第6話『適応能力試験、開催』
台の上に立ち、生徒たちの眼前で所謂開会の言葉を告げるのは、将真の実姉にしてこの学園の学園長__片桐柚葉だ。
グラウンドに集合している大半の生徒は、彼女の口から開会の合図が口にされるのが待ち遠しいかのように、開会式が始まってからずっとそわそわとしている。その生徒たちとは主に2年生と3年生、つまり昨年、この試験を経験している者たちだ。
1年生にはむしろそんなにうずうずしている生徒は少ない。先輩たちの様子を見て、不思議そうにしているだけだ。
「……そんなに面白いもんなのか?」
「ボクも初めてだから、よくわからないんだけど、どうなのかなぁ」
小声で、将真とリンが首を傾げる。
その時、今まで学園長らしい威厳のある口調から一転、唐突に彼女らしさを取り戻す。
「__とまあ、典型的なコテコテ挨拶はこの辺にしといて」
『__っ』
「適応能力試験、今日から開始よ!」
『おおぉぉぉぉぉっ!』
開会の宣言。それと共に湧き上がる生徒たち。それに巻き込まれるように、将真たちも声を上げる。まるで地響きのような喝采と共に、適応能力試験が開始されたのだった。
そして__
「__ひゃあぁぁぁぁぁっ⁉︎」
リンの奇声とも取れる悲鳴が、森の中に響き渡る。
何故そんな悲鳴が上がったのか。それは、今の彼女の状況にある。
右足に触手のように動く大木の枝が巻きついて、彼女の体を逆さまにぶら下げているのだ。
重力に従って、捲れかけるスカート。リンは、その中を見られまいと必死で前と後ろを抑えながら、あまりにもバランスの悪い体制で風属性の魔術を放つ。
だが、不調続きの上に体制も悪く、とても集中できる状態ではない。彼女が放つ魔術は、いつも通りの効果を発揮することなく、ともすれば空中で霧散してしまうことすらあった。
「はな、離してぇ! いやぁぁぁっ!」
「リンさん、落ち着いてくださいっす__っと⁉︎」
取り乱すリンを宥めようと声をかける莉緒。そんな彼女を、少し離れたところから放たれた魔術が襲いかかる。
だが、莉緒はこれを難なく回避。その代わり、少しリンとの距離が離れてしまった。
将真は、今交戦している小隊のリーダーらしき少女と、刃を交えていた。
「リン! この際スカートは諦めて反撃に出た方が……」
「だって、将真くん見てるじゃない! パンツ見えちゃうよ!」
「わかった、見ないから早くしろっ」
涙目で必死に訴えてくるリン。
彼女の不安を解消すべく、将真は一度相手を弾いて距離を取り、少女が目の前に迫ってきたところで、リンと同じ風属性の魔術を地面に叩きつける。すると、葉っぱやら瓦礫やら砂埃やらと、周囲のものが風に巻き上げられた。
無論、この間将真には周りの様子が見えていない。今の攻撃は、自分の視界を塞いでも近づかれないための方法でもある。
それを見たリンは、スカートから手を離して、空いた手に槍を生成する。当然ながらパンツ丸見えの状態になっていたが、相手の小隊は女子ばかり。つまり、男子に見られるよりずっと恥ずかしさはマシだった。
リンとしてはやはり、見られるというのは同性とはいえ羞恥を覚えるものだったが。
「ハァッ!」
気合いと共に、体を回転させて槍を横に振り切り、足に絡みつく枝ではなく、その本体をバッサリと切り落とした。
そして、スカートを抑えながら地面へと降り立つ。その頃丁度、将真が発生させた目隠し兼目眩しが晴れていく。
「……将真くん」
「ん?」
「み、見てないよね?」
「お前、俺がやったこと見てたろ……?」
「う、うん、そうだよね……」
よかった、とリンは胸に手を当ててホッと息をつく。だが、そうしている間にも向こう側の攻撃は続いている。
「2人とも、早く動いて欲しいんすけど!」
「悪い、今やる!」
「ご、ごめんね莉緒ちゃん!」
莉緒の要望に応え、2人は再参戦する。
遭遇し、交戦となっている相手の小隊は、あまり見覚えが無いところを見ると別のクラスの生徒らしい。
それぞれの学年が300人もいて、クラスの数も10クラスと多い。自分のクラスでも無いのに覚えるのは、相手が有名でも無い限り難しい。
そんな訳で大した強さも無いだろうとタカをくくっていたのだが、どうにも厄介な相手だった。
まず、将真と刃を交える彼女。どうやら序列58位らしく、まだ今の将真では抑え込まれてしまうくらいの技量を持っている。
莉緒と交戦している相手は、莉緒に似たタイプだ。姿を隠しつつ、遠距離砲撃で莉緒を接近させまいとサポートしている。
そして、最も厄介なのはリンの相手をしている少女だった。特別強い訳では無いようなのだが、繊細な魔力コントロール能力があり、自然に干渉することで、自然のものを自由に動かすことができるらしい。
現に、先ほどリンの足に巻きついていた枝は、彼女の自然干渉によるものだった。
個々の力を競う序列戦とは違う。とは言え、個々の力は必要だ。だが、それ以上にこの試験は、それを活かす連携や戦略がものを言う、小隊の力。
それを否応なく実感させられて、ようやく将真はこの試験の趣旨に気づいつつあった。
まるで、人は1人では生きられない。そう言われているようだ。
だからと言って、じっと指をくわえているほど将真は大人しくない。そしてそれは、彼のチーム全員に言える事だった。
「リン、そっち大丈夫か⁉︎」
「押さえるだけなら何とか!」
地面から生えてくる腕、触手のようにうねる木の枝を躱したり叩き落したりしながら、リンは将真の問いに答える。
迂闊に捕まりさえしなければ、不調続きのリンでも対処できる程度。その事に将真は少なからず安堵する。
莉緒もまた、1人を相手にする分には余裕という感じだ。
どちらかの小隊仲間が1人でも減ると均衡が崩れる。そしてそれが1番起きやすいところ。それはおそらく、将真たちだろう。
最近の彼は、リンと打って変わり調子がいい。よって将真は、勝負に出た。
将真が生成した剣が、小さな渦を纏う。小さい、と言っても刀身を覆い尽くすほどはあるのだが。
そして、半歩下がって剣を後ろに引く。相手が迂闊に踏み込んできたところを狙って、
「フッ__!」
少女の体を横薙ぎに殴りつける。これでも威力を抑えている方ではあるが、それでも十分すぎる強さ。それをまともに受けた少女は、錐揉みしながら吹っ飛んで、大木に背を強くぶつけて倒れこんだ。
それでも消えないところを見ると戦闘不能ではないようだ。何はともあれ、これで均衡はくずれた。
まず動き出したのはリンが相手していた少女だ。彼女は、対戦相手を仕留めた将真の、油断しているであろう隙をついてきた。事実、将真は少なからず気を抜いていた。油断でこそないが、それは同じ事だった。
だが、周りに吹き始めた強く鋭い風が叩き落し、或いは切断する。
「えっ⁉︎」
少女が、驚きの声を上げる。
その風を起こしているのはリンだった。彼女の周りを、そこそこ広範囲で風がドーム状に吹いているのだ。それも、風速だけで見れば台風の方がマシなくらいで、風に巻き込まれている瓦礫や葉っぱが凶悪な武器と化していた。
「あなたとは系統が違うけど、魔力コントロールは僕も自信あるんだ」
むしろ、自分の専売特許だとでも言いたげな表情でリンが小さく笑みを浮かべる。側から見るとそれは、ドヤ顔に見えなくもなかった。
「う、嘘でしょ……」
少女が呆然と呟く。リンのそれをあり得ないと断定してしまうなら、それは彼女が甘いというだけの話で終わる。だが、少女の様子を見て将真は気づいた。
風の領域の範囲が広くなりつつあって、威力も上がってきていた。
「お、おい、リン?」
「どうしたの?」
「もしかしてお前……制御できてない?」
「えぇ、そんな事は……、あ、あれ?」
始めは不名誉な評価に顔を顰めたリンだったが、少し間を空けて、その顔が引きつった笑みを浮かべる。
どうやら制御不能らしい。そんな気はしていたとため息をつく将真。
このままでは将真たちにまで被害が及ぶ。リンがそう考えた次の瞬間、風が一瞬だけ強烈に周りを撫で、次いでそこには静けさのみが残っていた。
その中心に、リンの姿はなかった。
「え、どこへ……⁉︎」
「__上だよ!」
戸惑う少女の耳に届いた声。それにつられるように彼女は顔を上げる。そこには、手に風の球体を生み出し、それを少女に向けているリンがいた。
「『風弾』!」
それは見事、少女に命中して、彼女はボロ雑巾のように吹き飛ばされる。全身ズタボロで戦闘続行は不可能。将真たちの予想通り、少女はその場から消えた。
戦闘不能による強制退場。ルール通りだ。死んではいない。仮にここで死んだとしても、強制退場後になかった事になる。そういうものなのだ。
だが、それを目の当たりにした、莉緒と戦っていた少女は、姿を現したかと思うと一目散に逃走しようとする。そんな隙だらけの少女の背中に、莉緒が追い打ちをかける。
戦闘不能になった彼女は、やはり強制退場させられた。残るは1人。
満身創痍だが、未だに戦闘不能判定を受けていない少女は、強気にこちらを睨んでいる。
たった1人残されても、戦おうという意思がありありと感じられる。将真はその姿勢に半ば感服しながら、動こうとするリンと莉緒を手で制する。
「ここは俺がやらなきゃダメだと思うから」
「別にカッコつけなくてもいいっすよ?」
「カッコつけてるわけじゃないだがな!」
なんだかんだ言いながらも、莉緒はその場にとどまった。リンもまた、周りを警戒している。恐らく、別の小隊がやってきた場合、すぐにでも対応できるようにするためだろう。
将真は前に向き直り、残された1人の少女に剣を向ける。その剣は今も、黒い風を纏っていた。
「さあ、決着つけようぜ」
「……臨む、ところよ」
息絶え絶えに応える彼女。
それから何と驚くべき事に20分も耐えた序列58位の少女だったが、軍配が上がったのは将真の方だった。
初日の夕方に差し掛かろうという時間。
将真の小隊は、全小隊における今試験最初の勝利を挙げたのだった。




