第19話『動き始める戦局』
攻めに出るという意見を一致させた将真たちは、残る小隊を探して森の中を慎重に移動していく。
攻めに出る。だが、ただ馬鹿みたいに突っ込んでいくだけではいけない。
今回3人は自分たちだけのルールを決めていた。
見つけた小隊が遥樹や虎生、杏果、そして美緒たちであった場合は、戦闘を嗾けない。
遥樹と虎生の場合はおそらく勝ち目はないし、杏果たちを相手にしても苦戦が強いられるだろうからだ。
勿論これは美緒の小隊にも言えることだが、それ以前に昨日の今日では余りにも関係が険悪になっているため避ける、という事でもある。まあ、主に将真と猛が、であるが。
朝目が覚めた時から不定期に森に響く不自然な揺れを頭の隅に置いて、ついに3人は、残った小隊の一つを見つける。
幸いにも、逃げる例としてあげたあの4小隊ではなさそうだった。
「……準備はいいか?」
「うん。バッチリ」
「にしても、攻めに出るなんて威勢のいいこと言いながら不意打ちというのも気がひけるっすけどねぇ」
「相手があのトンデモ連中でなければこんな事しなくてするんだがな……」
もしも最悪のケースに至った場合、勢いで突っ込めば、下手をすれば一瞬で蹴散らされかねない。
その為にも、相手を確認するまでは慎重に行動しなければならないのだ。そして、相手が確認できればやることは決まっている。
この場合は__
「よっし、行くぞ!」
将真の掛け声と共に3人が木の陰から飛び出す。
「なっ__⁉︎」
そして、遅まきながらその動きに気づく向こうの小隊。将真たちは、彼らの準備を待たずに、速攻を仕掛けに行く。
その頃。
「……」
「こ、これは……無理……」
「っざけんなよチクショ__がッ⁉︎」
もはや気を失って脱落決定の少女。そして、その少女よりは幾らかマシだがそれでも満身創痍で地面に倒れ伏す少女が1人。そして、ボロボロになりながらも立ち上がり、それでも圧倒的な力の前に、葉っぱのように吹き飛ばされる少年。
辺りには劣勢側の小隊が放った攻撃による冷気で森のあちこちが凍り付いていたが、彼らを追い詰めるもう一つの小隊は、それを意に介した様子はない。
劣勢側の小隊__美緒達のうち、辛うじて動けるのは今や猛だけになっていた。その猛も既に追い詰める側の小隊__虎生に一方的にいたぶられるばかりだ。
「まぁだ諦めねぇのかにゃぁ?」
「るっせぇ、あいつをぶっ倒すまで負けてたまるかよ……!」
「ふーん、あいつ……あいつ、ねぇ。まあそいつが誰なのかは知らんがにゃぁ」
虎生は男らしくない猫語で喋りながら、実に軽薄な笑みをニィと浮かべる。
前髪で隠れてその目は見えないが、もしかしたら嘲笑っているのかもしれない。
彼の背後には、長身の少年と、紫紺の髪の少女が立っている。
戦闘中は、少年の方は姿を見せず遠くからの矢による狙撃で攻撃を仕掛けてきていた。少女は、虎生のサポートに回って戦っていた。
少年の方の素性は、少しくらいはわかっている。何せ、今回順位は落ちたものの、それでも学年序列6位の男なのだから。そして少女のほうは詳しく知られているわけではないが、それでも戦ってみればそれなりに手練れであることは容易にわかった。
短期戦に持ち込まれれば佳奈恵はほとんどまともに戦えない。そして、美緒の氷結の能力は、後方支援する学年序列6位とサポートに回る少女の手を借りた虎生によってあっさりと破られた。
残った猛は、美緒の攻撃を防ぐ片手間とでも言うように虎生が相手をしていたが、全く歯が立たない。
そんな訳で、絶体絶命が生温く聞こえるこんな状況まで追い込まれたのだった。
「にゃぁ、いい加減、諦めてくんね?」
「んだと……」
「別にオレぁ、いたぶる趣味はないんだにゃあ。だから、降参してくれればこれ以上手はださねぇ」
「……断る、つったら?」
「安心するにゃあ。強制離脱させられる程度のダメージ与えてほっといてやる」
「っ、上等だクソッタレが……!」
なめられている。
そうとしか思えなかった猛は、ほとんど力も残ってないであろう体で勢いよく立ち上がり、落としていた剣を握り直して振り下ろす。
その斬撃は、雷属性を纏った虎生の蹴り一つで粉々に散った。
「……は」
「約束は約束、だにゃあ」
そしてその蹴りは次に猛自身を襲い、弾丸のような勢いで吹き飛ばされて何本かの木をへし折った挙句に木の幹に叩きつけられた。
「なめられてるって思ったんなら、当然のことだにゃあ。今のでそのざまじゃ、なめられたって仕方ねぇ」
「がっ……く、そ……」
それだけダメージを負わされて、それでもなお立ち上がろうとする猛。だが、流石に限界がきたらしく、立ち上がることができない。
ため息まじりに虎生は猛へと近づく。
その時、遠くで黒い竜巻のようなものが発生して、森の一部を吹き飛ばしているのが見えた。
「何にゃぁ、今のは……」
「今の攻撃は、もしかして……」
「……将真、か。クソッタレが……」
荒い息を吐きながら、あの場所で戦っているのであろう将真に悪態を吐く猛。
そして将真の名前を聞いた虎生は、しばらくその名前を反芻して、ニヤリと笑みを浮かべた。
「次はあいつらにするかにゃあ」
「待て……」
「ん? ああ、忘れてた。じゃあにゃ」
「ぐぁっ……!」
虎生の歩みを止めようとした猛の腕を、彼はへし折る勢いで踏み躙る。
苦悶の声をあげた猛は遂に意識を失い、暫くした後に佳奈恵同様、強制脱落させられ青い光に飲まれて消える。
その、いままで見てきた不自然さに違和感を覚えながらも、その正体はイマイチつかめず、離脱を見届けた後、虎生は美緒の方を振り向いた。
「で、お前はまだやるかにゃあ?」
「……いいえ。もちろん降参するわよ」
静かに両手を挙げ、美緒は参ったと言うように降参を示す。その様子に、だが虎生が、少しつまらなさそうな表情になった気がした。
「随分簡単に諦めたにゃあ。まださっきのやつのほうが生きがよくて楽しめたんだがにゃあ?」
「冗談、簡単に諦めたわけないでしょう」
現に、美緒は既に完膚無きまでに自身の魔導を弾かれて少し心が折れていた。ちゃんと勝つ努力はしていたのだ。
「引き際を見極め、弁える事も生き残る上で大事。違う?」
「ちげぇねぇ」
小さく嗤った虎生は、美緒の首筋に刃を当てて、静かな声で告げる。
「じゃあ、降参を口にしてもらうかにゃぁ」
「ええ……降参」
美緒がそう口にした瞬間、彼女の体が淡い光に包まれて、その場から消えた。
それをちゃんと確認した虎生は、相変わらず違和感を感じながらも、気のせいだと満足げに頷く。
ついで、仲間の2人の方を振り向いた。
「じゃあ、さっきの竜巻の所に行くかにゃー」
虎生の提案に、少年と少女は頷く。
将真たちに、危機が迫る。
そして__
「参った! 俺たちの負けだ!」
ボロボロの格好で手を前に突き出す少年。すぐ側には彼の仲間である2人の生徒が同じようにボロボロになって倒れていた。
だがこの3人、それなりの怪我を負ってはいるものの、まだ死に至るようなものもない。
少年たちが降参し、脱落していったのを確認すると、周りを警戒してその場を移動。
しばらく行ったところで彼らを打ち倒した3人組__将真たちは手を合わせて小君のいい音を立てる。
「よっし、まずは今日初の一勝!」
「連携も少しずつだけどよくなってきてるよね」
「試験なんてよく言ったもんっすねぇ」
戦い方や連携の上達ぶりを改めて実感することができた。何より、そう大きくはないとはいえ、短期間で目に見える成果が出ているのだ。この試験の意味はとても大きいと言えるだろう。
「この調子でガンガン行きたいっすね」
「そうだねー」
調子付く莉緒に同意を示すリン。だが、それを聞いた将真は、少し難しい表情になる。
「そうは言うけどな……。今いったい、幾つ小隊が残ってるんだ?」
「それもそうっすねぇ。多分10から20くらいだと思うっすけど」
「そんで、そのうち4チームはアウト。他の連中も戦っているってなると、ちゃんと戦える小隊ってのは本当に少ないぜ?」
将真の発言はもっともで、莉緒は考えるように腕を組み、顎に手を当てる。
「闇雲に探し回っても、そう上手いこといかないっすよね」
「今の話の通りなら、あと戦えるとしたら小隊一つだと思うよ?」
「……まあ、そんなもんだろうなぁ」
相手を選ばないとなれば遭遇率は上がるのだが。
しかし、最低でも虎生の小隊と遥樹の小隊だけは本当に逃げなくてはいけない。
遥樹の小隊にはまず勝てないだろう。虎生の小隊は遥樹の小隊同様手練れが揃っていると考えられるが、何より情報量が少なすぎるのだ。
だから、彼らとの戦いは避けておきたかったのに。
意見を交わし合う中、死角から炎の玉が恐ろしい勢いで飛んできた。
幸いにもそれに気がついた莉緒が受け止め飲み込んだが、その炎の玉は連続して打ち出される。
「ちょ、何すか⁉︎ 自分の能力は守りに適してないんでこれも長持ちしないんすけど⁉︎」
「そうなの⁉︎」
「心配すんな。俺もちゃんとやるよ__!」
将真はすぐに黒い剣を生成し、その刃がさらに黒いエネルギーを纏って、僅かに膨張する。
「行くぜっ、“黒切”!」
黒い刃を纏った黒い剣を幾度も振り抜き、飛んでくる炎の玉を、次々に斬り伏せ撃ち落とした。
そうして将真は更に実感する。
レベルアップしているのは、何も小隊の練度だけではないという事に。
だが、見えない攻撃というのはそれだけで厄介なものである。
「くっそ、隠れてないで出てこいよ__!」
苛立たし気に声を上げる将真。上段に構えた剣に、風が黒く、渦を巻き始める。
そして、より一層黒い風が強い渦を作り出した瞬間、将真は剣を渾身の力で振り下ろした。
「“黒渦”っ!」
地面に叩きつけられた黒い竜巻が、たちまち周囲の木々を吹き散らして行く。そうして徐々に、近場に隠れる場所がなくなってきた時、砲弾のような一撃が無数に飛んできた。
強力な攻撃の反動で動きが鈍る将真と、黒い竜巻に視界を遮られたリンと莉緒は回避できずに直撃を受ける。
「ぶわっ⁉︎」
「へっぶ⁉︎」
「はぷっ⁉︎」
だが、その威力はある意味凶悪だったが、実質的な攻撃力はなかった。なぜならその砲撃は水の弾だったからだ。
「何のつもりだ……?」
「うわー、ビッショビショっすねぇ」
「……これって」
緊張感のない将真と莉緒に対し、リンは訝しげな表情を浮かべる。そして、僅かに耳に届いたある音をきっかけに、その違和感を思い出した。
「っ、2人とも、肉体強化! 最大で!」
「は?」
「どういう事っすか?」
「いいから早くっ!」
リンの焦燥感溢れる絶叫に、将真と莉緒は顔を合わせて首を傾げながらも、彼女の言う通りに肉体強化を最大にした。
それが後コンマ数秒でも遅れていたら、おそらく将真と莉緒は脱落していただろう。
次の瞬間、凄まじい威力の電撃が、水を伝って疾ってきた。
「がっ⁉︎」
「なっ……!」
「うっ__」
元より警戒していたリンと違って、将真と莉緒はその衝撃に全身を打たれて驚愕を覚える。
だが幸いにも、肉体強化が功を奏した為ダメージは最小限に抑えられた。意識に支障が出るほどのダメージも負っていない。
「今の一体なんなんすか……?」
全身に残る痺れを堪えて、莉緒は顔を上げ疑問を口にする。莉緒の疑問はごく自然なもので、リンとてこれが初めてならばそもそもこの攻撃の予兆に気がつく事もできなかっただろう。
だが、将真は違った。
今の雷撃を受けただけで、相手の正体を見抜いたのだ。
「バカ言うなよ。こんだけ強力な雷属性魔術を使える同級生って言ったら、1人しかいないだろ」
「って事はまさか……」
莉緒が顔を顰める。それと同時に、彼らが姿を現し、将真は今後こそ完全に彼らの正体を確信した。
「このタイミングでお前だとは思いたくもなかったけどな__虎生」
「へっ、なかなかやるじゃねーかにゃぁ」
想定していた中でも最悪に近い、虎生の小隊との衝突。
姿を現した虎生は、昂りを示すように不敵に笑みを浮かべた。




