第13話『リンの機転』
「う、あぁぁぁっ__!」
森の中に、爆発の轟音とリンの絶叫が響き渡った。
その様子を見て、佳奈恵は少し笑みを浮かべてしたり顔。そして得意げに語り始める。
「知らなかった? 設置型の魔導って、重ねる事ができるのよ。だから、普通なら一度発動して終わるところを、続けて発動したのよ。時間もたくさんあったしね。あとこれ、回数を重ねるごとに威力が増すようにしてあるから、今の爆発は結構凄かったでしょ?」
「__」
自慢するように話す彼女に対して、返答するリンの声はない。
すると佳奈恵は訝しげな表情を浮かべて、徐々に狼狽え始める。
「……も、もしかしてやり過ぎちゃった⁉︎ リンちゃん、大丈夫⁉︎」
先ほどまでの自信たっぷりさは何処へやらというほどの狼狽ぶり。
流石に命を奪うつもりはなかった佳奈恵は、その最悪の可能性を想像して青ざめる。猛と違って、いくらなかった事になるからといって、じゃあ死んでもいい殺してもいいとは佳奈恵は思っていない。
だが、幸か不幸か、リンは死んではいない。爆炎が晴れたそこには。
「あ、あれ、いない⁉︎」
リンの姿は無かった。
その結果、最悪消しとばしてしまった可能性を考えておどおどと慌てる佳奈恵には、リンが生きている可能性に思い当たる事ができなかった。
そしてリンは__
「……痛い、なぁ」
リンは、じくじくと痛む右腕を抑えながら、木を背にして佳奈恵の様子を観察していた。
息は荒く上がって、全身は冷や汗で濡れていた。
痛むのは右腕だけではなくほぼ全身で、骨が折れたり軋むような痛みが広がっている。高い防御力や特殊なダメージカット機能のついた制服も爆発を直に受けてボロボロだった。
だが、その傷は徐々に修復されていく。魔導士の魔力による自動回復を、自身の意思で強制して治癒魔法と化した結果だ。だが無論、大きな傷であればあるほど、回復に消費する魔力は多く、今の不調で怪我を負いやすいリンではそれだけの消費でも不利なのは間違いなかった。
だが、一先ずこうして逃げられた事で、一つ幸運に恵まれた事があった。
「……まさか、このタイミングで飛行魔法ができるようになるなんて」
そう。彼女の足は地についていなかった。空中に浮いているのだ。
この辺一帯は佳奈恵が仕掛けた罠で覆い尽くされていて、魔導士が迂闊に地面に足を下せばドカンだ。魔力を持つものが僅かでも衝撃を与える事が発動条件。全く厄介なものである。
だが、この飛行魔法のおかげで地面に降りる事なく、罠にかかる事なくここまで逃げおおせたのだ。
何もしなければ罠は発動せず、こちらの姿も見えない以上は迂闊に自主的に発動させる事もないだろう。しばらくはこれで安心だ。
「でも、ずっとこうしてるわけにもいかなしなぁ……」
リンは誰にも聞こえない程度の声で呟き、小さくため息をついた。
飛行魔法も魔導の一部だ。魔力は当然消費されていく。じっとしていれば相変わらずジリ貧な事に変わりはない。
「うーん、どうしようかなぁ……」
腕を組んで、顎に手を当てて考えるリン。
悩んだ結果、彼女は試しに一つ、小さな風の球を指先に作り出す。風属性魔術基礎中の基礎のこれも、飛行魔法を使いながらというのは中々に難しい。それをなんとか成し遂げた彼女は、それをできるだけ遠くへと移動させて、コントロールが効かなくなる寸前で地面へと落とす。
直後、眩い光が放たれ、雷が地面から放たれる。
「ぃっ……⁉︎」
「なっ、いつの間にあそこに⁉︎」
それを見た瞬間、驚きで声をあげそうになったところを、自分で口を押さえることで何とか回避するリン。
同時に、佳奈恵の驚く声が聞こえる。そして彼女はその周囲の何発かの罠を自発させた。
当然ながらリンはそんなところにはおらず見当違いだ。
そしてリンは、この方法を取っておいて正解だったと内心冷や汗を浮かべる。
「爆発だけじゃない……いったい何種類の罠があるの……?」
自分の身一つで突っ込んでいたら、雷に打たれ凍らされ風に刻まれ燃やされ吹っ飛ばされるところだった。改めて考えてみると恐ろしい罠だった。
「……よし」
だが、これで一つ取れる方法が思いついた。
リンは、佳奈恵にばれないように小さな風の球を幾つも幾つも作り出す。そしてそれを任意の場所に配置する。
やる事は簡単だが、これで準備完了だ。再度、リンは佳奈恵の様子を目視にて確認。彼女は未だにリンが出てこない事に狼狽えている。恐らくまだ、吹き飛ばしてしまったかもしれないという可能性に頭を悩ませているのだろう。
もちろん、佳奈恵が落ち着くのを待つ気はない。むしろこれは、またとないチャンスなのだから。
「よし、行こう……!」
小さく気合を入れて、リンは木の陰から飛び出る。そして、それと共に周囲を包む幾つもの罠が発動する気配。リンが配置した風の球が罠の上に落ちて反応したのだ。
もちろん、飛行魔法を使っているリンには反応しない。
「なっ……⁉︎」
そして佳奈恵はリンに気がつかず、無数に発動する周りの爆発を見て顔を驚愕に歪めていた。
その隙をついて、リンは佳奈恵に接近を図る。だが、流石にすぐ近くまで来るとリンの気配に気がついて、佳奈恵は即座に罠を発動させる。
その反射神経は中々のものだったが、リンに比べれば遅い。その攻撃を躱してリンは更に接近。
そうしてようやく佳奈恵へと攻撃が届く距離まで来て、得意の槍を生成する時間も惜しいと言わんばかりに蹴りを放つ。
それは、佳奈恵の前に出現した不可視の壁に阻まれる。
「うっ……、リンちゃん⁉︎」
「く、このタイミングで魔壁……!」
かくして、リンの不意打ち作戦は失敗に終わった。だが、彼女の作戦はこれで終わりではない。むしろ次が本命だった。
槍を生成したリンは、すぐさま飛ぶ方向を真上へと変更。そして、罠が発動しても届きにくい距離まで飛ぶと、槍を高く掲げる。
すると、森の中から幾つもの風の球が浮いて出てきた。それも、自然の風や葉っぱを巻き込んで大きくなっている。
「な、何をする気……⁉︎」
「こうするんだよ__!」
リンは、空に浮かぶ風の球を更に幾つも分裂させ、槍のように尖らせる。そして、掲げた槍を振り下ろす。
無数に分裂した風の槍は、真下へと見た目よりは遅い速度で降下を始める。
「……ま、まさか!」
「そうだよ。全部爆発させちゃえば、罠も何も関係ないからね!」
風の槍はその後、加速によって高速で地面に落下。時間差を伴って周囲に、又は同じ場所に同じものが落下していく。
直後森を襲ったのは、無数の罠による破壊的な衝撃だった。
「くっ……!」
「うわぁっ⁉︎」
空中にいながらも震えさせるような衝撃波。
爆発に巻き込まれながら悲鳴をあげる佳奈恵は逃げ遅れ、そのまま爆煙に飲まれて姿が見えなくなる。
リンは今度こそ勝ったと内心ほくそ笑んでいた。それもそのはずで、一撃で魔導師を行動不能にするほどの威力がある罠をあれだけ一度に浴びているのだ。下手をすれば死んでいる可能性が高いが、リンも必死だったのでこの際止むを得なかったと言えるだろう。
だが、またしても決着がつく事はなかった。
爆煙が晴れた先。その一部だけがその爆煙に飲まれることなく守られていた。
7重の結界が彼女の足元の魔法陣から張られていた。その結界もボロボロで、中にいる佳奈恵も無傷ではないが、ほぼノーダメージだ。
「ふー、危ない危ない……」
「……嘘でしょ?」
「やっぱり流石だけど、別に驚くことでもないはずよ。これだけの罠だもの、自滅する可能性もあるんだから、自衛方法があるのはそんなにおかしいこと?」
「……言われてみればそうだよね。という事は振り出しかぁ」
「本当の意味でね。でも__」
佳奈恵は苦々しい表情を浮かべると、回れ右をしてその場を離れた。
「えっ……⁉︎」
「今のままじゃ不利だから、ひとまず退散させてもらうわよ」
「に、逃がさないよ!」
逃げだした佳奈恵の後をリンが追う。
一方その頃。
凍りついた莉緒を、無表情で眺める美緒。だがそれは、彼女が非情だからではない。
彼女の感情が現れた反応なのだ。
「……やられてないよね?」
『__やっぱ、そう簡単に騙されてくれないっすよねぇ』
美緒の質問に答えを返す莉緒。その声は氷の中にいることもあってくぐもっていた。
だが、徐々に氷が解け始め、ある程度まで液化したところで氷が水と共に弾けとび、蒸気が発生して美緒の視界を奪う。
「うっ……⁉︎」
「そこ__!」
解放されたと同時に強く踏み込んで地面を滑るように接近する莉緒。ガードが間に合わずに美緒は、その勢いに押されて後退させられる。
莉緒は更に勢いづいて、加速しながら超高速の斬撃で美緒を攻める。好調な美緒も、莉緒の速度にはさすがについていけない。徐々に傷が増え始め、じりじりと後退させられる。
だが、彼女もやられっぱなしではない。
一度莉緒の攻撃を強く弾いてあえて後退。そして、薙刀の柄を地面に突き立てる。そしてそこから、津波のように冷気が莉緒に襲いかかる。莉緒は攻めの足を止めて短刀を消し、両手を前に構えて息を吸い込む。
そして、気合いと共に一気に吐き出す。
「ハァァァァァッ!」
莉緒の体から吹き出したのは熱気だ。冷気と熱気がぶつかり合い、衝撃波と蒸気が撒き散らされる。
「……やっぱり、強いね莉緒は」
「いやぁ、美緒も十分過ぎるほど強いっすよ」
蒸気が晴れたところで、2人は互いを賞賛する。その強さはやはり高位序列なだけあって、強い力のぶつかり合いだった。
美緒が僅かに顔を顰め、逆に莉緒は僅かに頬を緩める。
「美緒が乗ってきたら自分の方が不利なんで、どんどん行かせてもらうっすよ」
「……っ、いいわ、受けて立つ……ていうのもおかしな話だけど、私は逃げも隠れもしない」
「別に逃げも隠れもしてくれていいんすけど……ね!」
莉緒は再び短刀を両手に構えて、美緒へと突っ込んでいく。美緒は、苦々しい笑みを浮かべて、薙刀を構え低く腰を下ろす。
刃が、ぶつかり合う。




