第7話『早すぎた勝利』
初めの勝利を終えて、その場を離れて行く。その途中で、莉緒がボソリと一言。
「ちょっと早すぎたかも知れないっすね……」
「ん?」
「早いって……何が?」
意味不明の呟きに当然の疑問を浮かべる将真とリン。その問いを受けて、莉緒が唸っている。
「……んー、いや、向こうがその気だった以上、あの場面では正しい選択だったとは思うっすけどー……」
「だから何だよ」
「しょ、将真くん落ち着いて?」
「いや、別に怒ってはないけど……」
煮え切らない回答にすらなっていないその呟きに、将真が若干苛立たしげに口をとがらせていう。リンが将真を宥めようとするが、そもそも将真はそこまで怒り心頭というわけではない。
そして莉緒は尚も唸り続け、何かを思い出すように目を閉じて口を開く。
「いや、最初の勝利っていうのは平均して大体3日目以降なんすよね。それを1日目で達成してしまうっていうのはちょっとまずいかもしれないと」
「そうなの?」
「何がまずいんだ?」
「まあ、あんまりルール気にしないでやる人が多いんで、実は知られてなかったりするんすけど……」
言いながら、莉緒が端末を開く。それを将真とリンが両隣から覗き込む。端末から浮き出たウインドウに記されたそれは、所謂ガイドブックのような文面だった。
その分を莉緒が、ある一点を指でなぞりながら読み始める。
「『試験時、各小隊に1ptが付与されている。相手の小隊を打ち破ると、打ち破られた側の持っていたポイントを全て手に入れることができる』……つまり、この試験はポイントの奪い合いなんすよ」
「マジか……知らなかった」
「そんなルールあったんだ。ボクも全く気にしてなかったよ……」
将真とリンは、呆然と反応を示す。莉緒は少し呆れつつも、やっぱりというように頷いて続ける。
「たくさんポイントを撮ろうと思ったら、たくさんポイントを持っているチームを狙うでしょう? つまりそういうことなんすよ」
「なるほど……でも、まだ1勝だぜ?」
「将真くん、それは少し違うよ」
将真はその説明には納得しながら頷くも、現状の危険性は特にないと考えていた。それゆえの発言だったのだが、それをリンが珍しく、少し咎めるような口調でいう。
それに続いて莉緒が、
「そうそう。こういう場合は、されど一勝、すよ」
「何で?」
「だって、ポイントが奪われるっていうのは、もし本当の戦闘だったら小隊全滅ってことでしょ?」
「あっ……」
言われて、将真は声を上げる。
そう。これは本番を模した試験なのだ。本来なら、退場=死を意味する。今はあくまで試験だから死ぬことがないだけで、そもそも狙われ易くなるのは問題なのだ。
その分、自分たちの死亡確率が上がるだけなのだから。
「まあ、自分たちの強さを考えれば簡単に狙われることはないと思うんすけどねー」
希望的観測ではあるんすけど、とため息まじりにやれやれと付け加える莉緒。だが、そんな事を聞いてしまえば気にせずにはいられない。
将真は何か案はないかと難しい顔で考えながら、
「じゃあ……どうするんだ?」
結局、特に何かを思いつくことはなく頭を掻いて呟いた。「そうっすねー」と莉緒は少し上を向いて腕を組む。
すると、同じく考えていたリンが口を開いた。
「……とりあえず、身を潜めるのがいいんじゃないかなぁ?」
「それがまあ、妥当な判断っすね」
「それじゃあ、早めに移動したほうがいいな」
莉緒に続いて将真も同意を示して頷く。「じゃあ」と動き始めようとしたリン。
だが、将真たちは一つ、大事なことを失念していた。
歩き始めたリンが、突然将真たちの視界からヒュッと消える。
「はぇ……?」
「んぁ?」
「へ……?」
リンが惚けた声を出し、それに続いて将真と莉緒も間抜けな声を漏らす。
視界から消えたと思ったリンは、頭上を見上げるとそこにいた。その左足には何かが巻きついていて、彼女を逆さまにぶら下げる。
重力に従って下がるスカートを目の当たりにして、リンがようやく我に帰った。
「ちょ……いやぁぁぁっ!」
咄嗟に手でスカートを抑えようとするリンだったが、今度はそう上手くいかなかった。その両腕を、何かが巻きついて動きを封じた。当然、支えのないスカートはあっさりと捲れ__デフォルメされた動物たちが水玉のようにプリントされているパンツが晒される。
「きゃあぁぁ! きゃあぁぁぁぁっ!」
リンが顔を真っ赤にして奇声をあげる。残る2人はというと。
「……将真さん?」
「っ……、何だよ?」
莉緒に名を呼ばれ、気まずそうに顔を背ける将真。
そして、
「この状況でガン見はちょっと……鬼畜じゃないっすか?」
「俺が悪いのか⁉︎」
思わず絶叫する。
あまりに唐突だった為に、男子の本能に抗うことができなかった将真は、リンの可愛らしいプリントの入ったパンツに目を奪われてしまったのだ。莉緒に声をかけられることがなければ、まだ見ていたかもしれない。
「将真さんもやっぱり男の子なんすねぇ」
「うっさいわ!」
「2人ともっ、そんな呑気に喋ってないで助けてよぉ!」
ニヤニヤと笑う莉緒に怒鳴る将真。今の状況にリンが堪らず助けを求める。
だが、将真は動くとリンのあられもない姿を再びガン見する羽目になってしまう。そこで、莉緒が動こうとする。
だが。
「ちょ……ダメ、やめて! そんなところに入らないでっ……!」
リンの言葉は聞き入れられず、無情にもリンの腕と足に絡み付いた何かがリンの体を這って、服の中やスカートの中に入り込む。そしてそれは、リンの身体を締め付ける。
「ふぁ、はぅぁぁぁぁぁ……ひぅんっ」
艶かしい悲鳴を上げて、リンが全身を走る衝撃に身悶える。その時になって、ようやくリンの身体に巻き付いたものの正体が発覚した。
「こ、こいつ……何だ? 動く木、か?」
「げ、バードイーターじゃないっすか」
その姿を見て、莉緒が呻き声をあげる。彼女が口にしたこの動く木の名前『バードイーター』は、別称『食鳥植物』とも言われていて、近づく鳥類を今リンにしているように、枝で絡め取って吞み込むのだ。
3人が失念していたこと。
それは、ここにいるのは魔導士だけではない、という事。つまり、魔物や魔族もいるという事だ。
想定していなかった、早すぎた勝利に思わず気が動転していたのかもしれないが、失敗は失敗だ。
幸いにも、バードイーターは対して強い魔物ではないのだが、こうして動きを封じてくるのは厄介なところだ。
加えて、
「ひょ、ま、くんっ、りおっ、しゃん、はやく、たすけぇ……ひゃうんっ」
「……おい莉緒」
「……何すか?」
「お前もガン見してんじゃねえか!」
「こ、この場合自分は同じ女だからいいんすよ!」
「とか言いながらお前も若干顔赤いけど⁉︎」
目の前で繰り広げられるエロティックな光景は、同性の莉緒ですら目を奪われる物だったのだから、間接的に将真と莉緒の動きも封じているわけで恐るべしバードイーター。
__って、そうじゃないだろっ!
少々苦労しながらも、理性で何とか我に帰った将真。その努力を無駄にするセリフが、リンの口から漏れる。
「はやく、たすけてっ……このままじゃ、ボク……たべられちゃうよ〜……」
「今この状況においてそのセリフは、別のヤバイ意味に聞こえるんだけど⁉︎」
顔を真っ赤にして身悶えるリンがそんな事を言うものだから、将真は再び目を奪われてしまった。
バードイーターの攻撃……と言っていいのかわからないそれのせいで、いよいよ上の服まで捲れあがって、ブラジャーまで見えていた。
それだけではない。パンツもブラジャーも少し捲れて、1番見えてはいけないところが見えてしまいそうになっていた。既に2度もリンの裸を目撃してしまっている将真だが、その光景のエロさに男として反応せずにはいられなかった。
だが、
「うっ、ぐすっ、うぇ……」
いよいよもって巻きつかれる感覚と強烈すぎる羞恥心によってリンが泣き始めてしまい、今度こそ2人は正気に戻った。
「わ、悪いリン! 今助けるから待ってろ!」
「本当にスンマセンっす! もう間もなくっすから、泣かないで!」
そのタイミングで、周りからバードイーターの群れが現れた。タイミングとしては最悪だが、そもそも将真たちが遅れをとるような相手ではない。
慌てた2人がバードイーターの群れを駆逐するのに、5分とかからなかったが、解放されたリンは暫くの間羞恥心に打ちのめされて、蹲って動かなかった。
一方その頃。
「__ラァッ!」
「ギィァァァァァ!」
気合いと共に振り抜かれた剣が、ゴブリンやコボルドたちを斬りつける。魔族たちは断末魔を上げて、地面に倒れ伏せて血溜まりを作る。
魔族の中でもそう強くないとはいえ、かなり凄絶な虐殺。幾ら何でも、魔族相手にここまでするのは珍しい。余程魔族が憎いか、それとも何かしら別の理由があるのか。
とにかく、魔族たちが血溜まりを作って死に体を晒しているのは少しの間だった。完全に絶命したところで、魔族たちの体や血でさえも黒い塵になって消滅していく。それを、魔族たちを屠った少年は無感動に眺めていた。
その少年の後ろには、2人の少女がいた。
1人は、おっとりした感じの、あまり表情に変化のない青髪の少女だ。だが、珍しい事にその顔には、分かり辛いながらも深いそうな表情が浮いている。
もう1人の少女は気弱そうで、青髪の少女の背に隠れて、その光景を見て肩を縮こまらせていた。少女の目尻には、若干涙が浮いていた。
青髪の少女が、少年に声をかける。
「……猛」
名前を呼ばれた少年__御白猛は、少女たちの方を振り向く。そして、少女たち__美緒と佳奈恵の、責めるような目を見て、嘆息する。
「……何だよ」
「やり過ぎだと思う。佳奈恵も怯えちゃってるから、もう少し穏便なやり方にして」
「別に普通だろこれくらい」
「で、でもちょっと残虐過ぎじゃない、かな……」
「知るかよ。どうせ誰がやったって結果は同じなんだ」
不機嫌そうに吐き捨てる猛の表情は、だが珍しい事に不機嫌そうではなかった。
ただ静かに、冷静に。
そのらしくない雰囲気に、訝しげな表情を作りながら、美緒はその理由を問いかける。
「……何かいいことでもあった?」
「いいこと? ……ああ、あるにはあるぜ」
猛はそう呟く。同時、彼の口には獰猛な笑みが浮いた。
「何せ」
その獰猛な笑みを浮かべたまま、彼は言う。
「こんなにも早く、復讐の機会が来たんだからな」




