第8話 『街案内』
序列戦を終えた週の休日。
現在、時刻は朝の8時頃。
将真は寮の前で、人を待っていた。
そこへ、少し急ぎ足でやってくる1人の少女。
「ごめん、待った?」
「いや、俺も来たばっか、だ……」
待ち人来たる。将真が来たのは数分前なので、嘘ではない。
そして、言葉を最後まで言い切らずに、将真はぽかんと口を開いていた。
寮の中から出て来たのは、もちろんリン。だが、それは初めから分かっていた事だ。
将真がぽかんとしている理由は別にある。
リンが身につけているのは、控えめにフリルの装飾がついた、モノクロの膝丈上ワンピース。
派手すぎずよく似合っていて、可愛らしかった。将真が、黙り込んだ理由だった。
将真が硬直して動かないのを気にして、リンは首を傾げていた。
「……ボクの顔に何かついてる?」
「あ、ああいや。その、なんて言うか……よく似合ってる」
「そ、そうかな? ありがと」
リンは照れたように少し顔を赤らめて微笑んだ。
その笑みに、将真は思わず緊張してしまう。別に、デートというわけでもないのだが。
おしゃれをして来たのかは定かではないが、その一方で、将真の格好は地味なものだった。
Tシャツの上にパーカーを羽織い、紺色のジーパン。リンと比べると、不釣り合いだと感じざるを得ない。
まあ、そんなこんなで2人ともお出かけスタイルなのである。
お互い、少しの間黙り込んでしまうが、やがてリンの方から口を開く。
「えーっと、じゃあ行こっか」
「あ、ああ、そうだな」
眠ってしまったリンを連れ帰った日の翌朝は、起きてすぐにちょっとしたハプニングが発生していた。
それはともかく、その日は序列十席を決める試合の日でもあった。
流石ここまで勝ち残っただけあって、試合はどれも派手で、白熱していた。
特に白熱していたのは、後に2位になる生徒と、リンを負かした、後に4位になる生徒の試合だ。
2人ともが、スピード重視の戦闘スタイルで、戦い方が非常に似通っていた。徐々にエスカレートしていくスピードの中で交錯する攻防。見ているだけでもとても熱くなれる試合だった。
序列戦の試合全てが終わった後、量に帰ろうとしたところで、次の休日に街を案内してあげようか、とリンが誘ってくれたのだった。
もちろん、将真は『裏世界』の事について何も知らない。来たばかりの数日は、あくまで見て回っていただけなので、知識としては何もないのだ。
故に、その誘いは非常にありがたく、是非ともお願いしたいものだった。
結果、こうしてテスト後の、所謂振り替え休日に、街の案内をしてもらうことになったのだ。
それにしても。
(そうじゃないってわかってはいるんだけど、これって、デートに見えるんだよなぁ)
楽しそうに鼻歌交じりで歩くリンを、横目で見ながらそんなことを考えていた。
異性が2人きりで出かける程度の意味だと思っていたので、将真の偏見かもしれないが、リンの服装もおしゃれで、やっぱりデートに見える気がしていた。
「時雨ってさ」
「うん?」
「ちゃんとおしゃれとかするんだな」
「あはは。実はボク、そういうの苦手なんだ」
おしゃれが苦手というのは意外だったが、それではリンの服装は一体どういうことだろうか。
気になった将真は、追及するように問う。
「じゃあ、その格好は?」
「この服? 杏果ちゃんが選んでくれたんだー。可愛くて似合ってるって言ってくれたか」
「杏果って……」
(ああ、あいつか)
序列戦で十席入りしていた桃色ヘアーの少女を思い出す。杏果のドヤ顔が容易に想像できてしまい、無性に悔しくなる将真だった。
「そいやさ」
「うん?」
「時雨って、結局序列何位だったんだ?」
結局昨日は聞けずじまいだったので、彼女の序列は知らないままだった。その逆に、将真の274位という、悲しくなるような序列の低さはリンに知られているというのに。
「えっとね、13位だったよ」
「……」
(うん、まあ、そうだよな)
よく考えてみれば、リンの序列はある程度想定できたはずだ。
10ブロックあるうちの一つで、決勝まで上がったのだから、少なくとも20位以上であることは確定しているのだから。
そして聞いたことで、むしろ余計に精神的ダメージを負う羽目になった。自身の序列の低さが、更に浮き彫りになった気がしたからだ。
「お、落ち込まないで。片桐くんから聞いてきたんだよ?」
「わ、わかってるよ」
「それじゃあ、行こっか」
「お、おう」
先を行くリンにパッと手を握られて、将真は一瞬動揺してしまうが、同じようにリンの手を握り返して、引っ張られるがままに歩いて行った。
始めにやって来たのは、『日本都市』の北区。
標高が比較的高く、空気が澄んでいる。
この区域で高い建物に登れば、『日本都市』を一望できると言う。
「ここではね、農業とか畜産とかをやってるの」
「そんな事までしてるのか?」
「だって、無いと食料に困っちゃうでしょ? ここに限った話じゃ無いけど、一般市民は魔導師たちに守ってもらう権利の代わりに、こうして働く義務があるんだ。そうやって成り立っているんだよ」
「確かにそれなら、お互い良好な関係のままでいられるもんなぁ」
ギブアンドテイク。
実際、社会というものはそうして成り立っている。言われてみれば当然のことだった。
周囲の雰囲気を見ていると、長閑なものだった。
上層から圧力をかけられたりという事はなさそうだった。
「魔導師はいないのか?」
「うーん……。いない事はないんだけど、農業や畜産でじゃあ、魔導師のアドバンテージはあんまり無いからね。ここには少ないかなー」
「魔導師のアドバンテージ?」
「うん。それはまた説明するから、次いこっか」
「早いな」
「だってここ、そんなに紹介するほどでも無いから」
確かに、こんな長閑な農家の風景を見ていても仕方がない。平和だなぁ、と言う人並の感想を抱くだけだ。
何より、せっかくだ。もう少し街を回って、遊んで行きたい、という気持ちもあった。
「じゃあ行くか」
「うん」
次にやって来たのは、東区だ。
あちこちに工場が見当たり、騒々しい物音が頭を揺らして、あまり気分は良くなかった。
機械製品や電気の供給などは全てここから出ている。また、隣の学園で主に作られている魔導器なども作られていたりする。汎用性のものから、オーダーメイドまで色々だ。
「ここにはそれなりに魔導師がいるよ。卒業後の就職先としても有望でね。例えば、木を伐採しようと思ったら、普通に切るのと、魔導を使って纏めて大量かつ素早く切るのと、どっちが効率良いと思う?」
「そりゃまあ、後者だろ」
「うん。だから、従業員の中に魔導師がいても普通なんだ」
「思ったんだけど、電気供給とか雷属性の魔導得意な奴がやればよくね?」
「言いたいことはわかるけど、それって実はかなり非人道的なことなんだよ?」
「……そうだよな」
よく考えてみればその通りで、四六時中機械に繋がれて電気の供給のために魔力を絞り出される。鬼畜の所業としか言いようがない。
(俺だったらやりたくないなぁ。いや、俺じゃなくてもやりたくないだろうな)
少し引きつった表情をしていると、リンが顔を覗き込んでくる。
「そうだ将真くん。何か魔導器買ってく?」
「買うって、ここで? 魔導器を?」
「うん。本店はここじゃ無いけど、その代わりここでならオーダーメイドで作ってもらえるよ。お金はかかるけど」
「んー……。まあ、今は良いや」
「そう?」
基礎である武器生成魔法もろくに使えない将真だ。魔導器を使うのは少し早い気がする。
「じゃあ、次に行こっか」
「おう。……楽しそうだな」
「うん、楽しいよ。男の子と出かけるなんて初めてだけどね」
「まあ、それは俺もだけどな」
「……片桐くんは、楽しく無いかな」
リンが、少し不安そうな表情で問いかけてくる。
正直に言って仕舞えば、将真もちゃんと楽しんでいた。そんな事は照れ臭くて中々口に出せないが。
とは言え、こんな不安そうな顔をされて誤魔化すわけにも、況してや楽しく無いだなんて嘘は言えない。
少し気恥ずかしいが、将真は素直に応える。
「……俺も、結構楽しんでるよ」
「それなら、よかった」
ホッとしたような表情を浮かべ、すぐに笑顔を作るリン。仕草の一つ一つが、相変わらず可愛らしかった。
「じゃあ、行こ?」
「おう」
時計回りに歩いていくのかと思えば、学園がある中央区を突き抜けて、西区に来た。
西区はどうやら、住宅街らしかった。先日、柚葉の家に訪れた時は夜だったので気がつかなかったが、柚葉もどうやらここに家を持っているようだ。
小さいが公園もあるし、孤児院らしきものもあった。
卒業後は魔導師もここで暮らす人の方が多いが、基本的には一般市民の住居である。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「うん。どうぞ」
「もしかして、ここの結界が一番強い……とかある?」
「何で?」
「いや、一般市民を守るってんなら、ここの防御を一番に固めてあんのかなー、て」
「なるほど、良い勘してるね。……と言いたいところなんだけど、結界の強さはどこも同じだよ」
「そうなのか?」
意外だった。
一般市民を守ろうと思ったら、ここに敵が入り込んできたことを考えて、真っ先に守るものだと思っていたのだが。
「だって考えてみてよ。食料が無いと魔導師は動けないし、道具が無いと一般市民の生活が成り立たない。最後に行くところは南区の商業施設だけど、それにしたって無くなったら大変だもん。もちろん、一般市民のおかげで成り立っている社会だから、彼らを守ることも大事だけどね」
「そりゃそうだよな」
「うん。だから特別結界が強いところっていうのは無いんだ。あ、でもイコールで結界が弱いってわけじゃ無いんだよ?」
「それは何となくわかってるよ」
魔族や魔物、他国の魔導師を侵入させないための結界なのだ。しかも侵入を許したって話はそう無いらしいし、そんな結界が柔いわけが無い。
むしろ、その防衛網には驚かされるほどだ。
まあ、こっちの世界のことをよく知らないので、あまり知ったような事は言えないが。
「じゃ、最後のところ、いこっか」
「わかった」
そして、南区に到着する。
目の前に広がる光景に、将真は感嘆の声を上げた。
「うおー……」
(海だ!)
将真が暮らしていたところは田舎っぽいし、内陸だったので。そのため、海とはほぼ無縁だったのだ。
こうして見るだけでも、感動的を覚えるほどに。
「そんなに珍しいかな?」
「いや、多分珍しいのは俺の方だろうけど」
内陸にしたって田舎にしたって、行こうと思えば行けたはずだ。それでも行かなかったのは、単に将真が、あまり海に興味がなかったからだが、こうして本物を目にしてみると、何度来ても悪く無いという気がしていた。
幸い、ここなら『表世界』にいた時と違って、自分の住むところからもそう遠く無い。
「まあ、ここも結構人気の場所なんだけど、ボクが紹介したいのはこっちだよ」
リンが指差す方を振り向くと、そこは繁華街だった。東京都心のような活気があるし、屋台らしきものもいくつか見受けられる。
飲食だけでなく、スーパーマーケットや本屋、小物店などもある。
まさしく、商店街だ。
その光景に目を輝かせていると、リンが店の方を指差す。
「なんか食べてく?」
どうしようかと考えて、時計を見た。
いつの間にか12時を過ぎていた。ただ街中を見て回るのに、そんなに時間がかかっていたとは意外だった。
「そうだな、じゃあなんか食ってく__」
そう言いかけた、その瞬間、ワッと歓声が聞こえてきた。
「な、何だ?」
「あー……。もしかして、決闘かな?」
「決闘?」
「うん。街中で暴れられても困るでしょ?」
「そうだな」
「だから、決闘をするときはちゃんと場を設けてからって決められてて」
見に行く? とでも言いたげに、リンが首を傾ける。
ちょっと興味があったので、将真はこくりと頷いた。
移動しながら、将真ふと浮かび上がった疑問について問いかける。
「なあ」
「うん」
「それでも、街中で暴れるやつっているんじゃね?」
「うん。いるけど、その場合は自警団が出てきて、問答無用かつ力尽くで止めにくるから大丈夫だよ」
「へぇ」
今の「へぇ」には、自警団というものが存在しているのか、という反応だったのだが、果たしてリンに伝わっているだろうか。
そして、決闘場についた。
行われていた決闘、その戦況は奇しくも、昨日見たものとほとんど同じ光景だった。
「杏果ちゃん……」
そう。
学年序列6席という好成績を持つリンの親友の杏果が手も足も出ないという、驚愕に値する光景が。
次回はちゃんと戦います。