第8話『それがサバイバル』
「……そろそろ機嫌戻してくれないか?」
「だってぇ……」
「自分はもうちょい待ってもいいっすけどねー」
先ほどの失敗を踏まえて、適度な緊張感を保ち周囲の警戒をしながらも、将真は呆れたように呟いた。
リンは未だにぐずっているのだが、どうやら相当精神的に堪えたようだ。まあ、あんな事があれば無理もないが。
「こんな事言いたくはないんだけどさ、あの場で油断してたのが原因といえば原因だろうし、リンは運が悪かったとしか……」
「リンさんって、若干不幸体質感否めないっすからねぇ」
「うぅ〜……」
リンの顔は真っ赤に染まったままで、拗ねたように唸り声をあげる。その表情も可愛らしいといえば可愛らしいのだが、もうかれこれ1時間ほどこんな調子だ。流石にうんざりもしてこよう。
将真がため息をつくと、莉緒が切り替えるように声を上げた。
「さっきリンさんが出した案で行こうと思うんすけど、どこに隠れたもんすかねぇ」
「そうだなぁ」
野宿というわけにもいかないのだろう。見つかれば戦闘になるのだから、そんな迂闊な真似をしてはいられない。野宿をするなら最低限結界装置が必要だ。
そう思っていると、丁度同じことを考えていたらしきリンが、まだ泣きべそをかきながらも口を開く。
「……結界装置があれば、一応野宿も可能だよね。でもボク持ってないから……」
「そりゃあ朝から色々あったとはいえ、戦闘になればパンツ丸見えになる格好で来るほど動揺してたから、無理もないと思うっすけど」
「酷いよ莉緒ちゃん……」
ようやく顔を少し上げてくれたリンは、莉緒の今の言葉で再び顔を赤くして膝の中に埋めてしまった。
だが事実、リンのパンツは将真や莉緒に見られている。普通なら激しい戦闘が前もって予想される場合、女子はスカートの下にスパッツなどを履いてパンツが見えないようにするものらしい。ちなみに莉緒は黒タイツを履いているが、これはしょっちゅうだ。
将真は、軽くため息をつきながら、
「そもそもスカートをやめればいいのに__」
「そういうわけにもいかないの!」
「な、何でだよ……?」
涙目で迫ってくるリンに若干気圧されながら将真が問う。それに答えたのは莉緒だった。
「実はこの制服には、それなりに強力な術式が色々組み込まれていて、これを着ているだけでもかなり防御力が上がって安全なんすよ」
「……え、何、この制服肉体強化の代わりをしてくれてるって事か?」
「その例えで言うならあくまで防御面だけで、攻撃面においては特に大きな影響は与えないっすけどねー」
「マジか……」
将真は驚いて目を見開く。こんな服一式にそんな効果が付いているのなら、確かに着用する意味は大いにあるだろう。
魔導にまだ不慣れな生徒には、肉体強化に割く分の集中力と魔力が少しは別に回せるし、熟練度の高い生徒にも、気休め以上の効果を発揮するだろう。
制服の思わぬ利便性に驚く将真と、羞恥で未だに立ち直れないリンを差し置いて、ふと莉緒が頭上を見上げる。
特に何かを感じたわけではない。それはただの確認だった。
同じように将真も上を見上げる。すると、木々の隙間から空の様子を見る事ができた。空は夕焼けに染まってオレンジ色になっていた。
そろそろ今日の野営地店を決めなければならない頃合いだ。
莉緒は少し悩むような仕草をしたのち、
「……よし、じゃあ今日はここで野宿にしときましょう」
「こんなところでいいのか?」
莉緒の判断に、将真が首を傾げて問いかける。
森の中とはいえ、流石にこれだけ開けていたらバレるのではないかと思ったのだ。
だが、莉緒は頷きを見せる。
「結界装置をおけばとりあえずはゆっくり体を休められるし、むしろ見通しの悪いところじゃ襲撃を受けた時に余計に危険っすから」
「……なるほど。つまり、襲撃がわかった時に相手を把握しておくのも必要って事……だよな?」
「その認識で大凡間違いはないっすよ」
将真が最後のあたりは若干自信なさげに言うと、莉緒がそれを首肯する。そして、ゆっくりと顔を上げたリンが、しばらく野宿をする事となるその場を見てポツリ。
「……お風呂とトイレは?」
「……」
「そんなもん、ないに決まってるじゃないっすか」
「ないんだ⁉︎」
__いやわかってたけど!
心の中で叫ぶ将真。だが、そりゃそうだ。こんな大自然に人工的な風呂があるわけもないし、ましてやトイレなんてそもそも人工的なものだ。そんなものが存在する方がおかしい。
だが、妙な納得を覚えた将真に対して、リンはその表情に絶望のようなものすら浮かべていた。
「……ないの?」
「当たり前じゃないっすか」
「なんで⁉︎」
「いや、何でって言われても……てか、俺に聞くなよ」
質問に答えたのは莉緒なのに、リンは将真に涙目で詰め寄る。
実は、リンの質問に対しての答えは、何となくだが浮かんでいる将真。
ここが大自然だからという事も踏まえて、強いて理由を挙げるとするならば、今自分たちが参加しているこれが『適応能力試験』だからだ。
「この試験でいい成績を叩き出せば、今まで受けられなかった高難易度の任務が受けられるようになるっすけど、高難易度の任務の中には、長期任務もあるんすよ」
「そうなのか?」
「確かにそうらしいけど……」
『裏世界』の知識が未だに乏しい将真の問いに、リンが微妙な肯定を示す。その表情は、納得いかないと言っているようだった。
「今まであった長期任務の最長記録は1ヶ月オーバーらしいっすから、むしろこの10日間……厳密には、9日間とトーナメントの1日っすけど」
「……え、この試験で終わりじゃないのか?」
「サバイバルテストは娯楽と言う面もあるっすからね。盛り上がる方がいいんすよ。とにかく、そんなわけなんで繰り返すと、10日間程度で根をあげてるようじゃ、とても高難易度の任務は受けられないって事になるっすよ」
莉緒の言葉を聞いて、微妙な表情になったのは将真だった。
今まで受けた任務を色々思い出してみると、大した難易度でなかったはずの任務が、遂行中に桁違いに跳ね上がる事態が何度かあったのだ。そう考えると、この試験を終えていないにもかかわらず、ある意味許可なしで高難易度の任務を達成した事となる。
成り行きとはいえ、その事を考えると複雑な思いである。
ようやく落ち着きを取り戻してきたリンは、拗ねたように文句を続ける。
「10日間程度って、結構だと思うよ?」
「そりゃそうっすね。それでも、高難易度任務の平均期間が大体10日間らしいっすから、まあ妥当なところなんでしょう」
「……じゃあ、お風呂とトイレ、どうすればいいの?」
「お風呂はまあ……水場が見つかれば何とかなるっすよ」
リンの問いに答えながら、莉緒は端末の電源を入れて地図を開く。そして、しばらく地図を見つめ続けて、
「……まあ、この辺にはないみたいっすね。ああ、トイレは言うまでもなくその辺の茂みでするしかないっす」
「っ__⁉︎」
「やっぱそうなるのか……」
リンが息を呑み、将真はがっくりと肩を落とす。男とはいえ、外でするのは抵抗がある。それでもまあ、女子に比べれば色々とマシなのかもしれないが……これが現代っ子の思考というやつだろうか、と将真はため息をついた。
その直後、ガクンと体が引っ張られる。何が起きたのかは明白で、リンが将真の服を掴んでいた。
「そ、外でなんてできないよっ」
「俺に言われても……俺がいるからか?」
「それもあるけど……と言うか、それが1番大きいのは確かだけど……!」
リンが、唸り声をあげながら、涙目で将真を見上げてくる。
__うわ、やっばい可愛い。
視線をそらしながら、久しぶりにそんな事を胸中で呟く将真。だが、リンにはそんな心の余裕はないらしい。
「ど、どうしよう〜……」
そう言いながら、少しもじもじとし始める。
嫌な予感がした将真は、恐る恐るリンに問いかけてみる。
「……まさか、トイレに行きたい、とか?」
「……うぅぅぅ〜〜〜!」
図星らしい。
いつから我慢しているのかは知らないが、女子は男子より我慢が利かないと聞く。そんなわけで、今のリンの様子を見ていれば、将真も余裕がなくなるのは当然だったかもしれない。
情けなく慌て始める将真。それを見かねて莉緒が口を開く。
「将真さんは後ろ向いて耳塞いでっす。リンさんはもうちょっと先の茂みで早く終わらせてくださいっす。あっと、あんまり離れすぎると迷いかねないんで、適度な距離で頼むっすよ」
「お、おう……」
「うぅ……わかったよぅ……」
将真がくるりと後ろを向いたのを確認して、観念したかのようにリンが小声で呟いて茂みの奥へと入っていった。
少しして、リンが用を足して戻ってきた。
別に何をされたわけでもないだろうに、顔は赤く、やはり涙目だった。
流石にここまでくるとうんざりしてくるのもあるし、違和感もあった。
「リン、ちょっといいか?」
「……うん、何?」
「さっきから思ってたんだけどさ」
一体いつからなっていたのかはわからない。初めは本当にただの違和感だった。リンの瞳を見た時将真が、彼女がオッドアイだという事を忘れた程の、自然で不自然な違和感だった。
すなわち。
「__リンって、両方青瞳だっけ?」
「……え?」
リンが、惚けた声で瞬きをする。
2人は何も口を開かず、莉緒も何一つ言わないため、沈黙が漂った。
そして将真は気がついた。
いつの間にか、リンの瞳がいつものオッドアイに戻っていることに。
「あ……」
「ん?」
リンが、再び顔を赤くして小さく声を上げた。先程までとあまり変わらない反応の中に、将真は少し変化が現れたことに気が付いた。
そして、リンは慌てた様子で両手を振り、
「……ご、ごめん! 今までのなし! 全部なし!」
「……は?」
「はい?」
思わぬ反応に、将真と莉緒は首を傾げる。どうやらいつものリンに戻ったみたいだが、さっきまでのリンは一体何だったのか。
「迷惑かけちゃったのは謝るから……自分でもどうかしてたと思うし」
「どうかしてたとまでは言わないけどな」
「そ、そう? ……と、とにかく忘れて。自分の迂闊さに恥ずかしくて死ねそう」
「迂闊って……」
将真は、突如本来の彼女らしさを取り戻しながらも大袈裟なその発言に、呆れたように眉を顰めた。
その時、莉緒が少し意地の悪い笑みを浮かべて、
「一つ聞いてもいいっすか?」
「え? ……嫌な予感」
「じゃあ……何であんな子供パンツ履いてたんすか?」
グッサァ!
羞恥に顔を真っ赤にするリン。
瞬間、リンの体を何かが突き刺さる音が聞こえた……気がした。
「あ、あれは今日の朝色々あって……偶々だよ! あと子供パンツって酷いよ__⁉︎」
「っ……!」
「な……」
慌てて言い訳をしようとするリン。だが、突然何かに気がついたかのように顔を森の方へと向ける。同じく莉緒と将真もその気配を感じ取っていた。
「……なんか、いるよね?」
「結構いる気がするな……」
「これは多分、囲まれてるっすね」
呆れそうなほど平和的な雰囲気から一転、3人の意識は研ぎ澄まされ、今の状況を打破せんと頭を回転させていた。
だが、将真たちが何かを思いつくより先に、茂みの向こうにいる気配たちが動き出した。
それは、魔族や魔物の群れだった。
ゴブリンやコボルドと言った低位魔族。人間大のネズミや双頭の熊、人くらいなら丸呑みしてしまいそうな大蛇、エトセトラ。
その場に集結していた奴らが、一斉に襲いかかってきたのだ。
将真は舌打ちして苦笑いを浮かべる。
「やっぱ、気を抜いてる余裕はそうなさそうだな」
「そうだね」
「まあ、こういう事が起こるからこその適応能力試験なんすけどねー」
リンも頷いて肯定し、軽い口調で返した莉緒も、その表情は真剣だった。
「……しゃーないっすね。いっちょやってやりましょう」
「おう!」
「うん!」
各々の武器を生成し、陣形を組む。
襲い来る魔族たちへと、将真たちは飛び込んでいった。




