第12話『佳奈恵の実力』
唐突に影に呑まれて飛ばされた先。
そこで莉緒は、ゆっくりと目を開く。薄暗い森の中だったが、瞼の中よりは眩しく、一瞬だけ目が霞む。
そして、少しずつ目が慣れていくと、すぐ目の前に1人の少女を視認した。
莉緒は、その名前を呟く。
「……美緒」
「久しぶり……というほどでもない?」
「まぁ、そっすねぇ」
微笑みを浮かべる美緒に対して、頭の後ろで手を組んで、ヘラッと笑ってみせる莉緒。その口調は呑気なものだったが、表情は僅かに険しく、警戒心を露わにしていた。
美緒から、珍しく強い闘気と覇気を感じたからだ。
彼女は別段好戦的ではないので、ここまでやる気になっているというのは、莉緒からしてみれば意外というほかない。
「物騒っすね。なんでそんなやる気なんすか、珍しい」
「うん、この前は負けちゃったから。猛と一緒にはされたくないけど、私も、莉緒にリベンジしようかなって」
「猛さん? ……どういう意味っすか、なんでそこで彼の名前が?」
「猛が、将真さんと『サシで勝負したい』って言ったんだよ。だから、こうして分担したの」
「なるほど……」
無表情で目を閉じながら、人差し指を立てて美緒が言う。それを聞いて、莉緒は納得を得た。その反応は、奇しくもリンに近いものがあった。
先ほどの影魔法は、美緒の小隊の誰かが放ったものだということは、現時点でもはや一目瞭然。そしてその誰かは、恐らく美緒だろう。猛ではそんなに器用な真似はできないだろうし、そもそも猛でなくとも、佳奈恵にしても影魔法がそう簡単に習得できるとは考え辛い。
猛が将真との勝負に拘っていたのは周知の事実だ。そして彼は、今度こそ将真を倒す気でいるのだろう。
不可能ではない。むしろ、確率は低くない。なぜなら、魔導士としての才能や経験は、未だ猛の方が上なのだから。
そしてそんな彼と同じように再戦に燃える美緒。猛の意見に同意したが故の現状だろう。
そんな結論に至って美緒の方を見てみれば__その手の中に、大振りの薙刀が握られていた。
瞬間、莉緒の表情が凍りつく。
「そ、そこまでやる気なんすかー?」
「うん。せっかくだから、本気出そうかなって」
特に思うところもないような口調で美緒は言ってのけたが、これが実はすごいことだと知るのは今の所、莉緒や親族のみだ。
美緒が薙刀を使える時というのは限られている。調子が良い上で集中力が高まっている時だ。
今の彼女ではまだ、そうでもないと上手く扱うことができず、ここぞという時にしか持ち出さない。技はあっても力がなく、体が技に追いつかないのだ。
だが逆に言えば、持ち出した時の強さは相当なレベルに達している。薙刀を持ち出した彼女の近接戦闘能力はかなりの高さで、2年3年の十席とも渡り合えるやもしれないほどだ。
加えて、本来彼女が得意とする広範囲殲滅系魔術と合わさって隙のない強さとなる。故に強い。薙刀を持ち出した彼女に、莉緒が本当の意味で勝ったことは今の所まだない。
つまりこの時点で、莉緒の方がかなり不利になっていた。
その時、近くも遠くもない距離の森の中から、爆発音と共に爆煙が上がる。
「な、なんすか⁉︎」
「……向こうも始まったみたい」
「何がっすか?」
「わからない? 私は莉緒と、猛は将真さんと。だったら残ってるのは__」
「佳奈恵さんと、リンさん……⁉︎」
自分と同じように影に飲まれた少女は、今あそこで戦っているというのか。それを理解すると同時に、寒気が莉緒を襲った。美緒の能力ではない。単純に先ほどの爆発を見て、その意味を理解したが故だ。
「あの威力……並みの魔導士が受けたら無傷じゃ済まない。現在進行形で不調のリンさんがあんなのまともに食らったら……!」
「まあ、脱落するね。多分」
それで済めば良いが、大怪我をしてもおかしくない。しかもそれが今、立て続けに起きている。
助けに行こうと強く足を踏み出そうとした莉緒だったが、唐突にその足が止まり、前のめりに派手に倒れこむ。
「いづっ⁉︎」
何事かと足を見てみれば、足首までが氷漬けにされて地面に貼り付けられていたのだ。
さっきの寒気とは違う。これは紛れもなく__。
「美緒……っ!」
「ゴメンね、行かせるわけにはいかないの」
「何でっすか! リンさんが死んでしまうかもしれないんすよ!」
「……わかってる。わかっててやってるんだから」
美緒が静かに呟く。そして、薙刀を構えると同時、彼女の周囲の木々や葉っぱがパキパキと音を立てて白を纏い始める。彼女の放つ冷気が、周囲の草木を凍らせているのだ。
「幾つか言っておくけど、佳奈恵さんは決して弱くない。条件さえ揃えば、私たちとだって戦える」
「それは……初耳っすねぇ」
「彼女は設置型の魔術や魔法を得意としてるから、1人だと大して強くないの。あと、勘違いしてると思うから訂正しておくけれど、あの影魔法は私じゃなくて美緒だよ」
「マジっすか⁉︎」
驚きを露わにする莉緒。
だが確かに、情報さえ揃えば納得のいくものだった。
あの影魔法が設置型だったのはわかっていた。そして佳奈恵がそれを得意とすることがわかっていれば、これが佳奈恵の、しいては彼女たちの目論見を早い段階で崩すことができたかもしれない。
だが、それはたらればに過ぎない。今の脅威は、間違いなく目の前にいる美緒だった。
「最後に一つ。助けに行くのは自由だけど、通すつもりはないわよ__」
静かに、彼女は手にした薙刀の穂先をこちらに向けてくる。
「うっ……⁉︎」
彼女の言葉を皮切りに、氷結が生き物のように這い進み、向かってくる。それを見た莉緒は、思わずうめき声を上げる。
だが、足が凍らされてすぐに動き出すことができない。
そして、莉緒は一瞬にして氷漬けにさせられた。
佳奈恵の叫び声と同時に、地面が淡い光を放つ。危険を感じたリンはすぐさまその場から離れた。
そして、間近で大爆発が起きる。
辛うじて直撃は避けたが、爆発地があまりに近すぎた。爆風に煽られたリンは、うまく着地することができずに、地面に体を引きずる形で速度を落とす。
「いったぁ……っ」
ヒリヒリと熱を放つ左腕を押さえて、リンは立ち上がる。
「今のは……」
「私はね、設置型の魔術や魔法が得意なの。だから序列戦とか早く試合が決まる狭いフィールドでは弱くて。むしろこういう場の方が、私の能力を活かしやすいんだよね」
「そう、だったの……」
呟きながら、彼女は戦慄を覚えていた。
彼女の言葉に嘘はないようで、事実、今の爆発の威力は相当なものだった。一般人なら近くにいるだけでも致命傷になりかねない。魔導士でも場合によっては大怪我となりうるほどの物だ。
更に、今この場に、一体どれだけの魔術や魔法がどのように設置されているのか、リンにはわからない。例え不調でなくとも、こんな森の中で、しかも特別感知に長けているわけではないのだから尚更だ。
設置型の魔導の欠点は、狭い範囲だと使いづらい事と、その準備に時間がかかる事、そしてその所為で狙われやすいことにある。
だが、この試験に使われているフィールドは十分すぎるほど広く、また、こうして遭遇するまでに数日の時間が経っている。
更に言えば、設置型の利点は低出力高火力にある。もし自分たちとの戦いのために準備したというのなら、一体どれだけ罠が仕掛けられているかわかったものではない。
「……よし」
覚悟を決めたリンは、重心を落とし、強く踏み込もうとする。だが、その足元で、再び淡い光が放たれる。
次に飛び出したのは、竜巻だった。だが、その切れ味は尋常ではなく、タイミング的にギリギリ躱せたはずの足が切り刻まれて血が噴き出していたのだ。
「いっ……⁉︎」
「ゴメンね。さっきの言葉、訂正するわ__今のあなたなら、倒せる気がする」
佳奈恵が指を鳴らす。瞬間、リンの真下の地面が唐突に光を放って爆発が起きる。真上にいたリンは、当然爆風に吹き飛ばされる。
「あ、ぐっ……⁉︎」
「ゴメンね。私は意図的に起動させることもできるんだよ!」
バッと両手を広げる佳奈恵。それに呼応するように、地面から幾つもの火柱が立ち上る。
リンは、傷口に魔力を流し込んで強引に傷を治癒させ、肉体強化により加速して猛攻から逃げる。
その後を、次々と火柱が追うように立ち上る。
その様子を見て佳奈恵は勝利を確信した笑みを浮かべていたが、不意に何かに気がついたように眉を顰めた。
「リンの動き、なんか変……?」
リンが、右に左に、そして前に後ろにジグザグに駆けながら、爆発をあえて誘発するようにギリギリで躱しながら、フットワークの効いた動きをしていた。
佳奈恵に近づいてくることもなく。
その動きをしばらく追っているうちに、佳奈恵はリンの狙いに薄々気がつき始めていた。
「まさか……」
佳奈恵は、険しい表情でぼそりと呟く。
リンが狙っているのは、あえて罠を発動させることだ。
そうする事で罠を減らして、足場を増やしているのだ。そうすれば、安全に動けるようになっていく。
リンの作戦は正しかった。設置型魔導を仕掛けるのはそう簡単にはいかない。どうしても時間がかかってしまうからだ。したがって、罠が一度発動して仕舞えば、その場には何もなくなる。
そしてリンがようやく攻撃の動きに入る。すでに罠が発動した後の地面に着地しようと、地面に降り始める。
例え不調だからといっても、2人の距離は近く、接近戦で強いリンに采配が上がるだろう。
だが__リンは、佳奈恵を甘く見ていた。信じられない光景を、目にしたのだ。
「……今まで、一体どれだけの時間があったと思ってるの?」
「__っ⁉︎」
リンが地面に足をつけたその瞬間、足元が光を放って大爆発を起こした。




