第14話『魔王の力、再び』
リンが佳奈恵の策を打ち破り、莉緒と美緒が本気の戦闘を始めてしばらく経った頃。
将真と猛も、激しく互いを攻め合っていた。
「おぉぉぉぉぉっ!」
「くっ、そ……!」
互角にも見えるその戦いは、だが将真の消耗の方が大きく、彼の方が不利という現実だった。現に、疲弊した将真は立て続けに放たれた蹴りを受け止めるも、その威力を抑えきれずに跳ね飛ばされる。
その様子を愉しそうに見て笑みを浮かべる猛。その笑みは癪にさわるが、そんな事を言っている余裕は将真にはない。
「どうした、もう限界か?」
「んなわけあるかよ、くそったれ……」
剣戟。そして2人は大きく距離をとる。
言い返す将真の声は、言葉と裏腹に途切れ途切れだった。呼吸は荒く、全身の筋肉が悲鳴を上げ始めている。
それもそのはずで、将真は本気になった猛についていくので精一杯だった。ひたすら受けに徹してばかりなのだから、肉体的にも精神的にも負荷がかかっている。疲労が溜まるのは当然の結果だ。
だが、将真は諦める気など毛頭なかった。勝ち負けに拘っているからではない。将真は佳奈恵の真の実力を知らないが、それでも彼女が引き起こしているという爆発等を、猛との戦闘中に何度も目撃している。その威力を目の当たりにして不安が拭えないのだ。
即ち、将真は猛との戦闘中、ずっとリンの身を案じているのだった。
そしてそれは何となく猛もわかっていたのだろう。いい加減我慢ができないらしく、それを彼の方から指摘してきた。
「テメェ、集中力足りてねぇんじゃねぇの? 俺との戦闘中に他ごと考える余裕があるとは、なめられたもんだな」
「仕方ないだろ、さっきの見たら……」
将真の不安に拍車をかけたのは、先ほど発生した、今までの爆発よりも更に強力なそれの連発を目にしたことだった。あんなものをまともに受けたら例え優秀な魔導師だったとしても軽症では済まない。
それが、リンがあえて引き起こしたものだと知らない将真からすれば、その後全く爆発が起きない事さえもが不安を煽る。
「他人の心配してる場合かよ? 俺はテメェを殺してやろうと考えてるってのによ」
「ハッ、そう簡単に殺されやしないっての……」
全身の気怠さに顔を顰めながら、膝をついた状態から立ち上がる将真。それを見た猛は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「いいぜ、それでいいんだ」
「何が何でも、通してもらうぜ」
リンが最悪脱落してしまったなら仕方がないとして、まだ残っているのならば早く助けに行きたいと将真は考えている。そしてそれを実行するためには猛が邪魔だった。
「俺はリンのところへ行く。邪魔するなら、いい加減、きっちりぶっ倒してやるよ__」
「っ……!」
将真の雰囲気が変わって、猛は息を呑む。だがそれも少しのこと。すぐに切り替えた彼は手に持つ刃に魔力を込める。
「やってみろよ。俺は今回、きっちりお前を切って決着つけてやる!」
雄叫びをあげて、猛が向かってくる。それを将真は、得意技で迎え撃つ。
「喰らえ将真ぁぁぁぁぁっ!」
「喰らうかよ__“黒切”!」
ガンッ、と剣が交錯する。ぶつかり合う2人の魔力が、周囲に衝撃波をまき散らす。
その一撃を皮切りに、2人の斬撃はぶつかり合い、加速していく。何度も何度も切り結ぶ間に、互いに弾ききれず、或いは躱しきれずに切り傷が増えていく。だが、当の2人はその事を微塵も気にしていなかった。
意識はただひたすら目の前の相手に。ただ、目の前の相手を打ち破ることにあった。
だが、何度目かの剣戟が響き渡り、不意に将真が姿勢を崩した。疲労が溜まった体で無茶な動きを続けたのだから当然だろう。
そしてそれを見逃すほど猛は未熟ではなく、情のある人間ではない。
むしろ、猛は剣を強く握って、絶好の機会だと言わんばかりに容赦なく強力な一太刀を振り下ろした。
瞬間、将真の視界が止まった。実際には周りの動きが非常にゆっくりに見えるだったのだが、そのスローになる世界の中で、将真は声を聞いた。
『__我が力を求めよ』
__お前は、何者だ。
『我は魔王なり』
__お前がそうか……。だけど、お前の力は危ないんだ、そうそう使ってたまるかよ。
『ならばこのまま死ぬか、片桐将真よ』
__何?
将真が疑問を浮かべたその時、ついに世界が将真の思考に追いついて、猛の刃が将真の体をバッサリと切りつけた。
その切り口から恐ろしい量の血が噴き出して。
「が、ぁぁぁぁぁっ!」
将真が絶叫を上げた。
猛だけでなく、それを見れば誰であれ激痛によるものだと勘違いするだろう。
半分は正しい。が、半分は間違いだ。
将真の絶叫の理由は、別にあった。
将真は、噴き出した血を目にした瞬間、再び声を聞いたのだ。
『寄越せ、貴様の身体を__!』
斬撃に確かな手応えを感じた猛は、哀れむような表情で将真が落ちた地面を眺める。土煙りが舞って彼の姿は見えないが、あれだけの負傷だ。おそらく脱落したことだろう。
「ち、結局この程度かよ……まあ当たり前か。技は強ぇし、身体能力も悪かねぇ。たが魔導師としての経験が余りに足りてねぇよ、テメェは」
先程までの高揚感は何処へやら。猛は冷めた様子でその場を立ち去ろうとする。だが、土煙りの方から不気味な強い気配を感じて、思わずそちらを振り向いた。
「……おい、あれ受けてその傷で立ち上がるとか、馬鹿げてんじゃねぇのか」
「……俺だって、こんな事になるならあのまま負けておきたかったよ」
土煙りが晴れる。そして、将真の姿を確認した猛が息を呑んだ。
その姿を見るのは3度目だ。
1度目は、鬼人ランディの襲撃の時。2度目はつい最近の魔王争奪戦の時。そして、今__。
この、魔王の力を身に纏った将真を見るのは。
闇色の黒衣をはためかせて、彼は渋い表情を作った。
「悪く思うなよ。魔王の力、俺だって使いたくないどころか、捨てられるものなら捨てたいんだ。呼び起こしたのはお前だぜ、猛」
歪で硬質な輝きを帯びる右腕に、闇を灯した剣が生成された。
「人のせいかよ?」
「俺の意思で出したならまだしも、勝手に出てきたんだよ。ついでに、今の俺じゃこの力を抑え込むのも相当苦労するしな……」
その顔に苦悩を浮かべて、将真は生成した剣を構える。
「別に今お前と戦う気は無かったんだよ。俺はリンを助けに行こうとしただけ……なのに邪魔ばっかりしやがって。倒してくしか、無くなるだろうが」
将真の放つプレッシャーが、先ほどとは段違いに強さを増し、猛は気圧された。無理もないだろう。普通の状態なら、魔導師としての経験に長けた猛の方が強いが、魔王の力を使った将真は、普段よりも段違いな強さなのだ。
「今度こそ、通してもらうぜ__!」
「させるかよ、何のために足止め頼んだと思ってやがる。テメェはここで、俺がぶっ倒してやるんだからなぁ!」
2人は、声をあげて同時に地を蹴った。
「まだまだ遅いっすよ!」
「莉緒が速いだけじゃん……!」
莉緒の挑発まがいの言葉に、珍しくムキになった美緒が、僅かに声を荒げる。といっても、少し大きな声を出した程度でしかないのだが。
例え全力全開の美緒でも莉緒の8割くらいの速度にもついていけないのだが、それは美緒が遅いのではなく、彼女の言葉の通り、莉緒が速いだけのことだった。2人の速度には、それだけの差があった。
だが、莉緒とてこの状況を良しとは思っていない。逃げる事は簡単だが、逆に攻撃に転じようにも、今の美緒の攻撃を掻い潜り一撃加えるのは、実の所それなりに難しいのだ。
つまりこの状況は、お互いが決定打を見出せないが故に生まれた結果なのだった。
だが、一つ言える事があれば、有利なのは美緒の方だった。
莉緒を追いかけているのは何も彼女本人だけではない。彼女が放つ強力な冷気もまた、莉緒を追っている。
それでも捕まらないのは、莉緒が熱気を纏うことで冷気を相殺しているからだ。そうでなければ、いくら莉緒でも既に捕まっている。捕まったところで逃げられるかもしれないが、結局また捕まっての繰り返しになるだけだろう。
仕方ない、と内心で呟き、莉緒は体の向きを変えて美緒と向き合う。
「っ⁉︎」
「悪いっすけど、一気に決めさせてもらうっすよ__」
莉緒の雰囲気が変わり、美緒が息を飲む。そして、莉緒の体を炎が飲み込んでいく瞬間を目にして、
「しまっ__」
「『神話憑依』!」
莉緒が叫んだ直後、彼女を包む炎が弾けてその姿が露わになる。
魔導師の切り札、『神気霊装』__よりワンランク下の『神話憑依』だ。その事から、不完全な『神気霊装』とも言われているのだが。
通常、『神話憑依』を発動することで肉体が強化され、自身の扱う神話の力や、神技の使用に耐えうるようになるのだが、今莉緒が使ったのはもう一段階上の『神話憑依』だった。
彼女の姿が変貌した事からもわかる事だが、その名の通り、『神話』そのものを『憑依』させているのだ。
これはいわば、『神話憑依』の第二段階。できるものはそう多くなく、例えできたところで負担が大きいそれは、いずれ『神気霊装』まで至ろうと思うのであれば必要な事だが、そうして得られる力は絶大の一言に尽きる。
莉緒は言葉の通り、一気に決着をつけるつもりなのだ。
「さあ、行くっすよ」
そうして、二本の短刀を逆手に構え、腰を低く屈める。すると、彼女の周囲を炎が散り始める。それはまるで、花びらが舞うような光景だった。
「咲き誇れ、無数の華美羅よ__神技『日輪舞踏』!」
「っ__!」
莉緒が神技を放った瞬間、彼女の姿が掻き消えて、もはや美緒の動体視力では追いきれないほどになった。そして。
「__“五輪華”」
一瞬にして放たれた神速の斬撃__その数、5発。それが、美緒の体に叩き込まれた。
「あっ……!」
絶好調の美緒も、これを受け切る事は不可能だった。斬撃をまともに浴びた美緒は、吹き飛ばされて血を散らしながら堕ちていく__。




