第11話『向けられた殺意』
柚葉が呼ばれてから約5時間が過ぎていた。
ようやく目を覚まして、欠伸を噛み殺しながら研究室から出てきた出雲華恋は、壁にもたれかかって座り込む柚葉を見て目を丸くする。
柚葉が、小さな寝息を立てている事に気がついたからだ。
華恋は、恐る恐るというわけでもないだろうが、比較的慎重にも見える動きで柚葉の体を揺すって声をかける。
「……おーい、柚葉ちゃんどうしてこんなところで寝てるノ?」
「う、ん……、ぇ……ハッ!」
ゆっくりと目を開けた柚葉は、目の前にいる華恋の姿を確認すると完全に覚醒。飛び上がるようにその場から立ち上がり、柚葉の頭の真上にあった華恋の顔面を強打する。
「は、がぁ〜⁉︎」
「い……たぁっ⁉︎」
当然のように衝撃と痛みで声を上げる華恋。もちろん柚葉もノーダメージなはずもなく、せっかく立ち上がったにもかかわらず、頭を押さえて蹲る。
「なにすんのサ……」
「あ、あなたがいきなり声かけるから……」
「あたしのせいじゃないだろうニ……」
自分が悪いと言われて不満そうに唇を尖らせる華恋。その不満が正当なものであるのをわかっている柚葉は、若干申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「そ、そんな事よりも例の話よ。どうなったの?」
「例の話? どうなった? 何の事かナ?」
「あなたねぇ……」
「起き抜けなんだヨ。ちょっと待って、今思い出す……あ、試験の話カ」
ピコンと音が聞こえそうな表情で指を立てて柚葉が言わんとする事を理解する。柚葉は、ため息をついて頷いた。
「どういう意味か、聞かせてくれるでしょうね?」
柚葉は、声を低くして問いかける。
この試験において、学園長である彼女は直接関与する事ができない。
堅苦しいルールにとらわれているわけではなく、この試験を始めた当時の学園長が魔導的に作った結界装置の設定のせいだ。どういう仕組みなのかはわからないが、実際彼女は昨年、この試験に干渉しようとして失敗している。
故に、干渉は不可能。彼女にできることは、状況を把握して解決策を見出すことのみだ。
そして、それを理解しているのだろう華恋は、一つ頷いて、先ほど出てきた扉とは別の扉に向かって歩き出す。
「いいヨ。ついておいで」
そう言う華恋の後ろを、柚葉は若干緊張の浮かぶ表情でついて行く。
『日本都市』を護る強固な城壁(城はないが)ともなっている自警団本部。その中は馬鹿みたいに広い。
上は雲がかかるような高さ、下は海底に届きそうな深さ。広さは地下に行くにつれて広がって、暫く下がると広さは変わらなくなるのだが、そんなところに到達した時点でフロア一つの広さは相当なものだ。
そんな本部の中の階段を降り、廊下を歩き出き、扉を開けて、同じように歩いて行くこと約10分。彼女たちは目的地に到着した。
扉を開くと、前面がガラス張りの廊下へと出る。そこから覗き込むと、更に一つ下の階まで突き抜けになった部屋があり、そこにはベッドに横たわる数十人もの生徒たちがいた。彼らの表情は苦しそうだが、特に目立った外傷はない。
「どういう事よ?」
「何かナ?」
「話と違うじゃない。__生徒たちが大怪我してるから来てくれって言われたのに」
本来、この試験に用いられた結界は、脱落した時点で強制的に指定の場所に転送される。今回は、今彼らが寝ている場所がそうなのだ。そして転送される時、受けた傷や、例え死んでしまったとしてもなかった事になる。
もっと正確に言うなら、どんな傷を負っても治る、というべきかもしれない。
そういう特殊な効果を持つはずの結界から、強制転送されてきた脱落者の生徒たちがボロボロ。それは結界に何かしらの異常が生じた事を意味し、同時に、この試験が試験では済まなくなることも示唆している。
その話が本当なら、今もまだ中で試験を行っている生徒たちが余りにも危険だろう。
だからあれだけ早い時間に呼び出されたのだろうし、その話を聞いた柚葉が焦燥に駆られたのは事実だ。これがドッキリ大成功的な何かだと言われたら、憤る気持ちも無理はない。
だが、むしろその柚葉の反応に、華恋は呆れたようにため息をつく。
「わかってないナ」
「何がよ?」
「ついさっき、ここにいる生徒たちの治療を終えたばかりなんだヨ。放っておけば、致命傷になりかねないような生徒もいたしネ」
「っ、それってつまり……!」
柚葉が、戦慄の表情を浮かべる。
華恋の言葉通りなら、特別傷が酷かった生徒は『放っておけば致命傷』レベルだったらしいが、これがもし本当に死んでいたらどうなるだろう。
それは予想よりも酷く、必ず取り返しのつかない事になる。その異常を知らない生徒たちが、最悪の場合、仲間を本当に殺してしまっているかもしれないのだ。
「でも、なんで……結界が綻びた理由は?」
「そこまでは知らないしわからないヨ。それよりも、どうする気?」
「……とりあえず、中と連絡を取り合って戦闘を中止するように呼びかけて貰うわ」
正直、その程度しかできないというのが本音だが。
学園長という身分を今この時ばかりは忌々しく思いながら、ため息まじりに彼女は端末の電源をつける。そして音声のみの通信で本部の管制室に連絡を入れた。
『__はい、こちら管制室です』
「私よ、片桐柚葉」
『柚葉さんですか? 学園長が一体どのような理由でこちらに通信を?』
「今、試験中の高等部一年生たちに一斉に通信を繋げて欲しいの。早急に連絡しなくちゃいけないことがあるから」
『了解しました。少々お待ちください__』
そうして、通信は一旦待機モードになる。
約1分くらいして通信は再び繋がり、だがその向こうから知らされた事実に、彼女は目を見開いて驚愕する事になる。
『申し訳ありませんが、通信を接続できませんでした』
「なっ……、どうして⁉︎」
『どうやら、通信妨害らしきものが働いているようです』
「そんな……!」
柚葉の顔に明らかな焦燥が浮かび上がる。若干パニックになりそうで頭を抱えて硬直してしまった柚葉を差し置いて、横から華恋が通信先へと問いかける。
「何とかその妨害を超えられないかナ?」
『そうですね……。このくらいなら、できなくはないですが』
「ホント⁉︎」
少々の沈黙と電子音の後に告げられたその結論に、柚葉が声を弾ませる。だが、
『ただ、すぐにとはいきません。この程度でも、1日くらいは頂きたい』
「そう……わかった。でも、できるだけ早くお願いね。頼んだわよ」
『承知いたしました』
その言葉を最後に、管制室からの通信が切れる。
柚葉は、無機質な天井を見上げて、悔しげに歯を食いしばった。
「まさか、殺し合いになんてなってないでしょうね……」
そんな嫌な予感は__残念ながら、当たってしまうのだが。
「ぐっ……⁉︎」
何枚にも重ねたガラスが、一撃で粉々にされるような破壊音が響く。次いで蹴り飛ばされた将真は、地面を滑るように勢いを殺しながら後退する。
肉体強化をしているとはいえ、それは猛も同じ事。蹴りを食らったことで受けたダメージはそれなりにある。
だが、それを気にしている余裕はない。
咳き込み痛む腹を押さえる事もせず、すぐに武器を生成し直して猛へと向きなおる将真。その目の前に現れたのは、猛が放った幾つもの火弾だった。
「げっ……!」
呻き声を上げる将真の目の前に、火弾が着弾して連鎖的に爆発を巻き起こす。
辛うじて直撃を避けた将真は、その爆風を利用して猛から距離をとろうとする。
だが、後退して踏み込んだ地面が唐突に淡い光を放つ。
__魔法陣⁉︎ 設置型か!
戦慄で表情を歪める将真。その足元から現れたのは、荊のように棘だらけの縄のようなものだった。それは、将真を縛り付けて、刺さる棘が将真に苦痛を与える。
棘とは言うが、そのサイズは包丁より一回り小さいくらいの、棘としては凶悪極まりないものだった。
「が……あぁぁぁぁっ!」
「どうした。その程度か、片桐将真っ!」
雄叫びを上げる猛が、跳躍して両手で握る剣を振り上げる。そして、落下する勢いを乗せて、剣を振り下ろしにかかった。
「ぐ……、やられてたまるかよ__!」
将真もまた叫び声を上げて、自身を縛る荊を引きちぎる。そして、将真の握る剣が、僅かに伸びて鋭利になる。
「おぉぉっ!」
「黒切!」
魔力を帯びた猛の剣が振り下ろされ、それを迎撃するように将真が斜め上へと切り上げる。
将真の刃は猛の剣を根元から砕いて見せた。
将真の魔力には、相手の魔力を打ち消す力がある。正確には、魔力を食らっているのだが。
そんな将真の魔力と衝突したら今のようになることは彼と共に戦ったことがある者ならばわかることだ。
そして猛は__
「甘ぇよ!」
「がっ……!」
剣が破壊されたことを気にする様子もなく、残った刀身を将真に突きつける。思わぬ行動に将真は躱すことができなかった。幸いにも刀身がかなり短くなっていた為にあまり深い傷は追わなかったが、それ以上に将真は軽い焦りを覚えていた。
「お前、1ヶ月前とは桁違いに強くなってるな。何をしたらそんな変わるんだよ……」
「バカ言うな。これが俺の本来の実力で、これが俺とお前の本来の実力差だ」
「……つまり、今までは手を抜いてたってことか」
「手は抜いてねぇよ。油断してたのは認めるが」
猛が、忌々しげに唇を歪めて不機嫌そうな口調で吐き棄てる。いや、実際機嫌は悪いのだろうが。
将真はため息を吐きながら、戦闘の最中だというのに別の方へと視線を向ける。それは、今もまだ爆煙が立ち込めている、ここから少し距離のある森の中だ。
先ほど起きた爆発を皮切りに、しきりに爆発音が轟いている。それが気になってしょうがなかった。目の前にいる少年と、何かしらの関連性がある気がして。
「……猛、一つ聞いていいか?」
「んだよ?」
「あの爆発に、心当たりはあるか?」
「あん? ……ああ、アレか」
一瞬、何を言い出したのかというような目で将真をみた彼は、だがその視線の先の光景を見て、納得したような呟きを漏らす。
その反応を見て、将真は確信を覚えた。
「やっぱり、知ってるんだな?」
「知ってるも何も、アレは俺らの小隊が……いや、正確には、佳奈恵が引き起こしてる爆発だ」
「なっ……、あいつ、そんな事ができるのか⁉︎」
「知らねぇのも無理はねぇが、今頃はリンとドンパチしてんだろうよ」
「なんっ__⁉︎」
佳奈恵があの爆発を引き起こしていることにも驚いたが、唐突に消えたリンが今、あそこで戦っているという事実の方が将真にとっては驚きだった。
「あんな爆発に、今のリンが巻き込まれたらっ……!」
「何を焦る事があるのか、俺にはさっぱりわかんねぇよ」
「わからないだと? 普通に考えろよ、死ぬかもしれないんだぞ⁉︎」
「だから、何を焦っている? 試験に脱落すれば、この結界の中から出られる。そしてそれは、死すらもなかった事になる。それはつまり、殺す気でやれという事に他ならないし、学園側の公認なら、殺したところで構いやしねぇだろ」
「お前っ……!」
余りにも冷酷なその言葉に、将真は怒りを覚えた。例えなかった事になろうとも、それが殺して良い原因には決してならないはずだ。なのにそれが常識と化している。将真の方こそ、猛を理解する事ができなかった。
「聞きたいことはそれで全部か? だったら行くぜ」
「っ__!」
あまりいけ好かないとはいえ、猛も大切な仲間だと将真は思っていた。そんな彼から、容赦のない殺意が自身に向けられていることを自覚しながら、それでも将真は、意識の半分を別の事にそらしていた。
__リン……!
不安は冷めることなく、再び試験という名の殺し合いが始まる。
1週間も開けてしまって申し訳ないです。今後は、できる限りペースを戻していこうと考えてますので、これからもよろしくお願いしますー。




