい体格に威圧感。
そこにどうにも違和感を感じていた。あまり侵入者……というよりも、他人という感じがしなかったのだ。
そしてその疑問は、次に団長が青年に問いかけ、その回答からアッサリと解消された。
「相手は男だな?」
「は、はいっ!」
「服装は?」
「それは……何と言えばいいのか、わからないんですが、赤と黒を基調としていて、和風な見た目をしていました。それと、布で片目を隠していて……」
「よし決まりだ。そいつを中に入れろ」
「だ、団長⁉︎」
話の途中で即決即断の団長に対して、悲鳴のような声を上げる青年。その彼に、団長が鋭い視線を送る。
「従えない、か?」
「危険です! あの男、只者じゃありませんよ!」
「そりゃあお前は危険かもしれないが」
「自分ではなく団長です!」
少し憤慨した様子も見せながら、情けない表情で侵入者を遠ざけようとする。だが、先の情報で団長は確信していた。
「心配しなくとも、彼は侵入者じゃない」
「え?」
「侵入に今まで気づかなかったのはおかしいと思っていたが、何もおかしな事はなかったよ」
「な、何でそんなことがわかるんですか?」
「当然だ。何故なら彼は、正規の手続きを踏んでここにいるのだから」
「は、はぁ?」
疑問符を浮かべる青年。まだ何か言いたげな彼に、今度こそ決定的に睨みつけると、竦み上がった青年は急いで部屋を出て行く。
そして次に入ってきたときには、情報にあった男の背後から入って、扉の前に立つ。
もし侵入者だった場合に逃がさない為だろう。あれだけ怯えながらもその心がけは立派だが、それは懸念に終わる。
やはり思い浮かべていた通りの人物だった。
長身の男は、ゆっくりと団長の方へと歩み寄り、彼の前まで来て見下す様に眼下を睨む。
そんな男に対して、団長は青年が思いもしないほど気安く語りかける。
「……四年ぶりかな。随分と久しぶりじゃないか、師匠」
「えっ……⁉︎」
それを聞いた青年が、当然の様に驚きの声を上げる。そして男は__
「その呼び方は昔からやめろと言っているだろう。そう年も違わないのに、それも人前で」
呆れた様にため息をつきながら、団長を見ている。だが、その声を聞いたと同時に、男の目が先ほど睨みつける様なものに見えていたのに、何故か優しげな、或いは温かみのあるものに感じた。
そして青年は、遅れて重要な情報を耳にしていたことに気がつく。
団長の師匠。確かにその存在は聞いたことがあったし、青年の先輩にあたる何人かの人物から聞いている。
だが、それが本当なら__
「で、では団長、まさかこの人は……」
「ああ。そういえば君は、直で見るのは初めてだったな」
団長がそう言うと、男が青年の方を振り向き、肩掛けで隠れていた右手をこちらに出してきた。
「四年前、俺が団長に就任すると同時に長期任務に出て、今、ようやく帰還した。ずっと空席だった__」
団長が男の紹介をしようとしたが、それを男が手で制す。そして。
「__自警団序列3位。副団長の暁鷹虎だ」
四年という長い月日。
ずっと空席だった副団長3つ目の席が、遂に埋まる。




